さくせん:いのちをだいじに
ガルシア王の目的はどうやら俺の身柄の安全確保のためだったようで、エスタリオル家の屋敷からはとてもスムーズに脱出することができた。屋敷は兵士と思わしき人々が既に制圧していたようで、使用人たちや兄弟たちもリビングにまとめて集め、拘束はされていないものの退室は認められていなかったらしい。
俺付きのメイドや母親のセーラ、メイド長のヘレンの俺除く7名は別で隔離されていた。俺が指名した6名はともかく、そこにヘレンが混じっていたのは驚いた。俺のステータスや称号を知っているのが主な理由で、メイド長の座とは別に母親の世話が業務だったらしい。丁度いいとのことでついでに別の馬車で護送されている。
ああ、既に屋敷から出て馬車で移動中だよ。重要な話があるとのことで俺だけ王族の馬車に乗せられているよ。母親やメイドは別の馬車に4人ずつで分けられたらしい。
「さて、この馬車は防音仕様で密談にぴったりだ、思う存分喋れるぞ。…それと今更ながらこんな不意打ちで連れ出して悪かったな。こうでもしなきゃ色々と俺たち王族やそれこそ国に不都合なことがあったんだ。まぁ気づいてると思うがユーリ、お前自身のことだよ」
「何のことですかね?僕はしがない貴族の三男、ああ今はもう元が付きますけどね」
「あー、隠さんでも大丈夫だぞ。既にお前さんがどういう人物かは調べがついてるし確証も得ているんだ。ユーリ・エスタリオル、前世はナカムラ・ユーキだったか?」
その名前を言い当てられ、俺は思わず表情を強張らせてしまった。なぜこの男は…国王は俺の前世の名前を知っている?それよりも『前世』って単語が出てきたのも意味が分からない。俺以外に生まれ変わっているのを知ってる人はいないはずだ。一体どういうことだ?
「お、その表情は当てられて困惑してるってところか?それともなぜ俺が知っているか、といったところか。簡単さ、それは俺がある人物…って言っていいのかな。ティルル様の声を聞いたんだ。3年前にな」
「何を言っているかわかりませんね。僕はユーリです。ユウキなんて名前始めて聞きましたよ。まだ生まれて3年しか経っていないのに意味の分からないことを言わないでください」
「ククク…なるほどな、ユウキってのが名前なんだな。この世界で家名が前に来る地域なんてほぼないのに一発で言い当てるとはな。それにユーキじゃなくユウキが正しい名前か」
「…あっ」
「この世界には何度も別の世界から人を呼んだ記録やその呼ばれた人物の名前が言い伝えられていてな、どいつも家名が前に来るんだよ。ああ安心してくれ、俺は別にお前を脅したりなんかしたいわけじゃないんだ。それだけは信じてくれ」
しまった、つい反応してしまったじゃないか…これでは反論の余地がない。だがなぜティルルが名前をこいつに教えているんだ?それにさっきから黙っている王女も気になる。…とりあえず話を聞かないと先に進めなそうだ。
「そこまで知られてるならいいや。うん、俺の名前は中村祐樹。前世日本での名前だ。もう面倒だから敬語も使わないけど、俺の素性を知ってどうするんだ?所詮3歳児の肉体だし、身体能力も年相応でしかない。過去に同じ国から人が来ているっていうのならば今更俺に役割なんてほとんどないんじゃないか?」
「ああ、敬語はいらんさ。俺の方が年下らしいしな、見た目だけはがきんちょだがな。…ティルル様は神託を出された。とある侯爵家に前世の記憶を持ち、神に愛されている子が産み落とされた、とな」
あぁんの駄女神が!会えるか知らんが次会ったらシメる。個人情報を軽々しく広めた罪で絶対シメる。というかシメといてくださいガイア様。『いいじゃろう、まかせておきなさい』『ヒェッ!?創造神様、なぜ仕事場に!?あ、ちょっ…』……今はっきりとなんか聞こえた気がする。そっかー、神だもんなー、声聞いたり見てたりするのはお手の物かー。…俺のプライバシーは?
