第85話 おじさん、頼れる仲間が現れる
「ダントさん、この黒子集団は」
「越前に雇われている人たちモル。人材派遣会社ブラックワークスの社員」
「つまり社畜ってことですね」
私は黒子集団に哀れみの感情を寄せる。
「皆さん、どうか武器を降ろして投降して下さい。本心では望んでいないはずです」
『……っ』
「ムダムダ! 俺に逆らえるわけない! 徹底的に躾けたからな!」
「貴方には人の心がないんですか!」
「ハッ、正気で飯が食えるか! いいか、エモーショナルエネルギーはなあ! 人の心をぐちゃぐちゃに引っ掻き回さないと搾り取れないんだよ! 行け!」
黒子集団は警棒や銃を構え、少しづつ私たちに詰め寄る。
そこには一切の感情が感じられなかった。
「だ、ダントさん!」
「大丈夫! 切り抜けられるモル!」
ダント氏は小さな小箱を用意すると、チェスの駒――バトルデコイ・ポーンを取り出した。越前は戸惑う。
「それはまさか!? おいバカやめろ!」
「バトルデコイ、スタンバイ!」
『Yes Sir.』
「ゴー!」
床に投げられたポーンは白い煙幕を張り、月光を浴びながら五体の人の形を取る。
白煙漂うなか、中央の赤い眼光だけがこちらを向いて言葉を発した。
『My Commander, Scarface's unit will take care of these. Please proceed.(指揮官、我々スカーフェイス部隊が対処します。お進みください。)』
「任せたモル!」
『Roger that,――Subdue.(了解、鎮圧する。)』
五つの赤いマズルフラッシュが発生し、敵側から悲鳴が上がる。
私たちはぐんぐん突き進む赤い眼光を目印にして、包囲網をまっすぐに駆ける。
白煙をくぐり抜けると、眼光の人影は白煙の中に取り残された。
『We'll take care of the enemy behind you.(後ろの敵は私たちが片付けます。)』
「ありがとうございますスカーフェイスさん!」
『Good luck.(ご武運を。)』
赤い眼光は白煙の中に消え、再び赤いマズルフラッシュと悲鳴が発生した。
私たちは越前を含む運営委員たちの目前に迫る。
月光が彼らの背中を照らし、私たちの足元に差し込む、爆破されて開放的になったバーの入り口での出来事だ。
「さあ追いつきましたよ! 覚悟できてますか!?」
「畜生! なんであれを持ってんだよ! あいつらが!」
「はあ!? お前が配ったんじゃないのかよ!?」
「そんな面白くないことなんかするかよ! クソッ、ここで倒されたら破産だ! 逃げろ逃げろ!」
彼らはけしかけた部下たちを差し置いて逃走を選んだ。
走って追いかけるも、内輪もめの内容が気になって、私はダント氏とリズールさんを見る。
「バトルデコイはエダマ社の製品モル! ダブルクロス初参加ボーナスで貰えることは彼らも知っているはずモル!」
「じゃあなんで知らないフリを!?」
「彼――越前後矢とその仲間は虚言癖持ちですから。彼らの発言を真面目に受け取ってはいけません」
「そういうことでしたか、分かりました!」
彼らの語っていたことは全て虚言だったらしい。
ということは、彼らがどれだけ謝罪の言葉を述べたとしても、本心では何ひとつ反省していない。悪事をやめることはない。
光の国ソレイユや今までの魔法少女たちは、彼らに騙されて続けていたようだ。
「精神病棟にぶち込まないといけませんね!」
「その通りです。彼らは自分の本心すら騙せるので、悪意を見抜くエモーショナルセンスが反応しません」
「この世にはそんな恐ろしい人間が存在するモル!?」
「世界は広いのですよ、恐ろしいほどに」
「だ、大ニュースだモル。ソレイユの親族に報告して、敵味方を区別し直す必要があると伝えるモル」
