第192話 おじさん、中等部一年組を迎えに行く①
高松学園都市で起こる魔法絡みの事件が落ち着いて、特に意味もなくぼーっとしたり、友人の三津裏くん&万羽ちゃんとうどん屋さん巡りを始めた一月下旬。
喫茶店デミグラシアで朝食のワンプレートランチをダント氏と分け合いながら食べていると、サンドイッチを食べ終えた願叶さんが手をポンと叩いた。
「よし、一段落ついた」
「わあ願叶さん?」
「ライナちゃん、次の敵はきっと強大だ。ラズライトムーンの魔法犯罪者の追跡と捕獲を手伝い始める前に、魔法の基礎を固めて応用力を身につける必要がある」
「そうなんですか。私は何をすれば?」
「月読学園の一般実務生たちや、梢千代市で知り合ったライナちゃんの仲良し魔法少女チーム、中等部一年組をデミグラシアに呼んだ。みんなで修行だ」
「やった!」
友達に会えると知り、嬉しくてぎゅっと手を握ってガッツポーズ。
平和のために戦いたいのもそうだけど、それに合わせて中等部一年組と再会して、成果をドヤ顔で自慢したくて仕方がなかったのだ。
彼女たちがどこで何をしていたのかも聞きたいし。
「喜んでくれるということは、同意とみなしていいね?」
「はい! いつ来るんですか?」
「幸いにも鉄槌の魔女ハインリヒさんと、その知り合いの在野の魔女さん六名が協力してくれたおかげで、開業したてのワープポータル事業は急成長中だ。人用の転送陣も完成したから、いつでも君の友達の活動拠点と高松学園都市を行き来できる」
「今すぐにでも来れるんですね!」
「そうとも。あとは物資の護衛をしてくれる朔上ファウンデーションと、業績低下中のソレイユ中小企業への業務提携を持ちかけることになる。これは僕がやるとして、三重県伊勢市にいる凪沙や佐飛にもこちらに来るよう伝えておくよ。遙華もライナちゃんに会えなくてさみしいだろうからね」
「わーい!」
お母さんである凪沙さんや佐飛さん、さらに遙華ちゃんとの再会か。
嬉しくて楽しみでワクワクする。
どんな話をしようか――ああ、まだ会話の途中だ。落ち着こう。
「ふうー、ともかく落ち着きます。だいたい理解しました。次の行動は?」
「喜んでくれて良かったよ。事務室の奥に広大な訓練用の空間があるから、ライナちゃんは技術支援チームに声をかけて使ってくれ。三津裏くんと万羽くんでいい」
「ダントさんは?」
「? ああそういう意味か。ライナちゃんと一緒に特訓するものと思っていたよ」
「僕も技術支援チーム入りモル?」
「させてもいいけど、君もそろそろ月読学園の学生になりたいだろう? 特に実務」
「もちろんモル。僕は指揮者権限を持った魔法少女でもあるモル」
「なら決まりだね。これを渡しておく。生徒手帳と転送陣を出す指輪だ」
「わあモル」
ダント氏に渡されたのはスマホ型のデジタル生徒手帳と、青い指輪。
彼が腕にはめたと同時にキュッと縮んで聖獣サイズになる。
手をかざすと地面にインスタント魔法陣が刻まれて、そこに入れば指定された場所に自動でワープする仕様のようだ。
お試し使用で自室に転送され、事務室からびゅーんと飛んで戻ってきた彼が「これ凄い発明モル!」と上記の仕様を嬉しそうに語ってくれた。
巻き込まれた私も元の座席に座ってから少しだけ不機嫌に腕組みをする。
「急に自室に転送したのが怖かったモル?」
「びっくりしました」
「僕はジェットコースターを初めて操縦できた気がして嬉しいモル」
「まあ私の行動がジェットコースターのように波風立っているのは事実ですが……」
「それより願叶さん。この指輪が与えられるということは、ツインエフェクターを外してもいいということモル?」
「好きにするといいよ」
「やったモル」
彼はスポッと金色のバングルを外した。
急に私の固有魔法「ギフテッドアクセル」に付けられていたリミッターが外されたような、さらに上のギアが使えるようになった感覚がする。
ダント氏を見ると申し訳なさそうに答えた。
「実は夜見さんのギフテッドアクセルで僕の成長を加速させて貰っていたモル」
「わあそうだったんですか」
「隠しててごめんモル。他に方法がなかったモル」
「いえいえ。ダントさんが一人前になれて良かったです」
私の膝に乗っている彼の背中を撫でり、撫でりと撫でさせてもらう。
