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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第二部 二章 ダークライ自滅編
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第65話 おじさん、ヒーローショーに出る

 大きなモニターと特設ステージがライブ会場にはあって、今は『Waiting...』と表示されている。開始時刻が近くなるまではあのままだろう。

 会場内には物販スペース、飲食品売り場や休憩スペースもあり、大賑わいだ。


「楽しそうだなあ」

「夜見さん……」


 私はその楽しさを、どこか遠い場所の出来事のように見ていた。


「えっと、ま、混ざらないモル? 楽しいモルよ?」

「いえ、混ざりたいけど、少しだけ休みたいんです。でも、ここからどこにも行きたくなくて、心が分からなくて」

「……とりあえず、空いてる席に座ろうモル。僕を撫でてもいいモルから」

「ホントですか? ふふ、少しだけ嬉しいかもです」


 私はダント氏に連れられて、近くのパイプ椅子に座る。

 ダント氏は膝に乗って静かになった。


「好きにするモル」

「じゃあお言葉に甘えて」


 オレンジ色の背中を撫でると、柔らかくふかふかしていて、ぬくもりを感じる。

 彼がこうして心を許してくれたのは、いつぶりだろう。

 いや、初めてじゃないだろうか。


「……あれ、おかしいな。涙が出てきました」

「今は泣いていいモル。理由は分からなくても」

「はい」


 ただ静かに、彼の指示に従った。

 しばらくすると、ダント氏はすぅすぅと寝息を立て始める。

 気持ちよかったのだろうか。


「――あ、もしかして夜見ちゃんじゃない?」

「え?」


 ふと名前を呼ばれたので振り向くと、そこには私服の女性が立っていた。

 飲食品売り場で買ったであろう、ポップコーンとコーラのセットプレートを抱えている。


「……どなたですか?」

「あはは、忘れられちゃってた。覚えてない? 一条薫(いちじょうかおる)。私は印象深かったんだけどな。勇気のある、がんばり屋さんの女の子だったし」

「ええと、すみません。ちょっと頭が動かなくて、思い出せないです」

「大丈夫? 何かあったの?」

「……言っていいのかな」


 私は不安になってダント氏を起こした。


「ぬわあモル!?」

「ふふ、おはようございますダントさん」

「完全に油断してたモル、これだから撫でられたくないモル」


 ダント氏は寝起きの身震いをすると、周囲を見て、婦警さんと目が会い、固まった。


「……あはは、本当に喋るんだね、モルモットのダントくん」

「やらかしたモル」

「え、ヤバいんですか?」

「僕たち聖獣には本来、安易に喋ってはいけないという法的制限があるモル。未成年への洗脳行為、思考誘導として未成年略取の罪に問われるモルから。警察さんにバレたということは、あとで始末書確定モル……ううう」


 そうとうショックなようで、相手に背中を向けて縮こまった。

 対して一条薫と名乗った女性は、クスリと笑う。


「でもそれ、梢千代市外での法律でしょ? 市内は例外として、制限されてないよ。聖獣のダントくん」

「そうなんですモル!? やった夜見さん! 僕は助かったモル!」

「あはは、おめでとうございます」


 どうやらダント氏が罪に問われることはないようだ。


「……あ、警察という言葉で思い出しました。たしか社畜広場になってる公園で会った女性警官さん、でしたっけ。一条さんは」

「そうそう。思い出してくれてよかったー。お姉さんひと安心。あ、横に座ってもいい? ここらへん、開会式のヒーローショーが一望できる隠れスポットなんだ」

「ああ、どうぞ」


 すると一条さんは、パイプ椅子を遠くから運んで来て、私の側に座った。

 そこまでして座るべき場所なのかは疑問だ。

 また静かな時間が流れる。沈黙に耐えかねた一条さんが喋りだした。


「……夜見ちゃん、やっぱり魔法少女になったんだね」

「生まれた時からなりたかったものなので。ですけど、もう心が折れそうです」

「何があったの?」

「学校ではいろんな人の策略に巻き込まれて振り回されたり、梢千代市にダークライが潜伏してたり、争奪戦運営から参加辞退を申し込まれたり、追い詰めたと思ったダークライが、底知れないくらいに強そうだったり。なんというか、自分の信じる正義なんて弱くてちっぽけなものだったんだな、と思い知らされました」

