第186話 おじさん、捜索の糸口を掴む
月読学園を抱える月読プラントは、魔法やエモ力の研究が主軸であり医療機関ではないが、新種病原体の治療や対応はできなくはない。
さらに言うと魔法が絡めば得意分野であり、一般実務生の存在意義でもある。
そういった絶妙な立ち位置だったため、高松学園都市を抱える高松市議会から事件への対応を丸投げされているのが現状だ。
――――だからこそ、アスモデウスのような存在は信仰対象となる。
恐怖、不安、漠然とした怒り。
連日連夜続く激務、心がへし折れてしまいそうな徒労感。
この状況を打破してくれるような力を持った存在が現れたならば、人は悪魔にさえもすがりつく。
月読学園前にいるすべての人間がアスモデウスの前にひざまずいていた。
「わ、わあ……」
月読学園から出たばかりの私がぽつりと漏らすと、黒髪の美女アスモデウスの凛々しくも気高い統治者としての顔が、パッと晴れやかな笑顔に変わる。
「フフ。顔を見せただけなのですが、もう配下になりたいと言われました」
「あ、ええと、す、すごいですね!」
「ありがとうございます。私、色欲の悪魔アスモデウスはライナ様に全身全霊で仕えますので、なんなりとお申し付けください」
「ヒュッ……」
絶句。その一言に尽きる。
脳の処理限界を超えてしまい固まっていると、近くの一般事務生が察して民間治療キャンプにある休憩所に案内してくれた。一般用語で拉致とも言う。
言われるがままにパイプ椅子に座って「粗茶ですが」と出された温かい緑茶を飲み、一息ついてから現実に帰ってくる。
「はあ~……」
ここは学園前の道路を封鎖して作られた治療用仮拠点の一区画で、関連企業が派遣してくれた優秀な人材や、民間のボランティア法人団体などが活動している。
その人たちもアスモデウスに敬意を払うように、深々とお辞儀をしたり、左胸に手を当てて膝まづいたり。なんというか封建社会の気配。
「なんか着実に権力基盤が固められてる気がします」
「気づくのが遅いカメ。ずっとそのために動いているカメ」
「そうだったんですか」
「ライナ様?」
「は、はい」
「フフ、呼んでみただけです」
そうなんだ。
アスモデウスに目を合わせると、彼女はにっこり微笑む。
相変わらず何を考えているのか分からない。
ふとゲンさんを見ると、すでに医療ボランティアの方々との情報交換を終えたようでこう言う。
「要救助者への対応は我々に任せるカメ。君たちはハウンドドッグを追うカメ」
「わわ、分かりました。けど……」
「今回のテロと彼らの目的は関係があるカメ。証言をしてくれる人がここにいるカメから、合流して話を聞くカメ。これは場所のメモカメ」
「は、はい。あのあの、詳しいことは」
「君が情報を与えるほど完璧な選択肢を取れるようになるのは知っているカメけど、今はまだ現場で動く新人として扱うカメ。いいカメ?」
「えー? 重用してください……」
「ここで重用されるということは、アリス先生のような人を超えた存在を使役する人間になるということカメ。ちゃんと従わせられるカメ?」
ゲンさんの隣にいるアリス先生ことアスモデウスを見る。
彼女はニコッと優しい笑みを浮かべた。
「主食は純愛。弱点は寝取られ。脳破壊されると暴走して地上を更地にしますけれど、大事に扱ってくださいますよね?」
「あっ今は新人として働きます」
「行ってらっしゃい。フフ」
ゲンさんからメモを受け取り、その場をあとにする。
重用されていないわけではなく、重用するとアスモデウスを使役させなければならず、彼女は条件不明の暴走を起こすので新人として動かすしかないらしい。
思ったよりもロジカルに詰んでた。
ただ解決方法そのものは単純とも分かったのでヨシ。
「よし、もっともっと強くなろう。悪魔を止められるくらいに」
「あ、帰ってきたモル」
「何か情報を得たのぜ?」
「さっきの亀聖獣さんからハウンドドッグに関する情報を貰いましたー!」
ひとまず元のパーティーメンバーと合流し、メモに書かれた住所の元へ向かう。
場所はやはり、本社ビル街だ。
大通りから小さな路地に至るまで、何重にも張り巡らされた黄色と黒文字の規制線テープが、封印結界から未だに漏れ出す病原体を強引に封印している。
「テープで封印結界が作れるって不思議です」
