第72話 おじさん、ロボット軍団相手に無双する②
しかし十秒で再起動するロボット相手に安全地帯の確保が出来るわけがなく、私たちは撤退を余儀なくされる。そこで気づかされたのが、赤い樹木の役割だった。
『おーい、そこの魔法少女!』
「!? 樹木から声が」
『俺の側で休んでいけよ! 安全、だぜ!?』
「お姉さまあああ! 気持ち悪いですううう!」
「ダントさんどうしますか!? 切り倒しますか!?」
『殺さないでくれ!』
「ええとダブルクロスのルールでは……なるほど分かったモル! あの木の下はセーフティーゾーンになっているモル!」
「「そうなんですか!?」」
「証拠はこれモル!」
マジタブで見せてくれたルールを確認したところ、赤い樹木の下から半径二メートルほどの範囲はセーフティーゾーン、つまり安全地帯として機能するようだ。
駆け込んでみたところ、ロボットは私たちを視認こそしているものの、攻撃はしてこないようだった。数秒ほどで視線を外し、別の少女を探し始める。
「良かった、これで休めるモル。僕はちょっと作戦を練るモル」
「よろしくお願いします。……ヒトミちゃん、大丈夫ですか? 少し横になって下さい。私の膝を貸しますから。ね?」
「あ、ひゃあ、はいぃ」
私は、今の自分に出来ることとして、ヒトミちゃんに膝を貸した。
ギフテッドアクセルの負荷のキツさは身に染みているからだ。
「チュートリアルでは教えてもらえなかったことですね、セーフティーゾーンは」
「参加前にルールを確認するのは、僕たち聖獣と魔法少女のやるべきことモルから」
「どうしてそれを教えてくれなかったんですか?」
「ヒトミちゃんにはどういうわけか専属聖獣さんがいないモルから、僕は状況整理だけで手一杯なんだモル……」
「ハァ―――……スゥ――――……」
ワンオペサーバー管理者時代のトラウマが蘇るも、それは最終的に成功を収めた記憶なので、逆に自身を取り戻した。
「あの、ヒトミちゃん」
「ひゃいっ!」
「あなたの聖獣さんはどこに?」
「犬だったのは、覚えてます。でも複数の魔法少女さんと契約しているみたいで、話したことは、あまり」
「……え、引き継ぎの聖獣さんが紹介されたり、とかもないモル?」
「えっと、一度もないです」
私とダント氏は思わず絶句した。
同時に、そんな奴が魔法少女の聖獣であって良いわけがない、とモヤモヤする。
「これは、探さないといけませんね。その聖獣を」
「そうモルね。魔法少女は光の国ソレイユの宝。ソレイユの正義の象徴。それをないがしろにするなんて、許せないモル」
『――黙って聞いていたが、それは俺も許せねえ!』
「あ、木が喋ったモル」
「どういう原理で喋ってるんでしょうね?」
『細かいことはどうでもいい! エモ力が宿った木だから喋るんだ! だから名はエモリギという!』
そうなんだ、と流すと、赤い樹木は震えて、ポトリとなにかを落とした。
真っ赤なリンゴだった。
『それを食え! 魔法少女と聖獣!』
「ええ……」
「怪しい食べ物は食べちゃだめって研修で聞いたモル」
『俺は怪しいものではない!』
「鏡を見て欲しいモル」
『ああ、もう! 分かったよ――』
木の根本の、具体的に言うと幹の部分がパカッと開く。
顔を見せたのは先日の銀髪美女ことライトブリンガーさんだった。
「これで信用してくれるか!?」
「わぁライブリさん。どうしてそんなところに?」
「俺のことは気にするな! 木だけに!」
「ああ、はい」
説明する気はなさそうだ。
彼女は拾ったリンゴをズイ、と差し出す。
白くてすらっとした腕だ。肩まで丸見えで――
「ちょ、この人また全裸です!」
「とりあえずこの実を食え! 頭が良くなる!」
「とりあえずで済む問題なんですか!?」
「君と別れて一晩過ごして分かったんだ! 俺の裸を嫌がった者は居ない!」
「でも視線に困りますよね!?」
「そんなの知らん! 俺がルールだ!」
「この人思考がロックすぎる!」
私のツッコミを意に介さないライブリさん。
ダント氏が冷静に尋ねた。
「諸々の事情について聞くのは諦めるモル。それでホントに賢くなれるモル?」