「そっか。おいで」


 一条さんはポップコーンセットを床に置くと、私を抱き寄せた。

 混乱するしかない私に彼女が差し出したのは、なんと市販のおにぎり詰め合わせ。

 ツナマヨと鮭と昆布だった。


「これは」

「私の遠征用携行食。とりあえず食べなさい。それからもう一度考えてみて」

「あ、はい」


 もぐもぐ。おにぎりを食べる。

 特段と美味しいわけでもないけど、私はどういうわけか涙が止まらなくて、ぽろぽろと泣き出した。


「なんで涙が出るんでしょうね」

「心が辛くて苦しいからに決まってるじゃない。私の腕の中でいっぱい泣きなよ」

「……どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

「だってお姉さんは警察官だもん。今の君に優しくできなきゃ、正義は名乗れない」

「……」

「誰だって辛いときはある。何もかも投げ捨てて逃げたいたいときはある。みんないつか魔法少女を辞めるし、私だって年を取れば退職する。でも、今日じゃないよね」


 バン、と体育館のライトが消え、モニターがロード画面に切り替わった。

 あっという間に100%になると「君の心は愛に燃えているか!」と表示される。


「夜見ちゃん。あのセリフ、知ってる?」

「いえ、あまり」

「あれ、初代魔法少女、ラブリーアーミラルの決めセリフだよ」

『会場の皆さま、大変長らくおまたせしました! ただいまより、シャインジュエル争奪戦の開会式を始めます! まずは、入学から話題沸騰中の聖ソレイユ女学院中等部一年生、上位五名によるヒーローショーです!』


