第64話 おじさん、ダークライの自滅を見届ける
『――、――!』
『――!』
関係者用通路を進むと、何やら揉め事のような声が聞こえてきた。
エモーショナルセンスで身の危険を感じ取った私たちは、先に変身を選ぶ。
『魔法少女プリティコスモス!』
『魔法少女シャロンアラモード!』
「「――よし!」」
魔法少女になった州柿先輩と共に、喧騒が聞こえる通路の先――『シャインジュエル争奪戦運営チーム控え室』と書かれた大広間へと突入した。
「――ふざけるな! プリティコスモスの胸の宝石はエモーショナルエネルギー無限発生装置のコアにならないだと!? じゃあなんのためにこれだけ緻密な計画を練ったんだ! 私を騙したのか!?」
「あーそれはだなァ、それより、もっと良いコアが存在すると分かったからだ。……ほぉら、俺たちが言い争っている間に、魔法少女がご到着だ」
大広間の中央に陣取っていたのは、メタリックな完全球体。
近くにはスーツ姿の白人男性と、黒い影のような謎の存在が立っていた。
私たちの姿に、白人男性はうろたえる。
「お、お前たちは誰だ! 人払いはしていたはずだが!?」
「逆に聞きますけど、貴方たちは何者ですか!?」
「答える義務はない!」
『オイオイ、そんなつまらない事を言うなよ、ここで終わりなんだから。黒い人影のような俺は、物語の悪魔、テラー。存在悪だ。こっちの白人はボンノーンを束ねるダークライの総帥、バンノーン様ことMr.プレジデント。お前たちを苦しめている諸悪の根源だ。応援よろしく』
「悪魔とダークライの総帥……!?」
私たちの間に緊張が走る。
恐怖で手が震え、汗がにじむ。
しかし、白人男性――ダークライの総帥ことMr.プレジデントの怒りの矛先は、物語の悪魔を名乗った黒い影、テラーの方に向いた。
「ッ、テラー! お前はいつもそうだ! 何もかも語りたがる!」
『物語に宿る妄執と狂気が俺の根源だからなァ。影で暗躍し、何もかも完璧にやり遂げるお前のやり方は、俺の在り方と最初から合わないんだよ。それに、どうせ今日が最後だ。好きにさせろ』
「ふん、まあいい。お前の言うとおりだ。今日だけは許してやる」
『その言葉が聞きたかった。感謝するぜ、相棒』
テラーが私たちとMr.プレジデントの間に立ちふさがる。
手を持ち上げ、ピストルのような形をとると、私たちに向けた。
『そのまま動くなよ。俺は強いんだ。今のお前たちが叶う強さじゃない。黙っていれば見過ごしてやるよ』
「だとしても……!」
『正義に燃えているヒーローは美しいなァ。好きだよ、俺は』
テラーが反対の指を鳴らす。
彼の足元から影が分裂し、複数体のボンノーンが出現した。
『だから壊したくもなる。悪魔なものでね。行け』
『マホウショウジョ、マホウショウジョ』
「くっ……」
ボンノーンたちはじりじりと包囲網を狭める。
その間にMr.プレジデントは、どこからか呼び出した細身の男性研究者に、謎のメタリックな球体の改造をさせていた。
「発表会まで時間がない! せめてエモーショナルエネルギーを発生させているように偽装しろ!」
「は、はいぃ!」
『健気だねェ。こういう場面を最初から見せてくれれば、俺もやる気になっただろうに。――止まれ。今はやめだ』
テラーの指示でボンノーンが止まった。
安堵してしまう自分が不甲斐ない。
状況があまりにも絶望的すぎて、勝利のビジョンが見えないのだ。
だが、テラーの次なる興味は私たちではなく、その背後に立っている人物だった。
『というより、いつまで静かにしている? 大賢者の魔導書リズール。お前の介入がないと始まらないんだ。物語が』
「……最初に申し上げておきますが、私を表舞台に引きずり出した貴方が嫌いです」
『そうでもしなければ、俺の目標が出てこないだろ? いつまで遊ばせておくつもりだァ? お前の主、灰の魔法少女を』
「――おのれグランギニョールめ。本当に、そういうところが嫌いです」
ゴウ、とリズールさんからエモ力の奔流が起きる。
その力は私たちにも流れ込み、心が驚くほどに勇気に満ち溢れた。
