第26話 おじさん、魔法少女になる
あれからどれくらい眠ったのだろうか。
わずかに意識が覚醒すると、声が聞こえた。
『――葉隠ちゃん。意識が覚醒してるよ?』
『おかしいのだ。調整は完璧なはずなのだ――』
……?
『あ。向こうで寝たから、意識がこっちに戻ってきたみたいなのだ』
『へぇーそんなことあるんだ』
『また眠らせるのだ――』
ドシュゥゥゥ……
謎の音がして、私は再び深い眠りについた。
◇
「う、あ……あれ……?」
意識が混濁する中、ふとお腹に熱い何かを感じて目を覚ます。
ダント氏が乗っていた。
「おはようモル。僕たちやったモルよ」
「お、おはようです? 何をですか?」
「ダークライと名乗る敵は、僕たちが何しても気付かないと分かったんだモル。その隙を突いて、ほら」
「わぁ」
なんと、ダント氏は中央校舎からマジカルステッキを奪還してきていたのだ。
「凄いですね。みんなの分は?」
「あとで行き渡るモル。夜見さん。敵を退治しに行くモルよ」
「分かりました」
私はマジカルステッキを手に、シェルターの外に向かう。
「夜見」
「はい!?」
すると入り口前で副会長に呼び止められた。
「な、なんでしょう」
「ヒーローには二つの分類がある。秘密主義者と、公開主義者だ」
「はぁ」
「夜見。お前は後者で居続けろ。意味が分かるか?」
「いえさっぱり」
「……昨日、中等部生の前で何をした?」
「あれをやれと? 今、ここで?」
「そういうことだ。皆に勇気を示せ」
「はぁー……」
私は大きなため息をついた後、意識を切り替えた。
「一年生のみんな――――!」
シェルターの中に響いて、声が静まる。
「私は魔法少女プリティコスモスっ! これから地上の悪い人たちを懲らしめてきます! みんなもマジカルステッキを持って、後から追いかけてきてね――!」
ざわっ、と声が上がり、聖獣たちは待ってましたとばかりにマジカルステッキを渡し始めた。説明や説得は彼らがしてくれるだろう。
「こんなもんですかね?」
「十分だ。ああ、最後に応援の要望は言っておけ」
「はい」
コホンと咳払いをした私は、シェルターの扉を開けた。
「みんな、最後に一言だけ! 私がピンチになったら応援よろしくね――っ! それじゃあ行ってきまーす!」
『はーい!』
お行儀のいい子たちだ。
私は地上への階段を駆け上がり、高等部校舎の一階に出る。
「夜見さん、僕についてくるモル」
「はい!」
ダント氏は主戦場になっている校舎正面を避けて、裏口から抜け出した。
そこにはかつてのリゾート地計画の名残なのだろう、朽ちた建造物群があり、開け放たれた裏門は紺腕章の先輩方が守っていた。
「敵はここから侵入してきたんだモル」
「なるほど。敵の見張りは?」
「ここは制圧済みモル。僕たちは裏門から正門に行って敵を叩くモルよ」
「了解です」
私たちは裏門を出て、人工島の外からぐるっと回って正門までやって来た。
『君たちは完全に包囲されている! 大人しく投降しなさい!』
「黙れ! 貴様らのようなソレイユ政府の犬に屈する我らではない! エモ―ショナルエネルギーなる奇っ怪な資源を売りさばき、無知なる少女を騙し――」
「安保闘争かな?」
「それって何モル?」
「歴史の授業で習いますよ」
テロリストと朔上ファウンデーションの武装警備隊のにらみ合いが続く中で、ひょこ、と海岸の方から顔を出した私にテロリストは驚いた。
「魔法少女!?」
「うわ見つかった」
銃口を向けられたのでしゃがんだ。
頭上で銃弾の跳ねる音がする。
チュン、バチュン――
「ひぃどうしますかダントさん!」
「変身して飛び込むモル!」
「変身方法は!?」
「変身と言いながらステッキの底のボタンを押すモル!」
「先に聞きます! ボンノーンを倒せば洗脳が解けるとかありますか!?」
「ありえるモル!」
「分かりました! ――変身!」
すると私は白い光に包まれた。
制服は素粒子レベルまで分解され、魔法少女の衣装に再構成される。
両手には硬い素材の手甲、足にも桃色の上げ底靴。そして各部位への謎リボンと宝石ブローチ。
最後に全身の白い光が花びらのように散って、ピンクロリータコーデになった。
『魔法少女プリティコスモス! 正式礼装!』
「うわ音が鳴った!」
「やった! 急いで敵に向かって飛び込むモルよ!」
「ホントに大丈夫なんですか!?」
「オートシールドで守られてるモル! 僕を信じて!」
「は、はい!」
私は銃撃をやめないテロリストたちに向かって飛び込んだ。
「うわああああああ!」
「うおお!? 撃てェ!」
雨あられと降り注ぐ敵の弾丸は、ピンク色の魔法隔壁によって弾かれていく。私は猛然と突き進み、テロリストは無視して正門前を通過。
中央校舎を守っているという怪人ボンノーンを目指した。
「あれがボンノーン!?」
「間違いないモル!」
私に見えたのは、謎の人間大の置物のようなもの。
灰色の体躯で、両手両足がぐねぐねの鉄パイプのような何かで覆われていて、頭部はのっぺりとしていた。
「あれさえ倒せばきっと……! とりゃぁ――!」
私は全力で駆け出し、ボンノーンに向かって飛び蹴りを食らわせた。
ガシッ――
「動いた!?」
「マホウショウジョ、マホウショウジョ」
しかし敵は置物ではなかった。
私の足を受け止めると、思いっきり弾き返した。
「お、置物じゃない!?」
「タイチョウト、ドウキ、カイシ」
こちらが地面に着地すると同時にボンノーンは動き出す。
両手を振るって拳を叩きつけてきた。
ジャンプで後ろに避ける。
「夜見さん! 中央校舎からボンノーンを引き剥がすモル! 校庭までおびき寄せるモルよ!」
「はい!」
ボンノーンが私を優先的に狙ってくるのを良いことに、後退しながら戦いやすい第一校庭までおびき寄せた。