 ワアア、と歓声が轟く。特設ステージの上に現れたのは、私の知っている四名と、私の妹のヒトミちゃん。

 みんな魔法少女に変身していて、緊張している様子も可愛い。


『……ねえ、ここがフロイライン・ダブルクロスの集合場所って聞いたけど、本当に合ってる? おさげ』

『指示通り来たから間違いはないと思うけどなあ……。サンデーはんはなんか知っとるん?』

『まだ分かりませんの? 皆さま、前を見てご覧なさい。ここは争奪戦の開会式会場、梢千代市民体育館ですわよ』

『『ええええ――――!?』』


「あははっ」


 あからさまな演技がとても分かりやすくて楽しい。

 一条さんも同じだったようで、かわいいーと喜んでいた。


『待って下さい、ということはつまり、私たちが今回の主人公、ということですね!』

『いきなり何を言うのかと思えば。主人公はわたくしですわよ』

『強い人らは大変やなあ、いきなり主役争いて。ま、メインヒロインはうちってことでええよ』

『分かってないわね。それは私よ、私』

『なんやぁ?』

『何よ? やる気?』


 そこからいちごちゃんとおさげちゃんの寸劇が始まり、会場は笑いに包まれる。

 サンデーちゃんとミロちゃんは止めに入るので必死だ。

 ヒトミちゃんはひたすらにオロオロとしている。

 そこにマフィアのボスのような見た目の老齢男性が現れ、背後からヒトミちゃんを抱きかかえた。


『きゃあああああ!』

『『『!』』』

『ガハハハハ! 相変わらず愚かな争いをしているな魔法少女は! お前たちが身内で争っている間に、この魔法少女は頂いたぞ!』

『卑怯ですわよ!』

『なら喧嘩はやめんか馬鹿者め! 隙だらけなんだいつもいつも! 仲良くしなさい! この、おバカ!』

『……なんやて?』

『今わたくしたちのことをおバカと言いましたわね!? ぶっ飛ばしますわ!』


 そこでいきなり魔法少女と悪役の男性との戦闘シーンが始まる。

 戦いは終始魔法少女が優勢、悪役はステージの端まで追い詰められた。


『これで勝負ありね』

『その子を返しなさい!』

『ええい魔法少女め、やはり手強い! こうなったら……!』


 悪役が腕の時計で何かを操作したかと思うと、モニターがハッキングされるような映像が流れ、三分割されたライブ映像に切り替わり、三つの人影が現れた。


『おやおや、随分と劣勢だね』

『私たちの助けが必要、という認識でいいか?』

『そうでございます、我が魂の主たちよ! どうか私に力を!』

『良いだろう――行け、閃光騎士ライトブリンガー!』


 演出として照明が暗明し、白い煙とともに、ファンタジーな風貌をした男性型パワードスーツが現れる。ブオン、と目が赤く光った。


『貴方は鎧装戦士(アームズ)のライトブリンガー!?』

『正義の味方のあんたが、どうして敵に味方をしているのよ!』

『フハハハハ! 我々が洗脳して味方に付けたのだ! 君たちの声は届かない! 行け、ライトブリンガー! 魔法少女を倒すのだ!』


 今度はパワードスーツを着たライトブリンガーと、魔法少女の戦いが始まる。

 やはりというか、ライトブリンガーはかなり強い設定らしく、中等部一年組はあっという間に追い詰められた。

 魔法少女の側にいた聖獣たちが相談を始める。


『大変だ、魔法少女がピンチだ! 一体どうすればいいんだ!』

『そうよ! 魔法少女はエモ力が力の源! みんなの応援で力が増すわ! 会場のみんな! 魔法少女を応援して!』

「うおおおおお! 頑張れええええええッ!」

「!?」


 当然のように一条さんが叫びだした。

 一万人はゆうに超える会場のファンたちも魔法少女の応援を始める。

 その様子に童心を思い出し、エモ力と、再び夢に向かって歩みだす勇気を貰えた。


『よし、戦える!』

『皆さま、行きますわよ!』


 中等部一年組はライトブリンガーに再攻撃を始めた。

 ライトブリンガーは善戦するも、声援バフによりあえなく撃沈。

 その場に倒れた。


『さあ、観念しいや!』

『年貢の収め時、です!』

『くそう、負けてたまるものか! おおどうか、我が魂の主よ、さらなるお力を!』

『『『!?』』』


 ステージに煙幕が吹き荒れる。

 悪役だった男性が退場し、今度は青髪メイド――まさかのリズールさんが現れた。ヒトミちゃんは彼女に拘束されたままだ。


『……よく出来ました、とお褒めしましょう』

『貴方は誰!?』

『秘密結社暗黒の月曜日(ブラックマンデー)、第二席。最高参謀のリズール・アージェントと申します。どうぞ、お見知りおきを』


 その一言で、会場内が騒然とした。


「シングル世代の支援者向けのファンサなのかな……? え、でも、ちょっと待って、怖いよぉ……」


 一条さんも怯えていた。

 当然だ。あの人はなんというか、存在強度が強すぎる。

 おもわず跪いてしまうような何かを感じるのだ。


『雑談は嫌いですので手短に。さあ、起きなさいライトブリンガー。貴方にはまだまだ戦ってもらいます』

『うう、ぐあ』


 リズールさんは手から青い糸を伸ばしたかと思うと、倒れていたライトブリンガーを無理やり動かして、魔法少女たちを襲わせた。

 そこでようやく、拘束されたままのヒトミちゃんが喋る。


『お姉さま! 夜見お姉さま! このままじゃみんな不幸になってしまいます! この戦いを止めて下さい! お願いします!』

「ええ!? わ、私は……」


 すべての照明が私に集中したので、膝のダント氏を見る。

 彼はピンマイクとマジカルステッキを差し出した。


「僕が君を勧誘したとき、最初に聞いたモルよね。魔法少女は辛い事ばかりだけど、本当に続ける覚悟はあるのかって。君はなんて答えたモル?」

「……でもそれは、現実とあんまり変わらない。現実の方は、分かりづらくて、見えづらいだけ、と」

「その辛くて苦しい現実を吹き飛ばすのが、君に与えられた使命モル。あの時、僕は君に夢を見た。だから僕は、君がこれから歩む道にすべてを賭けたモル。さあ、夜見さん。僕の夢に相乗りする勇気はあるモル?」

「――」


 ああ、そういうことか。

 私は争奪戦からハブられたわけじゃない。

 最高の晴れ舞台を整えるために、あえて突き放されたんだ。


「乗ってやろうじゃないですか。でも、もう騙さないで下さいね?」

「大丈夫モル。僕を信じて」

「分かりました!」


 ダッ――――

 ピンマイクを付け、ステッキを片手にステージへと走り出す。


「――変身!」

『魔法少女プリティコスモス! 運命礼装(デスティニーサッシュ)!』


 観客の大歓声を浴びて力を貰い、変身した姿で夢を与えながら。

 子供の頃から憧れていたステージの上に立って、元気よく、大きな声で叫ぶのだ。


「私は、魔法少女プリティコスモス! 悪を挫き、弱気を助ける正義の味方! ブラックマンデーの最高幹部、リズール・アージェントさん! 貴方の悪事は許しません!」


 ああ、ようやく私は、本当の意味で魔法少女になれた気がする。

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