「つまり、神託を下ろされた年に生まれた侯爵家の子は俺しかいない。貴族の責務として出生記録は提出することになっているから隠しようがない。なるほど、そりゃ王族にも届くわけだ。…で、俺に何をさせようと?」
「この世界は何度も勇者とか救世主とかで異世界…ユーリのいた世界から呼び出して戦ってもらったりしているんだよ。ほとんどが謎の力やら強すぎる身体能力で無双していたんだがな、それでも当時の危機を乗り越えることはできていない。今もそうだ。…俺はな、この国を救ってほしいと思ってる」
「つまりあんたは、俺に過去の勇者と同じことをさせようとしているってことでいいんだな?3歳児だろうが俺の世界、異世界からやってきた知識を使って自分の国だけを守ろうってことでいいんだな?」
「…そうだ。俺は国王だ、自国を守るのが責務であり、国に住むものとして当然だ。それはお前だって例外じゃないだろう?俺は間違ったことは言っていないはずだ」
「…じゃあ聞くが、俺に断られる可能性は考えなかったのか?それとも断れないように人質としてメイドや母親を連れていくことを認めたと?」
「なんだ察しがいいじゃないか。その通り。それに狭い馬車だ、そしてお前は3歳児の未熟な体だ。生殺与奪は俺が握ってるも同然だぞ?断ることなんてさせるわけないだろう。で、返事は?決まってるようなものだが」
…ああ、そうか。俺はハメられたんだな、あのクソ女神に。自分の管理する世界に体よく人柱として働かせるために。そりゃそうだ、じゃなきゃあんなに行かせようと意地にならないよな。あんなクソ親父の家に落とし、自分が不利な状況から抜け出せる一筋の道として出されたコレも全て狙っていたんだな。…創造神も同類か。何が神だ。何が救世主だ。そんなもんクソ食らえ。
「決まってるだろ。俺はこの世界にもこの国にも何一つ感謝もない。それどころか恨みしかねぇよ。メイドも母親も他人だ。誰も信じない。神もいらねぇよ」
「断る、ということか。それなら死んでもらうしかないな。安心しろ、寂しくないように連れてきた6人纏めてだ。…やはり予想通りだな、この山に向かって正解だった」
「…はぁ、最初からそのつもりだったと言ってるようなもんだろ。頭から俺に断られること前提でこの話を持ち掛け、国王としての権限を使って秘密裏に処分する。最低だな、あんた」
そこからお互い無言で馬車が止まるのを待った。ガルシア王は腕を組み目を閉じ、交渉の余地なしと判断したようだ。
だが俺はずっと気になっていたことがある。それは馬車に乗り込んでから一言も話さない王女のことだ。この馬車には窓もなく、外の様子を確認することもできない。にもかかわらず、ずっと壁の方を向いて身動き一つとっていない。そんな王女だがガルシア王は気にも留めていないようで、存在しないかの如くずっと俺と話し続けていた。俺にはその光景がとても不気味だった。
そして長い沈黙もようやく解ける。馬車が停止した。おそらく処刑場となる野山にでもついたのだろう。体感にして6時間ほどは乗っていた気がするが、外が一切確認できない以上俺にはどれくらい時間が経ったかわからない。屋敷からも出たことのない俺にとっては外というだけで未開の地。俺の運もここまでのようだ。…だがそうはならないらしい。
「…む?なぜ馬車が止まった?予定地にはまだ辿り着かないはずだ。何事だ?」
「失礼します!陛下、魔物の気配多数との報告です!正確な数は不明ですが、数十はくだらないとのこと。種類も多岐にわたり、現在詳細を確認しております!精鋭ぞろいとはいえ、他の馬車に回している護衛も呼び出さなければ陛下の御身を確実に守れない可能性がございます、どうかご指示を!」
…どうやら俺はまだ生き延びられる可能性があるらしい。護衛に指示を出すためにガルシア王も馬車から飛び出していった。今なら逃げ出すチャンスかもしれない。