第191話 鉄槌の魔女「ハインリヒ」のそそのかし
ワープポータル輸送の従業員になってから一週間ほどデミグラッセ関係者を観察し、夜見ライナについていくつか分かったことがある。
私専用に充てがわれた三十番の寝室のベッドで頭から言語化してひねり出した。
「赤城恵は強い。けど勝てる強さだわ。でも、夜見ライナという子は逆に優秀すぎる。まだ背負える力もないくせに世界の命運を背負って生きている。覚悟決まりすぎ。だから異常な量のエモ力を抱えているんだわ」
これじゃ生半可なヴィランをけしかけられないし、強いヴィランを充てがうと幸運補正が発生して、彼女を守って誰かが死ぬ。
しかしこのまま放置すると彼女のブレインに位置する存在が甘えて楽をする。
彼女の聖獣なんかが典型例だ。
ああいう肝心な時にしか役に立たない有能キャラだと思いこんでいる凡人聖獣には、一発ガツンと食らわせて目を覚ましてやらなきゃならない。
「まずは夜見ライナの重荷を降ろすことが優先ね。少し頭の悪い物語――例えるならB級映画の世界にでも巻き込んであげないと、彼女は自由になれないし、悪人が悪人たる理由を本当の意味で理解することが出来ないわ。……ライバル陣営の育成も骨が折れるわね。ふふふ……」
と言っている私の顔はニヤけてしょうがない。
人を思い通りにコントロールする遊びほど面白いことはないからだ。
泣いて笑って恐怖して、最後にはやりきった達成感で雄叫びをあげるくらいの物語を堪能してもらう。それが以前と変わらぬ私の本質。
ああ、裏で糸を引く悪役生活はどうしてこんなにも刺激的で楽しいのかしら。
「となると、私のヴィラン組織の方針は細く長く継続的に、SDGsを守って、人間を殺すのではなく死なない程度に痛めつけて苦しめ、ダークエモーショナルエネルギーを生産させるべきで――なら仕事は見せしめの罰ね」
ヴィランなんて加虐癖が我慢できないだけの脳足りん苛められっ子集団だもの。
だから正義陣営や社会的弱者をさらって見せしめに意味のない仕事をさせる。
つまり作り出すべきは世紀末なディストピア世界創設を目論む悪の組織。
末法の地と呼ばれる香川の高松学園都市にはお似合いだ。
「これは天才のアイデアね。弱いヴィランほど自己救済で精神面が回復して強くなるわ。じゃあそれに対抗させるためには……いや、先に用地確保か」
目的のためには、大量の人間をさらって格納できる広大な土地が必要だ。
幸いにも香川には古代の裏世界がある。向かう方法も以前の私が見つけている。
下手に死なせられないヴィランを逃がすための「第三勢力」こと結界のセキュリティーも存在する。よし行ける。
「勇気を出して香川に来て正解ね。あとは作業時間……」
私に任せられた作業は魔法による「荷物圧縮」。
それはマジックアイテムを作って自動化、標準化して、空いた時間で裏世界とヴィランをコントロールし、配置して人さらいをさせよう。
「技術支援チームに作成をお手伝いしてもらうとして、最後はライバルになる魔法少女陣営の立ち位置ね。改造した裏世界を探索してもらわないと困るわ」
助かった点があるとすれば、赤城恵が古代裏世界に潜るルートを探っているということ。ちょっかいをかけて引き伸ばすべきか……
「いや、最初から分かっている展開だと夜見ライナの重荷が降りない。裏世界への侵入は私たちヴィランが後発組だと思わせた方がいい。その方がヴィランに焦りが生まれて、本来の仕事であるダークエモ力収集の手法が豪快で過激になる。特に、魔法少女のエモ力で倒されることはヴィランにとって非常に都合がいい」
何万回もの苦い敗北を経験し、赤城恵に変化のきっかけを与えられたことで己を知り、いくつかの推論が立っていた。
1.才能のない人間が魔法に目覚めるにはダークエモーショナルエネルギーが必要。
2.同時に、才能がなければ手に入れた力以上には伸ばすことができない。
3.魔法少女のエモ力を帯びた攻撃を受けると、エモ力の色に応じた才能が伸びる。
4.戦う魔法少女が強いほど才能の上昇速度が上がる。
5.限界まで成長した人間は呪いから解き放たれると同時に魔女に目覚める。
「ちまちまコツコツ努力するより、魔法少女に殴ってもらった方が成長が早いなんて、どこのバカが考えた設定なんでしょう。もしくは殴り合うことを想定していたのかしら」
これはエモ力の第一人者、リズール・アージェントだけが知る答えだろう。
「だいたいの想定は済んだわ。あとは……過去の自分ね」
