第40話 おじさん、世界を救う
たどり着いた最下層は、壁面一帯を覆い尽くすほどに様々な金属製の配管が伸びる、地下洞窟のような広場だった。
「ここが」
『然り。終点であります』
部屋の中央には、文字通りに『門』があった。
凝った彫刻の施された白亜の門だ。謎の植物の蔦で覆われている。
「ようこそ主人公。私の最後の砦に」
「校長先生……どうして」
そんな最後の場所で待っていたのは、他の誰でもない校長先生。
彼女は歓迎の意を示すように腕を広げた。
「君を思いとどまらせるために待っていた」
「どういう意味ですか?」
「このまま踵を返して見なかったことにするんだ。そうすれば、私は君を見逃す」
「何が目的なんですか。説明して下さい。内容次第です」
「知りたがりのヒーローは嫌われるよ」
「私は凡人です。察して動くなんて出来ないし、事情を教えてくれないと納得出来ないんです」
「納得した上で魔法少女をしているんじゃないのかい」
「機会がなかったので黙認していただけです」
「そうかい」
校長先生は目をつむってため息をつくと、背中側から銃を取り出した。
「今度は説得じゃなくて命令だ。家に帰って寝なさい」
「どうしてそう、武器で脅してでも従えたがるんですか」
「それが君たちの幸せに繋がっているからさ。君たち魔法少女は、真実を知らないまま、この学院でレディとしての教養を身に付け、社会に進出するのが幸せなんだ」
「本気で、そう思っているんですか?」
「そうとも」
「私たちの進出する社会そのものが、下劣で劣悪極まりない世界に変わり果てていたとしても?」
「……それは」
校長はたじろいで、顔を背ける。
私は物怖じせずに続けた。
「私は知っています。現代社会はお金が全て。成功できなかった者は人生をやり直す夢を見ながら独身で死ぬか、酒・タバコ・ギャンブルで、借金を抱えて社会から消されるかの二択だけなんです。生きていれば何とかなる時代は終わったんですよ」
「だけどね、梢千代市は――」
「資源を売買しているから問題ない。実家が太いから働けなくても心配ない。食いっぱぐれる心配はないから。……それじゃダメなんですよ校長先生。どんな人でも、社会の役に立てないと生きるのが苦しいんです。だから、間違いは正さないといけないんです」
「だけど、だけどね……っ」
「どうか銃を捨てて、道を開けて下さい。私はあなたと戦いたくない」
「……っ、じゃあ、君は! 魔法少女が戦いの中で命を落とすような、そんな辛い世界を肯定するというのかい!」
「!」
校長先生はついに銃口を向けた。
涙の滲んだ瞳でこちらを睨み、私は緊張で息を飲む。
「私は認めない! そんな悲しい世界は!」
「どうしてなんですか」
「私は! 今まで何人も何人も! 君の語る下らない世界のために戦って、その命を捧げた魔法少女を見てきたんだ! そんな世界のどこに救う価値があるっていうんだい! 彼女たちのことを覚えてすらいないのに!」
「それは。そこに友だちや愛する家族がいるからです」
「だったら死なないでくれ! 私だってその家族の一員なんだよ! 私たち賢人は不老不死だ! 死ねないんだ! 今まで何百回も世界が救われた日を見て、魔法少女の死を嘆き悲しんだ! でもね! それだけ救っても、世界に平和は訪れないんだ! 人間は絶対に悔い改めない!」
「それは……否定できません」
「だから! だったら、私たちが悪に堕ちるしかないじゃないか……! 世界は金が全てだ。金は資源で買える。金があれば土地が買える。私たちは、この世全ての金・領土・地位と名誉を独占して、魔法少女のためだけの世界にしたいんだよ……! ただ君たちが、何のしがらみもなく羽を伸ばして過ごせる、幸せな世界にしたいんだ……」
あまりの熱量に押され、何も言い返せなくなる。
「私はもう、下らない正義感や優しさのために、この世から消えていく魔法少女を見たくないんだ。……だから頼むよ、夜見くん。頼むから、この世界を壊さないでくれ、私はもう、魔法少女の無意味な犠牲は見たくないんだ」
