第194話 おじさん、特訓を始める①
――――それから五日間ぶっ続けでチャンバラし続けた。
今いる特訓ルームは事務室から右に二つ、ドアを飛ばした先にある。
内部にはだだっ広いホワイト空間で、クッションシートが一面に敷かれた床と、特訓後に汗を流すシャワールームと無料の自販機だけだ。
サンデーちゃんのマジカルスポーツチャンバラは彼女の体力が続く限り行われる。
曰く、疲労でぶっ倒れ、次に目が覚めたその時間が彼女の朝なのだ。
「ゼェゼェ……」
「ハァ、ハァ……ま、まだやりますか……?」
「ま、まだ――あ、無理ですの……」
フラフラ……バタン。
「フゥ、はぁっ、対戦ありがとうございました……きっつ」
ひたすら受けに回る私をいつまで経っても押しきれず、ついに我慢が効かなくなってエモ力での殴り合いを始め、そこから三時間ぶっ通しでパリィを発生させられ続けたことでついにスタミナ切れを起こし、サンデーちゃんは倒れた。
私も彼女も、お互いの体操服が汗でびしょびしょだ。絞るとジャーと垂れてくる。
すると交代相手だったミロちゃんが背中を叩いてくれた。びちゃん。
「流石です。スタミナ勝負に持ち込むと夜見さんに分がありますね」
「はぁ、どもです。他の勝ち筋がなかったので辛勝ですよほんと……ミロちゃんはどうやってサンデーちゃんに有利取ってたんですか?」
「固有魔法の認識を拡張しました。魔法って概念ごと具現化できるんですよ?」
「流石は優等生……」
難しいことを簡単に言ってくれる。
ともかく、クッションボードが敷かれた床にぶっ倒れているサンデーちゃんの足を二人で掴んで引きずりながら、シャワールームまで運んだ。
ビショビショの服をオート洗濯乾燥機に入れ、シャワーで汗や疲労を流してさっぱりし、新しい体操着に着替えて二人で扇風機の風を浴びながらコーヒー牛乳を飲んで全回復だ。
少し経つと目を覚ましたサンデーちゃんもシャワーを浴びてやってくる。
「はあ、負けましたの」
「それ本気で言ってます?」
「テクニカルKOを取られたのは夜見さんが初めてですわ」
「私は初戦で一撃KOされましたけど」
「当たり前ですわ。初見殺しの技を使いましたもの」
こ、この……なんてひどい。
それがこんなに可憐でかわいい魔法少女にやることか。
怒りで震える拳を抑え、技の詳細を聞いてみた。
「サンデーちゃん、あの技って――」
「サンデーさん、飲み物です」
「サンキューですわミロさん」
パシッと受け渡され、いちごミルクを飲むサンデーちゃん。
くっ、強引に話を切られた。でも諦めない。
「さ、サンデーちゃん、その初見殺しの技って」
「聞いてどうこう出来る技じゃありませんわよ。身体で覚えなさい」
「うう佐飛さんと同じこと言う……」
「まあ分かりやすく言えば、中国武術の崩拳ですわ。それを相手が瞬きをした一瞬の隙を狙って急所に叩き込む。最大レンジは五メートルですわね」
「長いですね。どうやって詰めるんですか?」
「足裏からのエモ力放出。纏うだけが使い道じゃありませんのよ」
「はい勉強になります……」
「ですけど、纏は全ての基礎。これを極めることが重要ですの。周囲のエモ力を意識出来たら、風船に穴を開けるような感覚で使うといいですわ」
「エモ力は奥が深い」
基礎が未熟なのは本当に実感させられた。
