自由で友好的で楽観的
俺にメリットがないこと、俺に自由がなく傀儡政権になった場合にクソ親父が確実に割り込んでくる可能性、俺は自由になりたいなどを伝えたうえで縁談は拒否させてもらうことは伝えた。
執事のヴェルディは眉間にしわを寄せて「うむむ…」とうなっており、マリーシア王女は背後に『ズーン』って文字が見えるような勢いで明らかに落ち込んでいる。え?これ俺が悪いの?
「えーと、何か不明な点はありますかね?平等な交渉というよりは王女という立場を利用して一方的に条件を飲ませるような内容でしたので遠慮なく突っ込ませてもらいましたが」
「……いえ、私どもの認識が甘すぎたようですね。お嬢様と同じ3歳とはいえ少し…いえ、かなり見くびっておりました。まさか裏側まで見通されていたとは」
「うう…妾は、妾は…お友達が欲しかっただけなのに…どうして王族になんて生まれてしまったの…」
…さっきからうわごとのように呟いてる王女はもう使い物にならないだろう『ひどいのじゃ!?』。ヴェルディの認識が甘いのもしょうがない、れっきとした3歳児だが中身はおっさん(32歳)だからな。…だが何か変だな。王女の婚約ともなればそれこそ国王が黙っていないんじゃないか?少なくとも王家にも俺の情報が入っているはず。そしてお付きの使用人も王直々の指示を受けてこの場にいるはずだ。こんな王家にも不利益をもたらすような縁談なんて出るはずがない。それに気になっているのは『王女様』と頑なに呼ばない点。…まさか?
「おや、ようやく気付いたのかな?その目はまだ疑問が確信に至っていない、というところか。いやー、執事の真似事なんてするもんじゃないな、はっはっは!」
「…ということはヴェルディ、いやあなたはやはりザイツェン=サン=ガルシア国王陛下で間違いないんですね?」
「うむ、私がガルシアである。…と言いたいが、こんなかっちりとした服装や喋り方はやはり苦手だ。ああそうだよ、俺がガルシアだ。ザイツェン国の現国王を任されている。…仲のいい奴とか小さいころからの腐れ縁の前くらいでしかこんな喋り方はしないぞ?光栄に思えよエスタリオルの三男坊」
「あーあ、お父様ったらもうばらしてしまったんですの?…私も『妾』なんて使ったことないから嫌だと何度もおっしゃいましたのに…」
「はーっはっは!俺が国王だ、俺がルールだ!愛娘といえど逆らうことは許さんのだ!はっはっはー!」
…………情報を整理しよう。この高笑いしてる執事服を着た老人『ヴェルディ』は偽名で、現国王だという。口調と雰囲気が変わりすぎて別人じゃないかと思うほどだ。で、同じくマリーシアも王女なのは変わらないらしいが、さっきまでの『妾』とか尊大ぶってた口調は作ったものだったようだ。え?これほんとにこの国の王族なの?「そうだ忘れてた、偽装解除しないとな」…偽装解除?
胸元から何やら小さな鑑定石っぽい白い球を取り出し上へ掲げると、頭から徐々にしたへと光を纏い、ヴェルディだった国王の姿が光で見えなくなる。そして全身が光に覆われて数秒後、光は石に吸い込まれるようにして消えていく。そして出てきたのは…誰?え、ちょっとまってこのナイスガイは誰!?
