第92話 おじさん、業務移管が完了し、女学院所属になる
校長代理の名は欧州茅と言い、中国大陸の奥地、桃源郷出身の仙人らしい。賢人のルーツの一つだそうだ。
彼女は説明を終えたあと、分かりやすくまとめてくれる。
「――簡単に言うと、梢千代市に紛れ込んだダークライの残党を見つけ出すのが妾の仕事じゃ。しかし今回の工作員は、妾や賢人ですら発言の真偽が見抜けぬ。今までの常識が通用せん存在じゃ。だからお主たちに目をかけた。常識を知らぬからな」
「なるほど」
私は納得した。
同時に馬鹿と言われたのも理解したが、話がそれるのでここは黙る。
いちごちゃんはムッとしながら、まずはどうするんですか、と聞くと、校長代理はそれなんじゃがのう、と肩を落とした。
「と言っても、サンプルがおらぬ。手探りから始めねばならんのが辛いのじゃ」
「サンプル――あ、それならいますよ。丁度いいのが」
「どこにおる!?」
「フロイライン・ダブルクロスは分かりますか?」
「シャインジュエル争奪戦のイベントじゃな」
「その、C-D部隊駐屯地のロボット修理工場に越前っていうボンノーンの男と、その仲間たちがいます。夜見に仕えてるメイドさん曰く、彼らは発言の真偽が見抜けないタイプの人間らしいです。しかもダークライと繋がりがあるみたい」
「おお、やるではないか! 早速捕えよ!」
「ああ、ええと、攻略難易度がBなのでもう少し待って下さい」
「どれほどじゃ?」
バツの悪そうな顔を浮かべるいちごちゃん。
小声で漏らした。
「い、一ヶ月」
「そんな悠長に待てるか! 月曜までじゃ!」
「むむ無理ですよ! 私そんなに強くないです! そもそもボンノーンと戦ったことないし! 実戦経験ないし! あと中学生だし!」
「ぐぬぬ根性のない――」
ガチャ――
『ただいま帰りましたわー』
『小雨ふってきたから焦ったわぁ』
タイミングがいいのか悪いのか、今晩の食材を買ってきた中等部一年組も帰ってくる。リビングで向かい合っている私や先生たちを見て、彼女たちは眉をひそめた。
「どういう状況ですの?」
「お主らもエモーショナル茶道部の部員か?」
「そうですけれど」
「その手にぶら下げているものはなんじゃ? ここに住んでおるのか?」
「ええ、まあ。スーパーマーケット「マストコ」で買ってきた土鍋とカセットコンロ、あとはトマト鍋の具材ですけれど、どなたですの?」
「はー、本当にここに住んどるのか!? 健気な少女たちじゃのう! 世話を焼きたくなる! よし妾が最高に美味い飯を作ってやろう! 家庭科室までついてこい!」
「「「?」」」
よく分からないが気に入られたらしい。
とりあえず「美味しいもの食べたいよね」と結論を出し、ついていくことにした。
◇
家庭科室で校長代理が振る舞ってくれた満漢全席は絶品だった。
一品食べる間に三品作り上げる彼女の手腕も凄い。
食べきれないほどの量の食事が、教室のテーブルいっぱいに置かれる。
「妾の飯はどうじゃ? 美味いか?」
「とってもおいしいです!」
「そうかそうか~! 沢山食べてよいぞ~!」
満面の笑みを浮かべる校長代理に、私たちは好意を抱いていた。
美味しいご飯を食べさせてくれる人はいい人なのだ。
「でもお腹いっぱいで食べ切れへんわこんなん」
「なら腹ごなしに修行の時間じゃな!」
「はえ?」
中華鍋を洗い終えた彼女は、唐突に指を鳴らして、空間に穴を開けた。
穴の先はシミュレーションコフィンが立ち並んだ部屋であることから、あ、シミュレーションルームだな、と私だけ察する。
中等部一年組はポカンとした表情を浮かべていた。
「お主たちを月曜までに一人前にする方法を考えた!」
「な、何するんどす?」
「これから――」
「あ、校長代理。そこまでにしてください」
「なんじゃ教頭? いきなり」
ガラガラッ――
「「!」」
校長代理が何か言おうとした直後、家庭科室のドアが開く。
