第57話 おじさん、相談に乗ってもらう
「ピンク髪の魔法少女様。見惚れるのは構いませんが、私のやる気が冷めるまでにお願いしますね。あまり人には興味がありませんので」
「ええ!? えっと、相談ですか」
リズールというメイドさんに言われたことを考える。
相談ごと、か。
そう言えば、出来る相手がほとんどいなかった。
「信用……いや、信頼出来る人を見つけるにはどうすればいいでしょうか。敵の罠を、悪巧みを初見で見破る方法はありませんか。魔法に頼らずに」
「これはまた、切実な顔ですね」
「入学してから色々と、誘拐されたり、セクハラされたり、魔法で騙されっぱなしで。何も信用できなくて」
「だとしたら、どうしてそんなことを私に聞くのですか? 私が信頼できる人物かも分からないというのに」
「それは、そうですけど」
顔を曇らせると、リズールさんはいたずらな笑みを浮かべた。
「ふふ、すみません。我ながら意地悪なことを言いましたね。その疑問にお答えしましょう。……まず覚えておいて欲しいのが、人に騙されやすいのは「魔法少女」という概念に定められた共通の弱点です」
「が、概念?」
「設計上の欠点、システムの脆弱性、とでも言えばいいでしょうか。人が魔法を行使するには、脳領域の一部を独立させ、専用に構築しなければなりません。結果として脳の処理能力が微量に低下してしまい……言い方は悪いのですが、少しだけアホの子になります」
「アホの子に」
「はい。ですので、変身していない、魔法に頼らない状態で騙されないためには、外付けの代理思考回路である、聖獣の育成が重要になります」
「はあー、なるほど」
とても勉強になった。
ダント氏も同意するように頷いている。
コーヒーは苦かったのか、ほとんど飲んでいなかった。
あとで返してもらおう。
「それで、育成とは具体的にどうすれば」
「聖獣の望みを叶えることです」
「望み?」
「彼らも魔法少女と同じように、エモーショナルエネルギーで活動する生物です。精神的に満たされることで成長します。出来ていますか?」
「出来て――」
ダント氏を見る。
「不安にならないで欲しいモル。ちゃんと成長できてるモルよ」
「出来てるみたいです」
「でしたら、あとは聖獣の指示に身を任せることが大事ですね」
「ありがとうございます――と言いたいのですが」
「まだ何か不安が?」
「実は、ここからが本題の相談で。ダークライの思惑のまま、私たちは行動させられてる気がするんですよ」
「……くわしく聞かせてきただけますか?」
放課後にあった三通のメールや、過去の事件について話した。
知り合いらしいので、斬鬼丸さんのことも。
彼との最後の別れを話すと、リズールさんはクスクスと笑った。
「これは、また、悲しい別れを」
「私はあの人のおかげで魔法少女を続けられているのに、どうすれば梢千代市に潜伏しているダークライを見つけられるのか、斬鬼丸さんが敵か味方なのかすら、分からない。彼のことを信じた私は、やっぱりアホの子なんでしょうね」
「……貴方の優しさにとある面影を見ました。興味を示さなかったことに誠心誠意を尽くして謝罪します。申し訳ありません」
ポツリと漏らした自虐に、一歩下がったリズールさんは丁寧な謝罪をしてくれる。
顔を上げた彼女の赤い瞳からは冷たさが消え、柔らかな感情が宿っていた。
「何か追加のご要望はございますか? 誠意を見せるために、今ならどんなことでも請け負いますよ。責任を持つため、無償という訳にはいきませんが」
「わぁ、本当で――」
『――!?』
ガタン、と後ろで音がする。
立ち上がった佐飛さんが驚愕の表情を浮かべていた。
「さ、佐飛さん?」
「老執事様、どうされましたか?」
「……いえ、何もございませぬ。少々驚いただけでありますゆえ、お気になさらず」
何事もなかったかのように座り直すと、音に気づいて目を覚ました遙華ちゃんたちへの対応を始めた。
リズールさんとの会話は一時中断させてもらい、私もそちらに混ざる。
「手伝いますよ。佐飛さんは車を呼んで下さい」
「ありがとうございますライナ様。どうかこの場でお待ちくださいますよう」
「いいですよ。任せてください」
佐飛さんは携帯電話を手に、カフェの外へと向かう。
しかし途中、思い出したように戻ってきて、財布からクレジットカードを取り出した。
「ライナ様、こちらを」
「あ、はい」
スッと手渡されたので受け取る。
触ってみると硬い。金属で出来ている。
おそらくは年会費が数十万円クラスのブラックカードだ。
「店外はこの佐飛が見張ります。リズール様との商談や、必要物資の購入にお使いください」
「え!? ……あ! どうもです!」
どうやら気を利かせてくれたらしい。
ありがたく使わせてもらおう。
カードを手渡したあと、佐飛さんは慌てた様子で外に出た。
「らいなおねーしゃん、ねむいー」
「ああ、おはようさんで眠いね。眠いけど、もうちょっとだけ頑張れるかなー?」
「なんでぇー?」
「お迎えの車がくるから、それまで頑張って起きてようね?」
「ぅん……」
――でも、困ったな。
遙華ちゃんたちのお世話をしながらリズールさんと会話するのは難しい。
そう思っていると、リズールさんが近くまで来てくれていた。
「今ほど気分が乗っているときに会話が途切れては困りますので、お近くまで越させていただきました。お手伝いしましょう」
「いえ、そういうわけには。リズールさんにご迷惑がかかります」
「でしたら、女子会にしましょう。彼女たちも交えて」
「構いませんけど――」
リズールさんはこのお店――カフェ・グレープの店員さんなのではないだろうか、と疑問に思って、女店長さんを見る。
彼女は「私は空気です、無視してください」と丸文字で書かれたミニ黒板を手に持っていた。どういうことだ。
「あの、リズールさん」
「なにかお困りでしょうか?」
「リズールさんって、このお店の店員さんですよね?」
「そうですね。同時に経営顧問でもあります」
「け、経営顧問……ッ、ハァ、ハァッ――」
「魔法少女様?」
コストカットを声だかに叫んで私や他の社員の給料を削り、大量離職事件を起こした自称一流コンサルの経営顧問を思い出し、息が詰まって苦しくなる私。
ダント氏が耳元で「小規模なお店でも経営が回せるように考えてくれる正しい経営顧問さんモル! この人に任せれば給与安泰将来有望! 夜見さんは働きぶりが認められて大出世するモル!」と応援してくれたおかげで、ギリギリ持ち直せた。