炎のように燃え上がるような色をした赤い髪は肩付近まで伸び、ヴェルディの格好をしていた時はスラっとして細かった腕と脚だった部分が筋骨隆々になり、執事服だった衣装は髪の色に合わせた淡い赤をベースに派手過ぎずそれでいて豪華さを損なわない金の刺繍が東洋の龍が舞う形のように前面に彩られている。
マリーシアに似た顔をしてはいるが、左頬から左目に向かって大きくついた刀傷のような傷跡が雄々しさと威圧感をもたらしている。…これでグラサンかけて黒服着てたらヤ〇ザになれるだろう。だめだ、イメージが貧相すぎる。
「悪いな、これが本来の俺、『ザイツェン=サン=ガルシア』の姿だよ。魔力を通せば短時間だが好きな姿に偽装できるっていう便利な道具を使ってさっきまでのカッコをしてたんだ。驚かせて悪いな、三男坊…いや、ユーリだっけか。ああ、跪いたり無理に敬ったりしなくていいぞ。俺自身そういうの嫌いだし、本音を言うと国王って身分すら重荷でしかないからな」
「は、はあ…口調からしてフレンドリーな人だとは思いましたが、実際はフレンドリーではなくフリーダムな方だったんですね。そうじゃなければ普通は城とか自分の屋敷とかで執務なり会議なりしてるはずですよね」
「お、お前…俺に死ねと言ってるのか?ただハンコを押したりサインするだけのつまらない作業とただの報告会に成り下がってて眠気と戦わなければならない会議に戻れと!?」
「お、お父様!思ってても口に出してはいけません!一応は一国一城の主なんですよ!?」
「マリーシアも思うだろー?遊ぶ時間もない、町に出て買い物やら冷やかしやらするのも許されない、趣味だった狩りなんてもってのほか。俺はそんなつまんない人生のために国王になったんじゃないっつーの!」
…なんというかつかみどころのない親子だな。こんなんでこの国は大丈夫なのか?それにしてもずいぶんと俗っぽいよな、買い物だの冷やかしだの狩りだのしたいって。俺はまだ勉強も稽古も始めたばっかだからステータスも低いんだろうし狩りなんて行けないからちょっと羨ましいな。
「あーっと、そうだ。さっきの縁談とかは忘れてくれ…とまでは言えねぇが、数年後にはどっかの侯爵家が取り潰しになる予定だ。そうだなー、大体3年から4年くらいか?おっとちょうどよくお前らが学院に上がるころだなー。いやー偶然偶然!」
「それってポロっとこぼしていいレベルの情報じゃないような…まあ国王が決めたことだからいいのか?あれ?」
「お父様ったら…ええと、ユーリ様。これが本来の私です。妾、とかのじゃ、なんて今まで使ったことも文字に起こして書いたこともございません。お父様の一存でそういうキャラ付け?をするように言われたのです。ですので先ほどまでの私は是非ともお忘れ願いたいです…恥ずかしいので…」
「それは構わないけど…いいの?僕は縁談はお断りするつもりだし、王族が親子揃って貴族の子弟に気軽に接してたりするんだけど…」
「縁談はお断りする…そんな…」
「いいんだよ、俺が国王だ。縁談に関しちゃ俺が口出しするのが国王としては当然のことではあるが、親と同じ運命だけはさせたくなくて断らせるために今日持ってきたんだよ。…でもこの様子だとお前に一目惚れしてそうだからアリかもしれんとは思ったんだがな」
「勘弁してください。さっきも言いましたけど僕の人生に余計なしがらみをつけようとしないでください。3年しかまだ経ってませんけど、それでも親兄弟にほとんど会えないし家に缶詰め状態にさせられる貴族の生活も御免です。ましてや王族なんてその傾向が顕著に出る、なおさら嫌です」
ここぞとばかりにエスタリオル家の現状を国王に暴露してやった。それを聞いたガルシア王も娘のマリーシアも目を丸くして驚きながら耳を傾け、一通り聞いた後にガルシア王は腕を組んで何かを悩んでいるようだった。
「…そうか、だからユーリは貴族や王族を嫌っているのか。これは俺が悪いな。丁度いい、今すぐお前の親父の当主を呼べ。呼び出す名目はそうだな…王家に内密で取引をしに来た、とでも言えば飛んでくるだろう」
「え?はぁ…わかりました。っと、アリサ…僕付きのメイドを呼ぶんで2人とも最初の姿に戻ってくださいね?その方が違和感なく話が進められるでしょうから」
「ああ、問題ない。『偽装』…うげぇ、やっぱこの姿は嫌いだな」
王が偽装を、王女がフードを深く被ったのを確認してベルを鳴らしアリサを呼ぶ。言いつけ通りにドアの前で待機していたのか、すぐに入ってきてクソ親父を呼ぶようにお願いする。『た、ただちに!』と言って走る足音が聞こえたのですぐにでもクソ親父はやってくるだろう。
…お茶も変えてもらえばよかった。もうぬるくなってら。