第91話 おじさん、校長代理の右腕に選ばれる
エモーショナル茶道部で夜見たちがぐだぐだしている頃。
聖ソレイユ女学院の正門前にバスが到着し、一人の美少女が降り立った。
小さく華奢な体躯に、紫の長髪。
女性用の漢服を着ていることから、中国出身ということは明らかだ。
「ふむ。妾が校長代理を務める学び舎はここか」
「我々の要請に応じていただきありがとうございます。欧州茅様」
彼女を出迎えたのは、丁度一ヶ月前、新教頭に任命されたばかりの賢人。
夜見たちが参加した合同体育を受け持った体育の先生だ。
深々と頭を下げた教頭に、漢服の美少女こと欧州茅は、にんまり笑顔で対応した。
「よいよい、そう固くなるな。賢人ですら真意を見抜けぬ人間がいるなど前代未聞の事態。お主らは何も悪くない」
「ですが――」
「やめよ。悔いる前にやるべきことを成せ。それだけの力はあるはずじゃ。無力に嘆く民を導く者としての矜持をゆめゆめ忘れるな」
「失礼しました」
ふう、と一息ついた欧州茅は、「して、妾が赴任する前に」と語りだす。教頭は驚いた。
「――梢千代市の内部監査をするために、スカウト組の魔法少女を手駒として欲しいと? しかも中等部一年の?」
「そうじゃ。こちらの常識に染まっていない者でないと、内部の異常に気づけぬ。それなりに実力があって、人に好かれやすい者はおらぬか?」
「ええ、はい。一人だけ心当たりが」
「なんという名じゃ?」
「ヒーローネームはプリティコスモス。本名は夜見ライナという子です。今日は女学院に来ているようですのでご紹介しましょうか?」
「む、巡り合せも良いな。天命やもしれぬ。急ぎ紹介を頼む」
「ではこちらへ。部活棟に案内します」
校長代理の欧州茅は、教頭先生の案内で部活棟に向かう。
◇
「夜見さん、夜見さん」
「どうしましたダントさん?」
「そろそろ雨が降るモルよ。帰ったほうがいいモル」
「ああ、そうですね」
壁掛け時計を見ると、午後三時だった。
一時間後には雨の予報なので、帰るなら今。
だけど――
「えー、寂しいじゃない。今日くらい泊まっていきなさいよー」
「あはは、悩みますね。これは」
「惚気けてるモル」
いちごちゃんがべったり引っついてくるのだ。
他のみんなが買い出しに出かけたのをいいことにやりたい放題してくる。
膝の上に乗ってきたので、ぎゅっと抱きしめた。
「夜見って温かいわね、ずっと側にいたい」
「そうですね。いちごちゃんも、温かいですよ、とても」
「ふーん? 今日は積極的ね。もっとぎゅってしていいのよ」
「はは」
ただ、今日はいつもと違い、親愛より深い感情が出ない。
入学当初のような平常心に戻れた気がする。
ダント氏はというと普段どおりだ。
「夜見さん。今夜は遙華ちゃんとテレビを見る約束があるモルよ」
「分かってますよ」
「夜見ー? もっと甘やかしてくれていいのよ?」
「よしよし。いつも頑張ってて偉いです」
「んふふ、もっともっと――」
ピンポーン――
「「!?」」
突然、チャイムが鳴った。
慌てて離れたいちごちゃんが対応する。
「はーい、どなたですか?」
『聖ソレイユ女学院の教頭ですー。来週の月曜日から赴任される新校長が、夜見ライナちゃんにご挨拶したいみたいなんですよ。ライナちゃんは居るかなー?』
「夜見ー先生が呼んでるわよー」
「は、はい」
私は緊張しなからドアを開けた。
目の前にいたのは、体育の先生と、紫髪で十二歳くらいの女の子。
その女の子は私を見るなり目を輝かせた。
「おお! お主がプリティコスモスか!?」
「あ、はい。そうです」
「とんでもない才能を秘めておるな! エモ力も高い! よし、お主で決まりじゃ! 妾の右腕となれ!」
「はあ」
いきなりそんなこと言われても、という表情の私。
代わりにダント氏が対応してくれた。
「校長代理さん、こんにちはモル。夜見さんのサポートをしている聖獣のダントモル」
「ふむ。お主もなかなかの力が眠っておるな。よし発言を許そう」
「ありがとうございますモル。どういったご要件で夜見さんを右腕にしたいモル?」
「まだ秘密じゃ。後日伝える。詳細は聞くな」
「わ、分かりましたモル」
やはりというか、ダント氏は末端聖獣。
上の指示には黙って従うしかないのだ。
しかし、その当たり前を不服に思ったのがいちごちゃんだった。
「……ちょっと待ってよ校長代理。説明責任は果たした方がいいと思いますけど」
「妾は後日伝えると言ったぞ。それの何が悪い?」
「悪くはないけど、あのですね。この夜見ライナっていう子はね、ここに入学してから厄介事に巻き込まれてばかりなんです。昨日の夜なんて辛くて寂しいって泣いてました。だからこれ以上、彼女を一人で戦わせたくない。私にも説明して下さい」
「ふむ、なら先に聞こう。お主は何が出来る?」
校長代理の言葉でいちごちゃんは言葉に詰まる。
やがてぽつりと漏らした。
「わ、私は、まだ何も出来ませんけど」
「論外ではないか」
「……でもですね! エモーショナル茶道部は部員が多いから! 人手がいる仕事は手伝えますよ!」
「じゃから百人力とでも言うつもりか?」
「さ、三百二十五人」
「は?」
「エモーショナル茶道部に入部した中等部一年生の数です。まだ増えてます」
「なんじゃお主~! めちゃくちゃ役に立つではないか! 妾が悪かった! 採用!」
「よっしゃ」
どうやらプレゼンは上手くいったらしい。
いちごちゃんは笑顔の校長代理と握手し、部室に招き入れたのち、詳細を聞く。