ビクッと彼は震えた。
「でもダントさん、信頼は大事ですよ? ワンアウトです」
「お詫びに僕を撫でていいモル」
「じゃあ許します」
ほわわ、プキュキュとかわいい鳴き声を出すが、先ほどの強制転送も合わせてわりと怒っている。本当はツーアウト間近と言ったところ。
ビジネスパートナーなのに私に隠し事をするなんてよくないのだ。
まあ、今日だけ自由に撫でていいなら全て許せるけど。
「夜見さんの信頼を取り戻すにはどうすればいいモル?」
「いやいやダントさんには借りがいっぱいありますから一生なくなりませんよ。ただ不満を表明しただけです」
「……お、お互いに不満点を言い合ったら妥協して納得しあうのは大事モルよね」
「ね。本音を言い合うほど仲が深まるんです」
「くッ、夜見さんが許してくれるなら僕を抱っこして吸ってもいいモル……!」
「ご、ご褒美……! ダントさん好きっ!」
そのまま彼を持ち上げてぎゅっと抱きしめた。
背中のもふもふを吸うと、彼が常食している高級干し草の香りで心が癒やされる。
ダント氏のこの匂いが本当に好きだ。
「あーぜんぶ許せるー……」
「うう吸われるモル……」
「あはは熟練コンビだね二人は」
「「?」」
すぐに仲直りした私たちを見て、願叶さんは膝を叩いて笑った。
そんなに面白かったかなとダント氏と首をひねる。
他の人のことはよく分からない。
「ともかく話をまとめようか。万羽くんと三津裏ペアは特進コースの研究者候補生として、そろそろ技術支援チームに混ざって活動してもらう。戦闘は二の次だ。特訓ルームを使いたい時は彼らに声をかけてくれ」
「分かりました」
「さて、そろそろ君に会いたくて仕方がない友人がそろそろ来るはずだ」
コンコンコンコン――
「来たようだね。入っておいで!」
『失礼します!』
ギイ、と扉が開く。
入ってきたのは大荷物な旅行用カバンを両手でぶら下げた、赤城先輩っぽい雰囲気の黒髪メカクレ美少女。
深々と頭を下げた彼女は紫のきれいな瞳をチラつかせながら、元気よく挨拶した。
「お久しぶりです! 赤城恵のいとこ、赤城瞳です!」
「わあヒトミちゃんだ。お久しぶりー!」
「おおお姉さま!?」
わーと駆け寄ると、相手はあわわと慌てながら荷物を置き、私のハグを受け入れてくれた。少しちっこいので、ひとつ下の妹ができたような感覚。妹だけど。
「他の子は?」
「お姉さま、残念なお知らせです」
「は、はい」
「彼女たちは自分の順位を上げることで精一杯で、合流に時間がかかります」
「それは仕方ないですね」
「あと地方勤務志望ではないとのことで、依頼を出してもここに向かうことに消極的でした。端的に言うと出世しか興味がないカス魔法少女です」
「暴言」
「だってお姉さまに尽くす喜びを誰一人として分かってくれないんですよ!?」
「あはは、行動基準は人それぞれですから落ち着いて。ね?」
「ふむー!」
憤るヒトミちゃんをなだめ、時間がかかる理由の詳細を聞いた。
詳しくはこうだ。
「――つまり、訓練より裏世界を捜索する配信者としての活動に精をいれると?」
「私たちは初等部から魔法少女としての基礎訓練を受けている、つまりお姉さまより六年も先輩だから、特訓しても得るものがないって言うんです!」
「あはは、そうなんですか。この学園都市に来ているんですね?」
「そうなんですよ! 中央自治区まで案内したとたんに急に散り散りに探索し始めて! ヒトミは与えられた任務を果たせなくなって生き恥をさらしました! あいつら許せません!」
「よしよし」
ヒトミちゃんの頭を撫でて慰めてあげる。
どうやら来てはいるけど、興味を引かれる物が多いからそれに釣られたんだろう。
箱入り娘だし。女の子というか、魔法少女らしいと言えばらしい。
「じゃあ、特訓を始める前に探しに出ましょうか。住居への案内は大事ですから」
「ガツンと言ってやって下さいお姉さま!」
「なんでこうフィールドワークさせるような問題ばかり起きるモル?」
「それが魔導だからじゃないかなー、なんて。ダントさん」
「分かったモル。出発するモル」
ヒトミちゃんは荷運びなどがあるらしいのでここでお別れだ。
私は願叶さんやマスターの池小路氏に出発を告げ、フィールドワークに出向く。