「当たり前だ! エデンから奪ってきた知恵の実だからな!」
「エデンの知恵の実モル!?」
「いいか!? 人類が正義を掲げるなら! 生まれた罪を定義した三大宗教に中指を突き立ててぶん殴ってからがスタートだ! まずは原罪を取り戻して倫理観を殺せ! 俺にはなくても、お前たちには復讐する権利がある!」
「えええー……?」
何を言っているのだろう。ちょっと思想が強い。
それに、おそらく重要なことを言っているのだろうけど、経緯の説明がないので訳が分からない。困ってダント氏を見ると、すでにリンゴをかじっていた。
「食べてる!?」
「いや、難しいこと言われたモルけど、ギフテッドアクセルのデメリットを解消するなら、何かを食べるのが一番早いと思ったモルから。あとお腹空いてたモル」
「ああ、たしかに! それはそうですね!」
「やっと分かってくれたか! そういうことだ!」
「ごめんなさいライブリさんの言っていることは分からないです」
「ともかく食べてくれるのは嬉しい! ちょっと待て食べやすくする……ッ」
ライブリさんは力を込めてリンゴを半分に割る。
片方を私とダントさん、もう片方は膝上のヒトミちゃんに分け与えた。
シャクシャクと食べると、元気が湧いてくる。
「甘くて美味しいですね。なんというか罪の味がします」
「分かるモル。生まれて初めて食べたような味モル」
「おいひいれふぅ」
身体に染み渡るような甘さに、私たちは舌鼓を打つ。
ただリンゴを食べただけなのにここまで元気が出るとは。
ギフテッドアクセルの消耗の激しさが、また一段と浮き彫りになった気がした。
「それでライブリさんはどうして木の中に?」
「この知恵の実を魔法少女に配ることが俺の任務だ! ジュースもあるぞ!」
「ああ、補給係さんでしたか。またよろしくお願いしますね」
「いつでも来てくれ!」
パタン、と幹が閉じる。
ダント氏はというと、ギフテッドアクセルを長時間持続させる方法がようやく分かった、と上機嫌に記録していた。
「今まで不明だったんですね」
「いや、よく考えれば分かったことだったモル。夜見さんは固有魔法を使うたびにトライアスロンをするようなものだと。これからは食事も用意するモル」
「ふふ、楽しみです」
ゼリー飲料でも良いけど、出来ればみんなで一緒に楽しめる美味しいものがいいな、と思った。みんなで公園に行って、おにぎりを一緒に食べたい。
「お姉さま、ヒトミはもう動けます。そろそろ」
「そうですね。……でもまずは、と」
安全地帯から鳥型ロボットの動きを観察する。
誰も見つけていない状態では決まったルートを周回しているようだが、ときどき聞こえる少女の悲鳴に反応しているらしく、ビタ、と停止したりしている。
「なるほど、ダントさん」
「分かってるモル。これは周回マラソン狩りが出来るやつモル。ルート取りを考えるモル。……でもその前に、いちごさんからのボイスメッセージモル」
「いちごちゃんから? なんでしょう」
ダント氏は再生ボタンをタップして聞かせてくれた。
『夜見聞こえる? いちごよ。今、貴方たちの戦いを中継で見てるわ。早速だけど情報共有ね。ダブルクロスはただ討伐するだけじゃなく、味方の討伐を手助けすることでもポイントを稼げるみたいよ。もっと味方を作って協力しなさい。あと部員集めの声掛けもよろしく~♪』
「耳寄り情報でヒトミ、驚きです」
「流石はいちごちゃんですね。ダントさん」
「よし、作戦案が決まったモル! まずは悲鳴の主の元に駆けつけるモル!」
「待ってました!」
悲鳴が上がっているのはスタート地点付近。
現在の位置は戦闘フィールドの中央辺り。
『――残り時間、五分。Bタイプを投入します』
ゲームの残り時間も五分を切った。
Bタイプらしき、青色の鳥型ロボットが床下から現れ始めている。
急いだ方がいい。
「ダントさんっ!」
「ギフテッドアクセルはまだ温存するモル!」
「間に合いますか!?」
「僕を信じて!」
「分かりました! ヒトミちゃん!」
「はいっ! 走ります!」
私たちは道中のロボットを片っ端から機能停止させながら、全力でスタート地点に戻った。