私は七彩魔法だけが使い道だと思っていたけど、エモ力はエモ力で、リンパ節を通して身体に流すことで「気」のような使い方も出来るらしく、意識すれば魔法「赤」が常時起動して素の身体能力ごと向上させられるらしい。
さらに言えば他のセブンスカラーも同様に使えるようで、その場でミロちゃんの手ほどきを受けると、たやすく魔法「紫」の具現化を習得することが出来た。
具現化させても消えないコーヒー牛乳を見て、ほっと安堵する。
「やっと謎が解けたー」
「何が分かったんですか?」
「ああいえ、エモ力って念と同じだったんだなって」
「念? エモ力は陰と陽に分けただけの魔力で、念や気とは異なりますよ?」
「え、念とか気も実在するんですか?」
「ダークエモーショナルエネルギーの一部がそういう名称で呼ばれています」
「ああダークエモ力って総称なんだ……勉強になりました」
どうやら光の国ソレイユはエモーショナルエネルギーとそれ以外、というくくりでマジカルなパワーを認識しているらしい。
するとサンデーちゃんは私たちの結論を見透かしたようため息をついた。
「お待ちなさい。正しく言えば、エモーショナルエネルギーを作り出す技術の基礎を盗んで真似た敵対企業がそう言った別名義で販売しているだけですの。純度や性質に差はあれど、技術的には同質のエネルギー資源ですのよ」
「わあ。そうなんですか、へえー」
「そういう違法企業が販売するエネルギーを同質のモノだと認めるのイヤですっ」
「ミロは相変わらずお堅いお家柄ですわね。概念はあちらが古いのに」
まったくもう、と私の隣に座るサンデーちゃん。
ミロちゃんも座り直しで距離を寄せてきて二人にサンドイッチされる。
シャンプー後のいい匂いでくらくらしそうだ。
ま、今は疲労が抜けてちょっと気が大きくなっていることだし。
「こうして欲しいんですか?」
「「……!」」
二人の後ろに手を回して肩を抱き寄せた。
頭を撫でてあげると嬉しそうに抱きついてくる。
ずっと私にこうしたかったんだろうなぁ。
ぐぅ~~。
「「「お腹すいたー……」」」
それはそれとして、早々に脱落(脱走とも言う)したいちご&おさげコンビや、赤城先輩から送られた多少の差し入れ弁当以外は何も食べていない。
三人でフラフラと自販機に向かって無料のスナック菓子でも出そうとすると、急に美味しそうな白米の香りが背後から漂ってきた。
「あら、もう終わっちゃったの? もっと見たかったのに」
居たのは自称「紫の魔女」、鉄槌の魔女ハインリヒさんだ。
紫の魔女帽子とドレスを着た彼女はお手製の弁当をもぐもぐ食べている。
どうやらお花見気分で見学していたらしい。
私たちの視線は彼女――の持っているお弁当に集中する。
「何? エッチな視線。そういう性的な関係はお断りよ?」
――飢えた獣の前に鴨がネギを背負って現れた。
するとどうなるのか。
五日間休みなしで超絶異常エモ力操作特訓を行い、完璧に仕上がっている状態の魔法少女の三人が、彼女の持つ弁当を求めて襲いかかるのだ。
強者を自認している魔女ハインリヒですら視認できないスピードで動いた魔法少女三名は、音も立てずに食べかけのお弁当を奪って彼女の背後に立つ。
少しして異常事態に気づいたハインリヒは、背筋が凍りついて目を見開いた。
(――お弁当が消えた!? 目の前の三人も居ない! 今、何が起こったの!?)
