第68話 おじさん、フロイライン・ダブルクロスに参加出来るようになる
「夜見おはよー」
「おはようございますいちごちゃ、わぁ」
教室ではいちごちゃんが出迎えてくれた。
今日は少し冷えるので、制服の上から黒いカーディガンを着ている。
彼女は抱きついてきたものの、私が驚く以外に何も反応がないので、不思議そうな顔で私の周囲を見渡した。
「あれ、おさげは?」
「二限目まで遅れる、と言ってました」
「え? なんで?」
「イベントに参加できない私を助けてくれるみたいです」
「お、ついに動いたわね。まあ私の方が一手早かったけど」
「そうなんですか?」
「うん。あー、やっぱ夜見って体温高くて温かいわね、ずっと抱きしめてたい」
「あはは、困りました」
私は彼女に抱きつかれたまま席につく。いちごちゃんは背後に回った。
そこでピロン、という音。マジタブにメッセージが届いたのだ。
内容はこう書かれていた。
――――――――――――――――――――
フロイライン・ダブルクロス運営チーム
魔法少女プリティコスモス様へ
突然ですが、
特別閲覧チケット購入者様からの
要望により、再度協議をした結果、
貴方様を特別入選枠
「姉妹組」
として参加させる判断が下されました。
先日とは異なる内容を謝罪します。
誠に申し訳ございません。
追伸:
お詫びとしてスタミナ回復に役立つ
エモーションエナジーボックス(六本入り)を
ワンセット贈呈致します。
各陣営の購買部支店でお受け取り下さい。
――――――――――――――――――――
「おお! やったモルね! これで夜見さんもダブルクロスに参加出来るモル!」
「夜見ー私に感謝しなさいよー?」
「あわわ、ど、どうも、です」
彼女の頬ずりがくすぐったい。肩周りが温かい。背中から伝わるトクントクンという心音。ストロベリーのような甘酸っぱい香り。私はドキドキする。
「い、いちごちゃん、そろそろ」
「やだ。今はおさげが居ないから絶対に離れてあげない」
「その、困ります」
「だって今日寒いんだもん。夜見が温かいのが悪いのよー」
キーンコーンカーンコーン――
「ちぇ、授業かー。また後でねー」
チャイムが鳴ると、流石のいちごちゃんも離れた。ふう、と一息。
ふと視線を感じたので前を見ると、ミロちゃん。彼女は顔を赤らめた。
「……っ、えっち」
相手は恥ずかしそうに前を向いた。
困った。今回ばかりはその言葉を否定できない。
「みんなとの心の距離が近くなってきたモルね」
「お恥ずかしい限りで……」
「恥ずかしがらなくていいモル。いい傾向モルよ」
「えー、Z組のみんな今日もおはよう。担任の長谷川です。朝礼の前に、皆さんに伝えることがあります」
少しだけクラスがざわつく。
先生は単刀直入に話した。
「エジプトで表立った活動を始めた元ダークライですが、今朝、国連で行われた緊急会合での臨時決議により、国際連合軍がダークライの対処・殲滅をすると決まりました。ですので我々魔法少女やアームズは、彼らの救助要請が来てから動きます。まあ、まず間違いなく来ないでしょう」
安堵のため息が多数漏れる。
私は少しだけ呆気にとられた。
「どうして魔法少女に助けを求めないんですか?」
「僕たちにその気はなくても、彼らからすれば侵攻の口実にしか見えないからモル」
「なるほど」
やはり魔法少女は軍事力として見られているんだな。
世界が平和にならない理由がまた一つ分かった。
「――えー、中東地域で活動しても構いわないが、その場合の命の保証はない、ソレイユの戦士は見かけ次第射殺する可能性も念頭に置け、という警告が、欧州、中東諸国、隣接している共産圏から出ていますので、正義感だけで動かないように。巻き添えで地獄に落とされます。……はい、真面目モード終わりだー。朝礼始めるぞー。きりーつ――」
慌ててガタガタ、と立ち上がるクラスメイトたち。朝礼はゆるく終わった。
その後はチャイムと共に授業が始まり、チャイムと共に休み時間を取って、またチャイムで授業、と何度か繰り返す。
なんだか今日は平和だな、と思っていたらもう正午だった。
ダント氏と共にぼけっとしていた私は、昼食時間の音楽放送でハッとする。
中等部一年組も同じだったようだ。
「あ、あら、今日は不思議と静かですわ? どうしてかしら?」