「夜見ちゃん行ける!?」
「これならやれる、かもです!」
『おっと、少し煽りすぎたか。だがまァ、これで舞台は整った。俺は降りるよ。俺の唯一の天敵に本気を出されちゃァ敵わない』
テラーは両手を上げて降参を示す。
リズールさんが警戒を解く様子はない。するといきなり、巨大な銀色の手が現れ、私たちの周囲を薙ぎ払う。
包囲していたボンノーンはまとめて爆散した。
『グアアアア――――』
「リズールさん、今の手は」
「我が盟主が力をお借し下さったようです。もうすぐ来られます」
「それは、灰の――」
私が尋ねる直前に響いたのは、背後が爆発する音だった。
そこには生徒会陣営の魔法少女が立っていて、生徒会長が先陣を切る。
「ようこそ、物語の終着点へ」
顔のないテラーが笑ったような気がした。
黄色いゴスロリ衣装の生徒会長はズカズカと歩き、右拳を握ると、テラーの顔面に容赦なくダイレクトアタック。ズゴォン、と凄まじい音を立てて壁にめり込ませた。
「――これ以上の悪事は見過ごさない、と言ったはずだ」
『あ、相変わらず、とんでもない、威力だ、なァ……ゲフッ』
顔から黒い液体を吹き出しながら、ガクリと項垂れ、テラーは動かなくなる。
ダークライの総帥であるMr.プレジデントは恐れおののいた。
「ひぃぃ!? 魔法少女プリミティブエンプレスがどうしてここに!?」
「梢千代市だからに決まっているだろう。Mr.プレジデント、もうお前は許さない」
「許さない……? は、はははははははっ!」
突然高笑いを始めるMr.プレジデント。
「だったら証拠はあるのかね!? 私を悪だと証明する証拠は!」
「……それは」
「無いだろう!? 当然だ! 前回の歴史は斬鬼丸とかいう精霊によって修正された! 当然、私の悪行も消滅している! 罪に問う手段は、無い!」
「――いや、存在するモルよ」
「な、なんだと……!?」
ダント氏がPCで見せたそれは、動画配信サイトでライブ中継されている私たちの映像。
同時視聴者数はすでに一万人を超えている。コメントに至っては三万件以上だ。
視点から場所を特定すると、物陰に隠された監視カメラが目を光らせていた。
「どうしてそんなものが!? 私が確認したときにはなかったはずだ!」
「……ああ、それは僕が仕込んだものなんすよ」
ズブシュッ。
「ガハッ……!?」
突如、Mr.プレジデントの腹部から鈍色の刀が生える。
彼の背後では、先程まで酷使されていた細身の男性研究者が、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「おのれ裏切ったか乃木田……!」
「いや、貴方がさっき、テラーさんと結んだ契約の代償っす。彼の好きにさせる」
「な、なんだと」
「だからここで貴方は――」
グッ、ザシャァッ――
「ぐああああ――――!?」
プレジデントは刀で身体を真っ二つに分断され、謎の鉄パイプ生命体が分離した。
地面に落ちたと同時に力尽きたようで、黒い液体となって溶ける。
……そして白人男性だった彼は、ブロンドの全裸外人美女へと変貌を遂げた。
「――味方に裏切られて、女になる定めなんすよ」
「ど、どういうこと、だ」
「僕、研究中に気づいたんすよね。エモ力の低い脆弱な一般人や、魔法少女、アームズを脅かしてエモーショナルエネルギーを得るより、誰よりも賢く、悪事を悟られず、完璧に物事をこなせる上に、欲望の総量が桁違いな最低最悪の悪役を女体化させて装置のコアにした方が、最大効率でエモーショナルエネルギーを生み出せると」
「ま、まさか」
「そういうことなんで、エモ力無限生成装置にコアとして組み込まれて下さいっす」
「う、うわあ、やめろ離せ――」
細身の研究者はMr.……いや、Ms.プレジデントを拘束すると、メタリックな謎の球体に押し当てる。するとぐぱあ、と粘着質な音を立てて、装置の口が開いた。
内部はピンク色で、びっしりと触手で覆われていた。
「ひぃ――」
「全員見るな! 目を閉じろ!」
「「「はいっ!」」」
