第38話 おじさん、神秘的な出会いをする
私以外は全員スローモーションの世界なので、聖ソレイユ女学院の正門までたどり着くのは容易かった。
「学院中がボンノーンまみれですね」
「敵も必死なんだモルよ」
問題は敵組織の怪人が学院内で暴れ回っていること。
学生が魔法少女に変身して抵抗しているが、このまま放置しておくのは忍びない。
私たちは作戦を練るために中央校舎へと入り込んだ。
「はぁ、はぁ、死ぬ! 腕がちぎれる……!」
「先輩も限界そうですね」
「二階が紫陣営の休憩室になっていて助かったモル」
私は先輩に購入したヒールシップやファストヒールゼリーを与えて回復を促している間に、この状況を打破する方法を探ることになる。
「先輩がフィードバックに耐えられれば何でも出来るんですけどね」
「何かいい手はないモル……?」
「うーん――あ。思いついた。一つだけ方法があります」
「な、なにモル?」
スッと近くに飾ってあった魔法少女の衣装を指さした。
「この中央校舎には、歴代の魔法少女のアイテムが眠ってます。その中から、私と同じタイプの変身アイテムを探し出して、使用すればいいんですよ。最終フォームクラスですから、能力が強化されて効果範囲が広がるはずです」
「ナイスアイデアモルね! 案内パンフレットを頼りに探すモル!」
「はい! 先輩、探しましょうよ」
「もう少し休ませてくれ……」
「仕方ないですねー」
私はテーブルに置いてあったパンフレットを手に、ダント氏と適合する魔法少女のアイテムを探すことにした。二階は展示品が控えめで、色々と巡っている内に装飾品枠に置かれた男性用の西洋甲冑までたどり着く。
「この甲冑ってなんですか?」
「パンフレットに乗ってないモル。でも――」
ダント氏が青い魔法陣で調べる。
「でも、この甲冑からとても強力な身体強化系の魔法少女の力を感じるモル」
「えー? どこかにアイテムが隠されてるのかな」
とりあえず探ってみることにした。
私は外から、ダント氏は内から。
甲冑に付いていた巾着袋をごそごそと漁っていると、カチャン、と何かがこぼれ出る。
「何か出ました」
「どうしたモル?」
落ちたのはタリスマンという海外のお守りだった。
拾い上げると急に意識を奪われるような感覚に襲われ、目の前にボウ、と青い炎が灯る。
『貴殿、身体強化系の魔法少女でありますな?』
「え?」
『憑依させて貰うであります。失礼』
「うわ」
その炎は喋ったかと思うと私の顔に飛びつき、全身に燃え広がった。
「うわあああああ!」
ゴロゴロゴロ――
「夜見さんが燃えてるモル!」
「――わあああ、あ、あれ? でも熱くない」
少しして全くダメージがないことに気づいて、スッと立った。
全身の炎は青からピンク色に変わり、最終的に小さな火の玉となって宙に浮かぶ。
形は日本の兜そのもので、パチ、と開いたのはザクの如きモノアイだった。
『ご迷惑をお掛けしたであります。拙者、行き倒れだった故』
「はぁ」
『種族は精霊、名は斬鬼丸と申す。一宿一飯の恩義を返すべく、貴殿に協力したい』
「どうします?」
「ええっ? えーえっと、ざんきまる、さんモル? どうしてこんなところに居たモル?」
『長くなるが宜しいか?』
「ど、どうぞモル」
『いえ何、拙者は――』
ホントに長かったので簡潔にまとめる。
まず彼は二十年前、この世界の歪みを直すべく遣わされた光の国の使者らしい。
しかし相手方の様々な事情で会談が延期され、一時的に帰ろうにも、歪みが酷くなって帰還口にすらたどり着けなくなったようだ。
ここに彼と同じ能力の魔法少女が来るかは一か八かの賭けだったようで、出会えて幸運だと語った。
「……つまり、光の国が介入を決める前の使者モルね」
『そういう事になりますなぁ』
「夜見さん。この人、僕の上司よりも偉い人かもモル」
「えええ!?」
驚きの出会いだ。