高松学園都市の周囲には、本体である私よりも強い分身体が七体ほどいる。
バイオテロ騒動は支配階級である私への反逆行為だった。
成功後、これで自らを真贋だと思い込み、完全なる自由を手に入れた。
「そのうちの一体は、ミステリストだった私。今は鉄槌の魔女ハインリヒ。別の私ったら反逆で自由を得たのはいいけれど、仲間から本体が生まれるなんて思いもしなかったから、お互いのパスは繋がったままなのよね」
しかも魔法で脳波コントロールできる。
詰めが甘いわ。流石は過去の私たち。バカで愚かで偉い。
「あとは、本体である私が最後まで疑われないように仕向けるだけ」
なぜなら……
「ふふふ、最後に私に裏切られて絶望し、それでも正義を背負って戦う魔法少女の顔が早く見た~い。そのためのプラン、ライバル育成計画なんですもの。ヴィランに生まれて良かったー」
最終目標は「どの面下げて味方してたんだテメー!」と魔法少女のファンたちにボロクソに罵倒される最低最悪のヒール。
早くそれになりたいから私は闇に身を捧げたのだ。
破滅するにしても、殺されないにしても、悪魔の贄としては一級品。
ああ、違う違う。ヴィランとしての正しさを伝えるための、悪欲のカリスマとしての自己犠牲の光を見せなきゃだめだから、私は趣味嗜好に準じて死にたいの。
気持ちよくなってから無様に負けることで、気持ちよく勝ちたい。
「まあ、それはデザートだから最後まで我慢して、まずは味方ヅラしないとだめね」
この趣味嗜好や最終目標は別の私も同じ。
だから必ず喰い付く。
ほーら本体から指示が出るぞー……届け!
先ほどから構想している具体的なプランをパスを通じて送り届けた。
「……ふふ。成功。ちょろーい」
視界の端ではすぐさまこのアイデアに飛びつき、実行しようと行動し始める別の私たちが見える。かわいいー、とっても惨めー。
「はー、頭が良いと思っている自分を操るのも楽しいわー……よし。ポータル輸送に募集した。私を良き友と思い込み、同じ考えを自分たちで考えついたと思いこんでいるから素直に言う事も聞く。ひとまず、表向きは輸送メンバーとして働かせることに成功、あとは……私と魔法少女を合法的にダークエモ力に接触させる方法ね」
これは簡単だ。
裏世界に私の魔法「完全掌握」でほどよく圧縮したダークエモ力と霧を流し込んで、瘴気と命名すればいい。
それに触れれば別の私や他のヴィランたちが暴走する仕組みはすでにある。
本体になる直前の私がその証人だ。
存在を認知されていることが稀な古代結界だったから、長い年月のすえに入り込んだダークエモ力が漂っていても不思議ではない。我ながら完璧。
「はあ、私ってば天才すぎる。IQ三億くらいあるわ。もはやヴィランの神」
……神。
そこでふと思いついた。
一般人や正義勢力に意味のない労働を敷いていた理由。
光の国ソレイユには「バベルの民」とかいう変な宗教を信じている一派がいる。
私たちヴィランはバベルの塔を復活させて、ソドムとゴモラの火で彼らを抹殺しようと目論んでいたのだ、なんて壮大な設定を付けておこう。
「ソドムとゴモラは火に滅ぼされた側の都市だけど、こちらがバカなヴィランだから、勘違いして命名した真実の作戦名だと思って気付かないでしょうね。――聞きなさい私、前半の謎労働は無意味じゃない。作戦後半でヴィランの目標がバベルの塔建設だと明かして伏線回収よ……よし、伝わった。あとはバレないように味方ヅラしなさい」
別の私たちとの情報共有はこれまで。
完璧な作戦なのだから、指示通りに私利私欲のまま動いて働くだけでいい。
「あとは作戦が完璧すぎて私を倒す予定の夜見ライナが可哀想だから、そういう設定の演劇だと思い込ませたまま私と戦わせないと。幸いにも梢千代市で散々そういう目にあってるみたいだし、赤城恵や義父が善意の秘密主義者で、常に黒幕のような雰囲気を出しているから、それを上手く利用させてもらおうかしら」
悪役として美しく死にたいのは別の私も同じだ。
退場できるチャンスをいくつか作ってあげよう。
これは極秘で作戦を編み、道中のお楽しみ要素にする。
「これくらいね。あとは単独行動したり、別行動する私をデミグラシアのメンバーに適当に追わせながら、裏世界に行く方法を伝えようかしら」
裏切り路線の伏線張りまで完璧だ。
ふふ、最後の最後で裏切るのが楽しみ。
明日からの味方ヅラ・師匠ヅラをする魔女ハインリヒとしての活動を楽しみにしつつ、ベッドに横になった。
そのまま熟睡し、気持ちよく翌朝を迎えた。今日も頑張る。