生徒会長の指示により、私たちは一斉に目を閉じる。
視界が暗くなり、当事者の声だけが聞こえた。
「じゃ、行ってらっしゃいっす。ゼンノーンになる夢、この中で叶えて下さい」
「いやだああああ! やめろ、やめ、やだやだやだっ、うあっ、ああああああ――――っ!」
グチュグチュグチュグチュ―――――バクン。
『――――! ――、―――――ッ!! ……!? ……! ~~~~――! ――、――っ♡』
「お、早速エモ力の生成が始まったっすね。やっぱり設計通りっす。僕ってば流石天才っす。……ふう、さてさて、これで僕の役目も終わりっすね」
おそるおそる目を開くと、細身の男性研究者が額を拭っていた。
手に持っていた刀を投げ捨て、一仕事をやり終えた面持ちだ。
『――――♡ ――♡ ~~~~――♡』
くぐもった声だが、メタリックな謎の球体からは、あからさまに艶声が鳴り響いている。内部の様子は想像に難くない。
膝をつき、投降のポーズを取る男性研究員に、生徒会長は問いかけた。
「……どういうことか説明しろ、乃木田とやら」
「ああ、Mr.プレジデントに対する僕の個人的な復讐っす。ダークライはこれで完全に壊滅、世界は今度こそ平和になる。僕の本当の望みもこれから叶う」
「望み……?」
「僕はね、ただ、高身長メカクレ美女になりたかっただけなんすよ」
「何を!?」
彼は白衣の内側から手術用のメスを取り出したかと思うと、自らの心臓に突き立てた。ガフッ、と血を吐く。
『よくやったぞ乃木田ァ!』
「テラー!?」
その瞬間を待っていたかのように、黒い液体を撒き散らしながら走り込んできたテラーが、彼の背後に立ち、手刀で真っ二つに両断。
片方は死んだ鉄パイプ生命体に、もう片方は細身の黒髪美女へと姿を変えた。
『乃木田、契約完遂だ。流石は天才生物学者だなァ。褒美に自由をくれてやるよ』
「はは、やった……」
女体化乃木田はドサ、と倒れ伏して気絶する。
テラーも同じように限界が来たのか、肉体がボロボロと崩れ、灰になり始めた。
『……俺もしばらくこの世から退場だなァ。人助けなんざするもんじゃない。だがまァ、最後は楽しめたよ』
「お前たちは一体何がしたかったんだ!?」
『歴史が修正された時点で、ダークライに出番はない。なのに活動を続けるものだから、ついイライラしてなァ。自分たちの手で何もかも終わらせた、というわけさ』
「面妖な……!」
生徒会長はメタリック球を破壊しようと接触を試みるも、触れることはできなかった。
「なぜ触れない!?」
『俺のものだからだ。移動はさせられるが、破壊や機能停止はできない。諦めろ』
「中のMr.プレジデントを開放しろ! 私たちが裁く!」
『嫌だね。そいつが俺に従順になるまで、みっちり調教されるまではなァ。ハハ、チャオ――――』
最後にそう言い残して、テラーは跡形もなく消滅した。
不安でたまらない私は一言だけ漏らす。
「……ダークライは消滅したんでしょうか?」
「少なくとも、今の悪魔が消滅したのは確実モル。不穏な幕引きだったモルね」
「うう、怖いです」
プッ――カランカラン――
『!?』
すると突如、メタリック球からピンクの宝石が吐き出される。
それと同時に、「プリティコスモスから奪った魔法の宝石を返すので助けて下さい、お許しくださいぃ」と書き殴られた手書きのメモも表示され、私は困惑するしかなかった。
防音対策が取られたのか、球体内部からの声はすでに聞こえなくなっている。
「あの、生徒会長」
「……いや、見なかったことにしたまえ、夜見くん」
「は、はい」
「吐き出された宝石は精密検査をしてから返却するか検討する。それでいいか?」
「いえ、管理はお任せします」
「分かった。あとはそうだな、争奪戦の開会式でも見ていくといい。きっと楽しいはずだから」
頭を優しく撫でられて、その場から撤収させられる。
リズールさん、州柿先輩を含む生徒会のメンバーは事後処理を行うようだ。
私とダントさんはとりあえず、体育館内の特設ライブ会場へと向かった。