「おさげが居ないからよ。いえーい今日は私が夜見の彼氏♪」
「私が彼女なんですか?」
「だって夜見って受け身なんだもの。こうやって自分から距離を詰めないと、全然アタックしてくれないし。あ、撫でてくれてもいいのよ?」
「ああ、はい。あはは」
ちょこんと私の膝上に座ったいちごちゃんに、私はたじたじだ。
とりあえず言われたとおりに撫でた。
「んふふ、夜見好きー」
「うわぁ!?」
彼女は嬉しいのか笑顔ですり寄ってくる。これはおそらくネコ。
でもどうしよう、本気で可愛い。好きになってしまう。
でもダメだ、ここは大人として我慢しなければ。
「のろけてますわねぇ」
「あ、サンデーもやってみる? 夜見ってほんとに全然抵抗しないの」
「……っ、そ、そういう恥ずかしいことを言うのはやめて下さいまし!」
「あ、あの! 私は、やってみたい、かも、です」
「ミロさん!? 貴方何を言って――」
「いいわよ。ほら」
いちごちゃんが席を立って、目の前にミロちゃんを立たせた。
ミロちゃんは興奮で目が血走っている。なぜだ。
「し、失礼しますッ!」
「え、あ、どうぞ?」
ぽふん、と強めに座った彼女は、大きく息を吸うと、そのまま力尽きた。
彼女の華奢な身体が私にしなだれかかる。
「えっと、これは」
「夜見のふとももの感触を知って妄想で気絶したのよ」
「どうしてですか!?」
「え? 夜見のことが性的に好きだからに決まってるじゃない」
「ふええ!?」
「んわぁモル!?」
思わず変な声が出てしまう。
ダント氏もびっくりして正気を取り戻した。
「……びっくりしたモル。夜見さんが女の子みたいな悲鳴をあげた気がしたモル」
「ダントさん、私ってそんなに魅力的なんですかね?」
「逆に聞くモルけど、今までこの学校で何を見てきたモル?」
「私を巡って牽制しあう女の子たちですが」
「……言われてみれば、まともな接触行為ってほぼゼロだったモル。驚きモル」
「ね」
ダント氏と共に感動した。
するとミロちゃんが妄想の果てから戻ってくる。
「ここは……」
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「―――……ッ!? 夜見さ、今、わた、膝の上、あ……きゅう」
「ダメですまた気絶しちゃいまいした」
「とりあえず貴方の膝から下ろしますわよ。このままじゃいつまで経っても食堂に行けませんの」
「了解です、せーのっ」
サンデーちゃんの力を借りて、ミロちゃんを元の座席に戻す。
数十秒後に意識を取り戻した彼女は、先程の記憶が残っていないらしく、不思議そうに首を傾げていた。ただ――
「夜見さん、なんだか迷惑を掛けたみたいでごめんなさい」
「ああ、いえ。ミロちゃんが元気で何よりです」
普通に喋ってくれるようになったので、少し心の距離が近づいた気がした。
みんなでさあ昼食だ、と隣校舎の食堂に向かうと、遅れてやって来たおさげちゃんが合流する。
「夜見はんただいまー、遅くなったわぁ」
「お疲れ様ですおさげちゃん。どうでした?」
「とりあえず五大イベントの運営責任者さんにお願いしてきて、特別入選枠に入れてもらえるようにしてきたで。うちに感謝してや」
「ふーん? おさげもやるじゃないの」
「……それはそれとして、夜見はんの腕に悪いくっつき虫がおるなぁ。取って捨てなあかんなぁ……ッ!」
「ははっ、来なさいよ! 今なら負ける気がしないわ!」
二人は今日も仲が良い。
喧嘩しだした二人を除く私たち三人は、食券機で日替わりランチセットを五人分買い、食堂の窓口で提出し、ランチを受け取り、いつも専有している座席まで運ぶ。
そのあとは私が動く。食堂前で可愛い喧嘩を続ける二人に、そろそろ静かにしましょうね、と伝えて移動させ、みんな仲良く昼食を食べるのだ。
「夜見さんもスクールカースト上位としての振る舞いに慣れたモルねぇ」
「気苦労は耐えないですけどね」
「あ、そのハンバーグ食べたいモル」
「どうぞ」
ダント氏とご飯を分け合いつつ、青春の一ページを楽しむ。
しかしそんな平和な時間は――……昨日までと違ってどういうわけか、放課後になってもおびやかされることはなかった。
私はわずかに戸惑いながらも、イベントに向けた準備を整えるべく、紫陣営の拠点こと中央校舎二階の「バイオレットサファイア」へと向かった。




