第187話 おじさん、封印結界を無力化する①
スーツ姿の女性が言うには、魔獣組織「ハウンドドッグ」を名乗るテロ組織が数週間前に小規模なデストラップを仕掛けたらしい。
しかし思ったよりも大したことのない稚拙なものだったらしく、トラップ無力化後、月読生徒会は同名組織を名乗って、四国全域を覆うほどの大規模な防護結界を作り出そうとした。
「つまりハウンドドッグは月読生徒会?」
「ま、まだ続きがあって」
「あ、はい」
続きを聞く。
そこで「月読プラントに所属していること」を条件に結界を拡大し始めたところ、ミステリウムを触媒に魔法を使う狂人――ミステリストが襲撃。
条件を「性転換した人間のみ」「周囲一キロ圏内に性転換を起こす病原体をばら撒く」に書き換え、依頼主の魔獣組織「ハウンドドッグ」とともに封印結界内に姿を消した……とのこと。
「端的に言うとヤバいんですか?」
「ああえっと、事件発生を見ていた私が「あらゆる殺傷行為を禁ずる」縛りを付け加えたので、死者は出ないと思い、ます」
「軽く言ってますけど香川の救世主じゃないですか」
「記憶を頼りに考えて行動を起こすしか取り柄のない人生で……えへへ」
思っていたよりもとんでもない偉業を成し遂げた人だった。
一般の方と言ってもやはり本社出向組の人間。とびっきり優秀らしい。
よしよしと褒めてあげると嬉しそうにきゃっきゃと喜んだ。
赤ちゃんかな?
「とにかく、状況は把握しました。三津裏くんたちに」
「僕がやっておくモル」
「わ、ありがとうございます」
ダント氏は後ろの二人へと飛んでいった。
私はスーツ姿の女性と対面する。
「じゃあ、私は結界の解除方法を考え――」
『ライナ様、少しお考え直し下さい』
「え?」
黒い羽根を散らしながら、どこからともなくアスモデウスが現れる。
ゲンさんも一緒だ。
「こんにちはカメ。避難所の調整が済んだから合流しに来たカメ」
「わあ心強いです」
「それよりライナ様。その子からの証言は聞きましたね?」
「は、はい。結界内にテロリストが潜んでいると」
「重視する部分が違います。また同じ過ちを繰り返すつもりですか? ミステリストがどうして性転換した人間を条件に指定したのか、よくお考えください」
「どうして、ですか? ええと」
急に考えたことのない疑問を考えさせられ、首を捻る。
しばらくして性転換事件のことを思い出した。
「もしかしてミステリストたちは美女に戻りたい?」
「その通りです。もっと言えば、彼らは性差のない世界を作りたい。世界中の男性が女性になれば、誰しもが分かりあえる自由な世界が訪れます。止めてはいけません」
「ええと」
彼女独特の価値観を教えられて困惑する。
とりあえずこう反論した。
「でもそれだと、今を生きている男性が可哀想だし、女性が不利になるんじゃ?」
「美醜で人を判断する人間はそうでしょう。ただ、認識が間違っています」
「というと?」
「この世で美女、美形と呼ばれる女性は、その百パーセントが少年顔です。もし美醜で苦しむ女性がいても、このアスモデウスがいます。魔法で解決できます」
「わあ……」
ゴシックダークファンタジー系の女性服を来た彼女は、どんとこいと言わんばかりに胸を張った。なのでこちらも切り札を出す。
「じゃあ、ええと、香川県がそういう場所になって、女性同士の恋愛が発生するとして、子作りはやっぱり百合エッチで赤ちゃんのできる妙薬を?」
「もう、分からず屋さん。では聞き返しますが」
「はい」
「男性と恋愛をして、たくさん愛し合って、子をなす自信はありますか?」
「な、ないです」
「でしたら女性と愛を育まなければならない世界にした方が生きやすいでしょう? 恋愛が苦手なら、私のような色魔が愛を伝え、導きます」
「だ、男性の人権や生存の権利は」
「彼女のいる男性もその彼女も、非モテの女性や男性まで。性転換事件を皮切りに、全人類がかわいい女の子になりたいと願っているのです。あなたもそうでしょう?」