「校長先生――」
「来るな! 来たら……来たら、っ、うわああっ……」
校長はついに銃を手から落し、泣き崩れてしまった。
「ダメだ、私には撃てない……君も魔法少女だから……私の負けだ」
「校長……」
「もう好きにしてくれ。私は完全な悪にもなれない半端者なんだ。はは、ははは」
「……分かりました」
私はゆっくりと門に近づく。
そして校長先生の前でしゃがみ込み、ぎゅっと抱きしめた。
「どうして、その想いを私たちに言ってくれなかったんですか」
「え……?」
「先生は私たちのために考えて、必死に頑張っていたんですよね。秘密になんてしないで、言ってくれれば応援出来たのに」
「……」
私の言葉で相手の顔が曇る。
「誰も真意を理解してくれなかったんだ。……いつも軍事力の話にしかならなかった。私の側に集ったのは、武力行使によって世界の均衡を保とうとする過激派だけだったんだ。いつの間にか、私の理念とはそぐわない事業ばかりをしていた。気がついたら乗っ取られて、止められなくなっていったんだよ」
高潔な思想を持つ人ほど陥る末路を辿っていたようだ。
私は校長先生を許してあげることにした。
「校長先生。先生は付き合うべき人を間違えてます。魔法少女が好きなんですから、魔法少女と仲良くなるべきでした」
「でも、私の話は難しいんだよ」
「それでも。私たちは、あなたの心労に共感して、労ることくらいは出来ますよ。先生と生徒じゃなく、友だち同士になりましょう。そして今日からやり直しましょう。ね?」
「ともだち……っ」
ぶわっ、と先生の顔から涙が溢れる。
嗚咽混じりの声で、私にすがりついた。
「君は、君は。私を許してくれるのかい? 私は、許されていいのかな?」
「先生は、その高貴な思想を敵に利用されていただけですよ。絶対に悪なんかじゃない。本当の悪は、あなたの考えを曲解して実行した人間たちです。なので一言言って下さい」
「ひとこと……」
「私の名前はプリティコスモス。正義の味方。悪い奴らをやっつけて懲らしめる、最高の魔法少女なんです。だからあの一言があれば、何だってやっつけてみせますっ」
「あ……ああ」
理解したようだ。
涙と鼻水でくしゃくしゃなのに笑顔の校長先生は、一言だけ呟く。
「たすけて、プリティコスモス」
「その言葉を待ってましたよっ! 私に任せて逃げて下さい!」
「うん、うんっ! ごめんよおおお――……」
校長先生は急いでこの場から去っていった。
肩の荷が降りたような、軽やかな足取りだったと思う。
「斬鬼丸さん。校長先生は許されるんでしょうか」
『全ては些事。善意で行動した者が報われるのであります』
「善行だと信じろってことですね。やります! どうすれば」
『否、合格要件が多い故、拙者の仕事でありますよ』
斬鬼丸さんは私の全身から炎を発し、周辺の配管を燃やし始めた。
とある配管は砕け散り、とある配管は無傷のまま。
壊れた配管が悪意ってことらしい。
最後は門を覆っていた蔦が焼き消され、門が開いた。
私から分離した斬鬼丸さんは、光の道を進んでいく。
「これでお別れですね」
「そうモルね」
『短い間だったでありますが、楽しかったであります。またどこかで会いましょうぞ』
「はい! またどこかで!」
大きく手を振って見送る。
斬鬼丸さんは先を進んでいく。
しかしふと思い出して振り向き、こう言った。
「若人よ、存分に魔法を楽しめ」
では、と進んでいき、扉が閉まった。
どこまでも強く、自由で、先生みたいな人だった。
ああいう人になりたいと思う。
「これで一件落着モル」
「あとは待つだけですか」
少し経って、歴史の修正が始まる。
門から溢れ出た黄金のエネルギーが私たち、学院、世界全土に満ち溢れ、全ての悪意を消し去っていく。
私は当事者という名の観測者として全てを眺めたあと、地上に送還された。




