第90話 おじさん、挑戦状を送られる
ドアが開いたのはそれから一時間後だった。
朝の支度を終え、輝くような美少女中学生となったサンデーちゃんは、私の背後を見て眉をひそめた。
「――夜見さん、その後ろの列は何ですの?」
「争奪戦についての相談を持ちかけたい女学生の列です」
「ああ、なるほど。有名税ですのね」
彼女の言う通り、私を先頭に聖ソレイユの女学生が列を作っている。
自称する学年や陣営は様々ながら、私に問いかける質問はただ一つ。
……あ、ちょうどいいタイミングで新しい相談者が来た。
「あの、エモーショナル茶道部って、争奪戦攻略のために集まる部活って本当?」
「ダントさん」
「事実モル。まだ発足したばかりモルけど」
噂はホントなんだ、と相談者は喜んだ。
「私も部活に入りたい! 並べばいいの!?」
「二時間待ちですから明日に――」
「分かった! 並ぶね!」
「あ……はい」
という感じで長くなっていったのだと、視線でサンデーちゃんに伝える。
彼女は眉間を摘んだあと、まあいいですの、と部屋に招き入れてくれた。
◇
部室の中は至ってシンプルな会議室。
中等部一年組の居住スペースは隣の物置部屋にあるらしい。
部長のいちごちゃんは、部屋の外で入部希望者が長蛇の列を作っていると聞き、目をパチクリさせていた。
私は申請用パンフレットの束を用意しながら、いちごちゃんに聞く。
「受け入れますか?」
「受け入れるに決まってるじゃない。女学院に新しい派閥を作ってやるわ」
「ためらわないんですね」
「夜見のためだもの。私たちは中等部一年なら最上位だけど、全学年で見れば正直言って弱い。まだ徒党を組んで派閥を作ることでしか貴方をサポート出来ないのよ」
「ありがとうございます」
いちごちゃんも色々と考えているようだ。
「それより今日は冷え込むんだから、早く配って帰宅させなさい」
「はーい」
私はドアを開け――る前に、新しい固有魔法、コーヒーブレイクを使用して、さらに友好的に振る舞うべきではないか、と考える。
「ダントさん、コーヒー配ったほうが良いですかね。外は寒いですし」
「いいアイデアモル。変換素材は何にするモル?」
「何かあるかなあ」
軽く部室を見回した。
部屋の一角に給湯スペースがあり、自由自在にお湯を出せると発見。
温度を55度に設定し、垂れ流しにする。
「よし、いきます。コーヒーブレイク」
お湯が止まったかと思うと、蛇口からガラガラと缶コーヒーが出始めた。
あっという間にシンクいっぱいに貯まる。
音に驚いたのだろう、中等部一年組は何事かと集まってきた。
「夜見、何したの?」
「何って、固有魔法で蛇口から出るお湯を缶コーヒーに変換しただけですよ」
「え、すごーい! 何その魔法!」
「夜見はんそんな凄いことも出来るんやなあ!」
「えへへ」
という茶番を挟みつつ。
私がホットコーヒーを出した意図を理解してくれた中等部一年組は、パンプレットと一緒に配布してくれた。
入部希望者のみんなも喜んでくれて何よりだ。
そしてその後。
今日は寒いし、何より雪が降るから、と新入部員たちを帰宅させたあと、エモーショナル茶道部は今後の活動方針を決める。
「とりあえず決まっているのは、争奪戦に関する情報集めよね」
「攻略用アイテムの検証とかも必要やなぁ」
「攻略に行き詰まっている子の救助も必要だと思いますの」
「そのためにも、まずはは最速でダブルクロスを攻略して、安定ルートを開拓していくべきだと、ミロは思います」
「よし決まりね。ダブルクロス最速攻略を最初の目標にしましょう」
「「「異議なし」」」
やはり優秀だ。
あっという間に決まってしまった。
私は忠言をするに留めるか。
「活動方針が決まりましたね。早速ですけどテスト勉強をするべきだと思います」
「せやなぁ」
「ミロさん、テスト範囲は覚えていまして?」
「範囲は――」
こちらもあっという間に判明し、勉強が始まる。
学力も高いようで、自身の聖獣が出した問題集をサラサラと問いていく。
テスト範囲の復習を終えたのは午後二時のことだった。
「これでテストはバッチリですわね」
「本当ですか?」
「や、やめて下さいまし夜見さん、不安になりますの」
「それよりお腹空いてない? なんかデリバリーしない?」
「うちはデミグラッセでええよ」
「それでいいか。注文するから食べたいの言ってー」
なんとなくでデミグラッセのデリバリーを利用したところ、本当に届けてくれた。
配達員さん曰く、割とよくあることらしい。
遅めの昼食を取っていると、ピンポーンとチャイムが鳴る。
みんなテスト勉強を終えて気が緩んでいるのか、「誰か出てー」という感じだったので、私が出ることにした。
「どなたですかー?」
ガチャ、とドアを開けても誰もいない。
首を傾げながら閉じると、ドアの隙間に封筒が挟まっていることに気づいた。
取って確認。封筒には太文字で「挑戦状」と書かれている。
「みんなー、なんか挑戦状が送られてきましたー」
『挑戦状?』
私は挑戦状を片手に戻り、みんなで中身を確認した。
手紙にはこう書かれていた。
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挑戦状
来週の月曜日、C-D部隊駐屯地
攻略難易度C
「前哨基地」で待つ。
プリティコスモス、
私と剣を交えろ。
でなければこの街を滅ぼす。
無冠の剣聖より
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「なんですかこの恥ずかしい文章」
「若気の至りって奴ね」
「夜見はん、正義の味方らしく相手の誘いに乗ってあげや?」
「分かりました」
どうやら私は、この手紙の主と決闘しなければならないらしい。
少し呆れたと同時に、どんな腕前の人物なのだろうと、少しだけワクワクした。