ダント氏はパソコンを取り出してメールを送り始めた。
すると越前たちは慌てて停まり、リモコンを取り出したかと思うと、大声を出した。
「うおお――! ロボット忍者共! 俺の元に集え! 連絡を阻止しろォォ――――!」
「っ、まだ戦力が……!」
越前はボタンを押す。私は反射的にマジカルステッキを構え、リズールさんの部下こと軍服ワンピースの女性たちはナイフや拳銃を召喚した。
……それから十秒ほど立つも、何も起こらない。
「な、なんでだよ! いつでも呼び出せるはずだろ!? どうして来ない!」
『――バカね。忍者が貴方の味方な訳ないじゃない』
「何者だ!? どこに居る!?」
『上よ!』
上空から降りてきた四人の魔法少女が、同時に必殺技を放つ。
『エモーショナルタッチ!』
「「「夜見に意地悪するなァァ―――――――ッ!」」」
「ぐあああ―――っ!?」
ドォ――ンと色とりどりの大爆発を起こし、越前たちの姿は見えなくなる。
四人の魔法少女たちは私の前に降り立った。
「お待たせ。夜見」
「もう一人にはせえへんよ」
「いちごちゃん、おさげちゃん……!」
青い魔法少女のいちごちゃん、緑の魔法少女のおさげちゃん。
「私たちも加勢しますわ」
「見て見ぬふりはもうしません」
「サンデーちゃん、ミロちゃん!」
赤い魔法少女のサンデーちゃん、黄色い魔法少女のミロちゃんだった。
私は嬉しくて涙が出てくる。
「遅いですよ、みんな」
「ごめんね夜見。私たち、わりと家柄が良いから」
「安全が確保されるまで動かせて貰えへんねん」
「ずっと寂しかったんですよ」
「分かっていますわ。だから全員で家出してきましたの」
「家出……?」
どういうことだろうと思った瞬間、前方の爆炎がかき消され、倒されたはずの越前たちがムクリと起き上がる。
彼らは全身が膨れ上がり、変質し、鉄パイプ怪人――ボンノーンに変身した。
越前だったボンノーンはあつい、あちち、と地面を転げ回って大げさに振る舞う。
「クソがてめえら俺を本気にさせたな!? 二代目バンノーンの俺を!」
「二代目バンノーン!?」
「真に受けんでええよ、夜見はん」
「あ、はい」
「さあ夜見! エモーショナル茶道部の初仕事よ! 盛大にぶちかましましょう!」
「了解です! ――変身!」
私は白い光に包まれた。
制服は素粒子レベルまで分解され、魔法少女の衣装に再構成される。
両手には硬い素材の手甲、足にも桃色の上げ底靴。そして各部位への謎リボンと宝石ブローチ。
最後に全身の白い光が花びらのように散って、ピンクロリータコーデになった。
『魔法少女プリティコスモス! 正式礼装!』
「よし! 勇気百倍です!」
魔法少女になった私は、中等部一年組のみんなと横一列に並ぶ。
敵は恐怖を感じたのか数歩ほど後ずさった。
「く、くそう! どうする!?」
「エモ力54万の必殺技とか精神崩壊して真人間なっちまうぞ!?」
「ぐぅ……ハッ、こ、ここは!」
立ち上がった越前ボンノーンは、周囲を見渡して何かに気づいた。
「どうした!?」
「俺にいい考えがある! 一旦引くぞ!」
「分かった! 喰らえ魔法少女!」
ドンドンドン――!
「「「きゃあっ!」」」
一体が腕からミサイルを発射し、私たちの行く手を阻んだあと、彼らはまたしても逃走を選ぶ。
「「「逃げろ――!」」」
「ちょ、こら! 逃げるなー!」
「正々堂々と戦いなさいまし!」
「うるせ――!」
「戦いの礼節なぞ知るかバ――カ!」
「あいつらほんまカスみたいな性格やなぁ!」
私たちは、彼らを追って夜の街を駆け抜ける。
敵のばら撒く小さなパイプ人形――クライミーを討伐し、必殺技のエモーショナルタッチで爆発を起こしながら、観光客の関心を引きながらもついに追いつき、どこかの廃材置き場まで追い詰めた。