「うぐっ……」
否定しきれない。
かわいい魔法少女になれて嬉しかったのは事実だ。
一生このままでいたかったわけではないが、魔法少女は続けたいとも思っている。
だったら、人々がカワイイ女の子になりたいと願うなら、止める権利がない。
急に心がぽっきり折れた音がして、エモ力が低下し、力が抜けてへろへろと座り込んでしまう。涙も出そうだ。
「ううう~……」
「ライナ様、分かったでしょう? 現状を受け入れることが幸せなのです」
「そんなわけあるかァァ――――――――ッッ!」
「!?」
しかしただ一人。
スーツ姿の女性が泣きはらした目で真っ向から反論した。
「カワイイ女の子になりたい? 女性だけの世界の方が幸せ? そんなわけがない! あのテロリストどもは身勝手な理由で私たちの仕事を奪っただけだ!」
「あらあら」
「周りを見てみろ! 電気一つもついていないオフィス街を! 本当なら私たちは今日も働いて仕事をして、給料日を楽しみにしながら生きられたんだ! それが今じゃ今月の給料が出るかも分からず不安で夜も眠れない! 家のローンもまだ残ってる! 社会的正義を語るなら私たちの尊厳を奪わない方法にしろよクソォ~~ッ!」
「――ッ!」
ドクン、と心が脈打つ。
擦り切れていた魂が再び燃え上がる。
「殴れるなら気が済むまでぶん殴ってやりたいのにっ、結界内に逃げやがってェェ――! このっ、卑怯者どもォォ――――ッ!」
個人の尊厳。
職務上仕方ないからと受け入れ、正義の味方だからと深く追求しなかったもの。
私も彼女……いや、彼と同じように尊厳を奪われた。
だから、私には彼らの代弁者として振る舞う権利、いや義務がある。
これは私にしか出来ない仕事だ。
そう思うと勇気が湧いた。
「アリス先生、決めました」
「何をですか?」
「……私、魔法少女プリティコスモスには、正当防衛権を行使する用意がある」
立ち上がり、涙目でアスモデウスを睨むと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「フフ。ようやく目が覚めましたねライナ様。契約とはいえ、あなたは理不尽にも尊厳を奪われました。尊厳を取り戻すための闘争に導かれる覚悟は出来ましたか?」
「ぐすっ……はい。だれが仇かは知りませんけど、全員コテンパンにしてやります」
「私もその仇の一人ですが、事情により復讐をお手伝いしましょう」
「どういう事情で?」
「同じものを奪われました」
つまりお◯んちんか。
アスモデウスも私と同じものを仲間だった奴らに奪われたらしい。
そして自称「仇」とはいえ、彼女は先生でもある。
先生から学んで超えろということか。頑張ろう。
「とはいえ、ライナ様」
「はい?」
「我々は少数。あちらの本物の代弁者様が無力なままでは士気が維持できません」
『卑怯者ォ――ッ! 出てこいこのっ! ぶっ◯してやる!』
『お、落ち着くんだぜ』
『お前らテロリストの思想と生命だけが特別だと思うなぁぁ――――ッ!』
彼女がゆびさした方を見れば、地団駄を踏むスーツ姿の女性がいた。
あまりにも暴れすぎて万羽ちゃんになだめられている。
逆に三津裏くんは相手の肩を持ちながら目頭を抑えていた。
勇気を貰ったのはいいけど、冷静になってみたらなんだあの狂人。
「あの人だけ異常に士気が高くないですか?」
「だから選びました。魔導を進むにはとびっきりの狂人が必要です。そろそろ武装も到着する頃でしょう」
「魔導の道って……え、武装?」
どうして急に魔導の話を……と思ったけれど、リズールさんや私と関係があるから仲間入りしたんだし、情報を聞いていて当然か。
『おーいお待たせー! 君たちの武装が出来たぞー!』
「「「!」」」
すると待ってましたとばかりに大型ヘリが飛んでくる。
ヘリのサイドドアから身を乗り出しているのは技術支援チームの主任さん。
彼の指示を受け、そこから重装甲バトルデコイが飛び降りてきた。