「月読学園の魔法触媒技術で作られた特殊な規制テープだからだぜ。これのおかげで初期対応は完璧。三津裏くんもオレも風紀委員会から評価されたぜ」
「へえー……ちなみにテープの名前は?」
「ノープラン」
「つまりは万策尽きたってことですね……解決しないとなぁ」
待ち合わせ場所はもっとも外側の「第三規制線」なので、一般人に物理的な接近禁止を伝える「進入禁止」の看板の横を素通りしつつ、数日前を思い返した。
初期対応は完璧だったはずなのに、どういうわけか遠く離れた東北地方の秋田県でも同じ病原体で性転換を起こした事例が確認されているのだ。
その感染者の名前は相馬。偶然とはいいがたい。
「近隣の県では感染者は出ていないのに、どうして遠く離れた秋田県で同じ病原体が出たんでしょう? 風に乗ったにしては遠すぎますし」
「それはこれから分かることモル」
「たしかにそうですけど」
「……お? スーツ姿の女性がいるぜ」
「女性?」
考え込むのをやめて前を見ると、数日前に私の足を掴んだ女性(?)が立っていて、私たちを見るなりペコリと頭を下げた。
「あっ、あ、先日はどうも! おかげで高熱と頭痛が治りました!」
「ああ、いえいえ。どういたしまして。元気になられてよかった」
「あはは、あは……」
会話が止まり、先方から困った……という雰囲気が漏れる。
自己紹介をしてないから相手の名前が分からない。
そして残念なことに、私はビジネスライクな世間話が得意じゃない。
すると三津裏&万羽ペアが一歩前に出た。
「それより、ここは一般人立入禁止のエリアだぞ。お前は一体どこの誰だよ?」
「ええと、深い事情があって名乗れない者なんですが、ハウンドドッグの行方と、封印結界を破ったミステリストの居場所を知っています」
「言葉を知らないのか? 僕たちはお前の所属と名前を聞いているんだよ」
ガチャッ――
万羽ちゃんがヒートソード(非加熱)を腰から抜く。
ペルソネードに手を伸ばしていないあたり、ただの脅し目的らしいが、そんなことは知らない相手には効果抜群だった。
「あっ、その、敵じゃないんです! 敵じゃ! 実は生まれつき完全記憶能力を持ってて! 本社の意向を正確に伝えるために送り込まれるだけの人間なんです!」
「で? その本社は?」
「事態収拾の段取りがつくまで公表は控えさせてほしいという依頼も受けてますぅ! 言うと私の首が飛ぶので許してくださいぃ!」
「……万羽、信頼できるか?」
「オレたちの武器は人を傷つけない。ひとまず斬ってから考えるべきだぜ」
「だな。おい、そこの誰とも分からないやつ!」
「はいぃ!?」
「とりあえずお前が信頼できるかどうか確かめる。斬られろ」
カチッ――ブオオオオオ―――
万羽ちゃんの持つヒートソードから動力音がして、赤熱し始める。
相手の女性は恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「ま、待って、ほんとに敵じゃな」
「話は斬ったあとで聞くぜ」
にもかかわらず万羽ちゃんは腰を落とし、剣を後ろに引いて飛行ユニットを起動し、突撃しようとするので、女性はわんわん泣き出した。
「うううう、こんな人生あんまりだぁぁぁ~~~! 会社の都合で仕事がなくなって、窓際に追いやられたうえに使い捨ての駒にされる人生なんてぇぇ――!」
「はあ、最初からそう言え。万羽やめろ。斬る価値がない」
「分かったぜ」
万羽ちゃんは熱を収め、ガン、と剣を地面に突き刺して仁王立ちする。
そこで三津裏くんはチラッと私たちを見た。ダント氏が秒で察する。
「夜見さん、行くモルよ」
「了解です……!」
「化生解除!」
ぽふんっ――
「可哀想だからもういじめちゃダメモル~~~!」
ダント氏が人から可愛い聖獣に戻って飛んでいくので、私も追いかけた。
「大丈夫ですかー!? 怖がらせてしまってごめんなさい!」
……良い警官と悪い警官という尋問方法がある。
あからさまに警戒する悪い役柄を二人がやってくれたのだから、謎の女性の味方になり、優しく接して情報を引き出すのが私とダント氏の役目なのだろう。
駆け寄り、ぎゅっと抱きしめて頭をよしよし撫でてあげると、女性は親に泣きつくかのごとく私にすがりつき、すべてを話してくれた。