「これがハインリヒさんのお手製弁当ですかー」
「美味しそうですわ~」
「――ッ!?」
バッと振り向いた時にはもう遅い。
「私のお弁当ッ、返し――」
「「「いただきま~す」」」
「ああ~~ッ!? わ、私の手作り唐揚げ弁当がぁ~~~―――ッ!?」
むしゃむしゃ食べ始める魔法少女三人、ショックで泣き崩れる魔女ハインリヒ。
人には役割がある。奪う側と奪われる側。
魔女ハインリヒの物語は奪われる側から始まる。
(ふふ、計画通りッ! 完璧な遭遇ね! 釣られてくれてよかった~)
違うとすれば、全て計画通りの演技だったということ。
認識速度を上回られたのは地味なショックではあったが想定内だ。
さらに欲張りな彼女は、全ての逆境をチャンスに変えてしまうIQ三億の灰色の脳細胞で、第二の懐柔策にも手を染める。
「うう、あなたたち、そんなに……そんなに空腹だったの?」
「あっ!? す、すみません! お腹が空いててついうっかり! ごめんなさい!」
「そ、ならいいわ。油断した私が悪いもの。それよりまだまだ食べる?」
彼女は腰にぶら下げた正方形の白キューブを持ち、コツンと黒い木槌で叩くと、三人分のお手製唐揚げお弁当と麦茶が召喚された。
さらに割り箸とデザートにプリンも付ける。
「え!? い、いいんですか!?」
「ええ。責めるより相手を気遣って褒める。自分の油断は反省し、お互いを常にリスペクトする。それが私の信念なの。まだまだあるから好きなだけ食べなさい!」
「「「いただきまーす!」」」
嬉しそうに駆け寄って弁当を手に取り、パクパクもぐもぐとかき込む三人の姿を見て、ハインリヒの全身にゾクゾクっと快感と興奮が駆け巡る。
(優しく接しただけでコロっと堕ちる魔法少女って素直で、か、かわいい~……! もっと仲良くなって一から十まで言う事を聞くように仕上げちゃお~!)
それがもはやお節介焼きのお姉さんと同じだということに彼女は気づいていない。
自身が正義側なのだと自覚しないまま、悪逆非道の限りを尽くすのだ。
夜見たちが魔女ハインリヒに懐くのはお弁当を食べ終わってすぐのことである。
自らのことを魔女やお姉さん、ハインリヒではなく「マネージャー」と呼ぶように言うと、本当に言われた通りに呼び始めるので、彼女は天に昇るほど気持ちよくなった。
「ふふ、ねえもう一回呼んでくれる?」
「「「マネージャー!」」」
「うふふ。ありがと」
(かわいい~! 言う事聞く~! 癒やされる~)
「あ。サンデーちゃん、そう言えばこのあとって」
「ええ。次は一般実務生との合同訓練ですの。ここからが本番ですわよ」
「ん? ちょっとマネージャーにも聞かせなさいその話」
「ああはい、実は――」
どうやら一般実務生と訓練教官の「猪飼真」、デミグラシア戦闘員の「アリス先生」が共同で特訓ルームの使用申請を出していたらしく、そのまま合同訓練するそうだ。
「すごいガッツね。眠気はないの?」
「ありますわ。でもまだ睡眠は無用。終わってから地べたで寝るつもりですの」
「そう? 寝袋なら出せるけどいる?」
「く、下さいまし! おいくらですの!?」
「お代は見学。マネージャーにも合同訓練を見学させて欲しいの。出来る?」
「私に任せてくださいまし!」
「ありがと。報酬は前払いするのがポリシーよ。使いなさい」
キューブを木槌でカァンと叩いて大きな寝袋を出し、サンデーに与えた。
三人は喜んで中に入り、仲良さそうにぐっすり眠り始める。
魔女ハインリヒはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
(キシシ、少し眠っているといいわ。睡眠不足はお肌が荒れるからね……)
彼女は魔法の鍛錬ほか、自らの美貌を武器に生きてきた現代魔法世界の最先端を行く魔女なだけあって、青春時代の体調不良や肌の荒れには人一倍敏感であった。
魔女ハインリヒは敵戦力の視察も兼ねてそのまま壁際に向かう。
察知したのは直後のことだった。
(――! 来た!)
ウィーン――
「フフ、ライナ様のエモ力と汗の香りを感じます。美味しい」
「ははは、困ったな。彼女への反応も俺の仕事か」
特訓ルームの自動ドアが開き、最初は自称「アリス先生」を名乗る超常存在、同等の風格を出す鍵ピアスの大学生「猪飼真」が続き、二百名を超える一般実務生が入ってくる様子を眺めながら、隠れた天才をいくつかピックアップする。