「それで斬鬼丸さん。世界の歪みって何モル? ダークライやボンノーンと関係あるモル?」
『おお、懐かしい名でありますな。拙者の主が、謎の敵、存在しない第三勢力を意味する語句としてダークライを良く使用していたであります』
「ダークライは存在しない敵組織モル!?」
『然り。そも、世界の歪みとは、光の国からこの世界に供給されるエモーショナルエネルギーの供給異常であります。この学院の地下にある次元門付近に、何者が横取りする細工を仕組んだのだろう、と主の側近殿が語っておりましたな』
なるほど。
「つまり、この学園の地下で世界の歪みを正せば世界平和ってことモルね」
『そういう事であります。悪用されたエモーショナルエネルギーの現実改変力が消えて世界は元通りになっていくのであります』
「夜見さん! 僕たちだけで世界を救えるモル!」
「やりましたね」
……でも、そうなると寂しい。
「はぁ、私の魔法少女業は短期インターンで終わり、ということですか」
『ふむ。というと?』
「元はおじさんなんですよ私。今の現実改変がなくなったら、元の姿に戻らなきゃいけないんです」
『貴殿はなにか勘違いしているようでありますな』
「え?」
『拙者の語る現実改変とは、悪意を持つ者の現実改変であります。しかし貴殿は魔法少女。正義の味方故、歴史の修正力の影響を受けないであります』
「じゃ、じゃあ……!」
『貴殿は、平和になった世界でも魔法少女で居られる、であります。人生はやり直してからが本番だと主も語っていた故に』
何という幸運だ。
俄然やる気が湧いてきた。
「急いで地下に向かいましょうダントさん! この人を光の国に届けないと!」
「うん! 僕たちで世界を平和にするモル!」
「ざんきまるさん、次元門がどこにあるか分かりますか!?」
『分かるであります。探知魔法を使える故に』
「案内お願いして良いですか!?」
『承知。代わりに肉体に憑依させて貰うであります』
「どうぞ!」
ピンク色の霊魂となった彼が体に入り込むと、ゴウ、と力が湧き出し、マジカルステッキと魔法少女の衣装が変化した。
ステッキには先端にピンク色の宝石が付いて『スターライトマジカルステッキ』という強そうな名前に変わり、服には金色のタスキが追加された。
『魔法少女プリティコスモス! 運命礼装!』
「おお!? 夜見さんが進化したモル!」
「これがざんきまるさんの力……! 凄まじいエモ力を感じます!」
『この程度は序の口でありますよ』
「ま、まだ先があるんですか! 凄い!」
流石はダント氏の上司よりも凄い偉い精霊さん。
まだまだ強化可能な段階を隠しているらしい。
「それでどう動けば!」
『失礼、貴殿の目に見えるよう探知魔法を発動するであります』
「おお!?」
今度は視界がピンク色になったかと思うと、すべてが白黒になり、通るべき道筋だけ色付きになった。
『色のある道だけを辿るであります。判別が出来ぬ場合は拙者が指導する故』
「分かりました! ちょっとその前に」
私はちょっと寄り道をした。
まずは白衣先輩に事情を説明することにしたのだ。
「ぐぅー……」
「寝てますねこの人」
「寝てるモルね。危機感が無いモル」
しかし寝ていた。
私は叩いて起こす。
「起きてください」
パァン!
「いたぁい! 何するんだい!」
「これから私は――」
「ああ、良いよ良いよ。君たちの会話は聞こえてた。それに各陣営の休憩所には、悪を弾く結界が張られてるんだ。君たちに連れ回されるより安全さ。私は邪魔にしかならないからここで隠れてるよ」
「なら良いんですが、気をつけてくださいね? 外は敵だらけですので」
「そう思うならさっさと世界を救ってきてくれ」
確かにそうだ。
世界の歪みなるものを正せば、ずっと平和な学院生活が送れるのだから。
魔法少女として。
「ではお達者で。ブースト!」
加速した私とダント氏は、斬鬼丸さんの語る聖ソレイユ女学院地下の次元門を目指す。




