第96話 おじさん、前哨基地へ
そして放課後。私は生徒会室にいた。
会長は所用で留守らしく、副会長と二人っきりで。
生徒会に来たのは、ダント氏との作戦会議の末に出した結論だ。
「話とはなんだ。夜見」
「お願いがあるんです」
「お願い?」
「助けてください! また騒動に巻き込まれてるんです!」
私は深々と頭を下げた。
……そう、ダント氏と話し合いを重ねたことで分かった事がある。
『これもう私たちじゃ対応出来ない問題ですよね』
『同意しかないモル。ヘルプ頼むモル』
――これ新人が解決できる問題じゃないよね、と。
だから一番強そうな生徒会の先輩に泣きつくことにしたのだ。
副会長も即答してくれた。
「分かった。私は何をすれば良い?」
「実は――」
私は事情を説明した。
越前関連の問題のほか、無冠の剣聖を名乗る人物からの挑戦状についてもだ。
得体が知れなくて怖いという話を、副会長は静かに聞いてくれる。
以上です、と説明し終えると、彼女はいたわるように頭を撫でてくれた。
「かなり苦心していたようだな。今までよく耐えた」
「頑張りましたけど、もうだめです。心が折れそうです」
「安心しろ。越前後矢に関する問題は、朔上警備隊と生徒会風紀部でケリをつける。ただ――」
「ただ?」
「無冠の剣聖からの挑戦に助太刀するには、姉妹の誓いを結ばなければならん。イベントの参加条件を満たす必要があるからな。……だが、その、良いのか? 私で」
「だ、ダメなんですか?」
「鈍感なやつめ……ストレートに言うぞ。赤城と結んだ方がいい」
「赤城先輩と」
「お前が思っている以上に赤城の愛は深い。先にアタックしてやれ」
「は、はい」
続きは赤城に話せ、と生徒会室を追い出された。
言われたとおりに紫陣営の拠点――正面校舎に向かいながら、ふと思う。
「赤城先輩ってそんなに私のこと好きなんですか?」
「僕に聞かれても……」
いつでも相談しにおいで、という感じの話はしたけど、告白されてはいないような、と首を傾げる。変なところで鈍感な自分に恥じるばかりだ。
正面校舎に入ると、電光掲示板――旧魔法少女ランキングの下で、ヒトミちゃんが待っていた。
「こここ、こょんにちはお姉しゃま!」
「こんにちは」
初めてあったときのようにしどろもどろだ。
優しく話しかけて肩の力を抜いてあげよう。
「私を待っててくれたんですね。ありがとうございます」
「そそ、そうです! ――あの、言いたいことがあって!」
「なんですか?」
「あの電光掲示板に乗ってる一位の魔法少女、ラブリィアーミラル!」
「はい」
「三階で写真を見ました! 私と同学年のお姉さまみたいで可愛かったです!」
「今も同学年ですよ?」
「でもお姉さまみたいに背が高くておっぱいの大きいエッチな子じゃないです!」
「どういう目線で見比べてるんですか!?」
いきなり何を言うんだろうこの子は。
同時に、そんなにエッチなのかな私、と改めて自分に興奮する。
一昨日からダント氏が「性欲が変な方向に向いているから」とやけに塩対応だし、今晩辺りにでも発散するべきだろうか。
どことは言えないがじわりとぬれる感触に、ごくりと息を呑む。
「良かった、健全にムラムラしてエモ力が上がっているモル」
「だだ、ダントさんも変なこと言わないでください!」
「ごめんモル。協力を依頼されたモルから」
「誰にですか?」
ダント氏が二階に続く階段を指さす。
手すりの影に黒マスクをつけた赤城先輩が隠れていて、私をじっと見ていた。
「――――」
「ひぇ」
一言一句、一挙動に至るまで見逃すまいとでも言うような肉食獣の瞳だ。
私が固まると、赤城先輩はニコッと笑った。
次の瞬間には背後にテレポートしてくる。
「夜見ちゃんの好きなタイプ、やっと分かっちゃった」
「な、なんのことでしょう」
「感情移入できる子が好きなんだね」
「えと、あの」
「私も夜見ちゃんに感情移入してもらいたいなぁ」
背後からするりと手が伸びてきて、お腹あたりで私を拘束した。
期待と興奮で心臓がバクバクし始め、身動きが取れなくなる。
同じタイミングで先輩の動きも止まった。
「あ、赤城先輩?」
「ごめん、いまヘラってる。州柿ちゃんも酷いよね。手は出さないって言っておいて、数日後には夜見ちゃんの初恋は貰う、なんてさ」
「……そんなに私のことが」
「担任の先生として我慢はするから、今だけこうしてて欲しい」
いや、それはもう告白では。
ヒトミちゃんに助け舟を求めるべく視線を送ると、「夜見ライナ親衛隊は赤城先輩との仲を応援しています」と書かれたルーズリーフを持っていた。
「夜見ライナ親衛隊!?」
「はい! ヒトミはお姉さまの恋路を応援しています!」
妹だからと邪魔をしたくありません、と彼女は声たかだかに宣言する。
……こ、困った。
ヒトミちゃんは私のファンにすぎないのか。
これでは何となくうやむやにさせられない。
周囲を見て、ダント氏とヒトミちゃん以外に誰もいないことを理解し、背中で湿っぽい雰囲気を出す赤城先輩に同情し、ここで彼女の愛を受け止めれば中等部一年組のみんなが悲しむことも想像した。
だからおそらく、本当に、これ以外に道がないのだろう。
「あの、赤城先輩」
「どうしたの?」
「姉妹の誓いを結びませんか?」
「……うん、結ぶ」
赤城先輩はハグを解いてくれた。
私は、後ろを向いて彼女の手を取り、自分流の口上を述べる。
「私は貴方の思いを受け止め、孤独に寄り添うことを、光の国ソレイユの名の下に誓います。ですのでどうか、その麗しき手に敬愛のキスをさせて下さい」
「何回でも、いいよ」
彼女の手の甲を持ち上げてキスをした。
一度だけにとどめるのは、そういう柄じゃないからだ。
先輩はくすぐったそうに笑ったかと思うと、今度は私の手の甲を持ち、キスをお返ししてくる。
「私も誓うね。貴方の境遇を受け入れ、担任として最後まで責任を持つことを、光の国ソレイユの名の下に誓います。ですのでどうか、その麗しき手に敬愛のキスを」
「もうしてくれたじゃないですか」
「だって夜見ちゃんだけカッコいいのズルいんだもん」
えへへ、と笑いかけてくれる先輩の顔からは、安堵の表情が見て取れた。
私が思っていたよりも重い感情が心の中にあるらしい。
「じゃ、助太刀は任せてね。無冠の剣聖の」
「なんで知ってるんですか!?」
「ふはは、私には未来が見えるのだー、なんてね。前哨基地に行こっか」
「え、ああ、はい!」
魔法「緑」を極めると見えるようになるらしい、との情報をダント氏から聞いているだけに、否定出来なくて戸惑う。
赤城先輩はテレポートするでもなく、私とヒトミちゃんの手を握り、機嫌よく正面校舎の外に、そのまま正門のバス停留所へと歩き出した。
目的地はフロイライン・ダブルクロスのフィールド、「前哨基地」だ。