走ってきたのだろう、汗ばんだ赤メッシュの美人、空渠副会長はご立腹だった。
「おお、ストレリチアレッドか。どうした?」
「……校長代理。勝手をしないでいただきたい」
「何をじゃ?」
「我々生徒会との顔合わせのために今日来られたことをお忘れですか。早くしていただかないと会長がしびれを切らします」
「おお! そう言えばそうじゃったな! 中等部の生徒があんまりにも可愛いもんで忘れておったわ! すまんのう!」
「急いでこちらへ。私の職務補佐が案内します」
校長代理は私たちの元を離れ、灰腕章の先輩に案内されていった。
残った副会長は、教頭先生に詰め寄る。
「教頭先生」
「な、なぁに?」
「校長代理の性格上、忖度が必要なのは分かります。ですが甘やかさないように」
「わ、分かってますよう、先生だって魔女の端くれですもん」
「頑張っていただきたい」
何というか、教頭先生も人なんだなあ、と思う。
副会長は最後にこう言い残した。
「中等部一年組。お前たちの事情はすでに把握している。早い内に生徒会に相談を持ちかけろ。でなければ直接的な支援が出来ん」
「わ、分かりました」
頑張れよ、と副会長は去っていった。
私はふと疑問に思ったことを呟く。
「どうして相談しないと支援してくれないんだろう」
「おさげ、なんでだと思う?」
「うちも分からん」
「ああ、その、法律的な問題なんです」
すると教頭先生が話しだした。
「生徒会所属の魔法少女はね、日本政府から、苦情が出ない限りは動けない法的制約を受けているんです。凄すぎて何でも解決出来ちゃうから」
「そうなんですか」
「だから、もっと気軽に相談してあげてほしいな、と思う。自己判断で動ける一人前の魔法少女に育って欲しいから、今まで何も言わないようにしていたけれど、君たちは独断で動きすぎです。もう少し先輩を頼るように」
「あ、はい。ごめんなさい」
「それと先生たちのことも頼ってほしいな。お金とかコネクションが必要なら、いくらでも用意するからね」
言われてみればそうだ。先生は光の国ソレイユの賢人。
下手に自分たちで交渉しに行くより、友好的な先生に頼ったほうが早いのか。
いちごちゃんを見ると、驚いて目を丸くしていた。
「私たちは馬鹿だったみたいね」
「せやな。灯台下暗しやった」
「分かってもらえて先生も安心です。これで安心してお家に帰れるかな?」
「「「はーい」」」
中等部一年組は帰宅する意志が固まったらしい。
曰く、家出しなくても私を助けられると分かったから、とのこと。
校長代理の料理を家庭科室の冷凍庫に片付けたあと、部室に戻り、帰宅の準備を始めた。
「じゃあ正門前に迎えの車を呼びますね」
「おねがーい、ちょっと片付けで忙しいからー」
私はマジタブで佐飛さんに連絡する。
伝えたところ「流石でございますライナ様」と褒められた。
特に何かをしたつもりはないけど、嬉しい。
「夜見はんまたなー」
「はい。また学校で会いましょう」
彼女たちが帰宅したのは午後五時ごろ。
小雨がパラパラと降る中でだ。
見送ったあと、佐飛さんに話しかけられた。
「ライナ様」
「はい」
「聖ソレイユ女学院の校長代理を名乗る方からメッセージが来ております」
「なんですか?」
「君の生徒会入りが確定していたと知り、妾は改めて関心した。聖ソレイユ女学院が君の雇用契約を引き継いだから、あとで中等部職員室の教頭のところに来るように、とのことです」
「動きが早すぎる」
「入学してから二ヶ月ほどではあるけど、今日までの成果報酬として一ヶ月分の有給付与と、五億円を口座に振り込んだから好きに使って良い、とも書かれていますぞ」
「一ヶ月分の有給と五億円!?」
「課外活動権も授与するなど、盛りだくさんですな」
「課外活動権モル!?」
思わず目を輝かせてしまうような大盤振る舞いだ。
とりあえず給与明細を受け取れ、とのことなので、佐飛さんには待ってもらい、急いで中等部職員室に向かった。




