第185話 色欲の悪魔アスモデウスが仲間入り
バイオテロから三日経過した正午。
猪飼さん以外の全員が喫茶店デミグラシアに集まったので、万羽ちゃんと一緒に茶髪ショートボブのケモ耳美少女になったダント氏を愛でつつ、情報交換ついでに他愛ない疑問を投げた。
「あの、皆さん。確認なんですけど」
「「「?」」」
「私たちって怪獣退治をするためのチームですよね? 流されるままにテロ対応してていいんでしょうか?」
「それ僕も思ったモル。夜見さんは多分ミステリスト?に勝てないモル」
「うん、そうだね。具体的に話し合おうか。みんな奥の事務室に来てくれ」
願叶さんに会議の場を作ってもらう。
ぞろぞろと事務室に移動してから、そう思った理由を説明した。
「――今回の事件に関してはプリティコスモスに非がある?」
「はい。くわしくは分かんないんですけど、リズールさんを倒して全世界性転換事件を解決したのは事実ですし、世間が解決を求めてなかったのも事実なので、それを突きつけられると私が悪者になっちゃって、そのまま負けちゃうしかないです」
「公平中立にもほどがあるだろお前」
「王道系の魔法少女ですので」
えへへ、とはにかむと、糸目男子の三津裏くんは口元に手を当てる。
「もしかしてお前、テロリストが同情に値する人間とでも思ってるんじゃないか?」
「えっ? 悪人であっても、人権は尊重されるべきだと思いますけど」
「性転換が模倣犯に見せかけるためのブラフだとしても?」
「ええと、どういう?」
「漏れ出した病原体が安全だという保証は誰がしたんだよ? 明日にでも感染者を皆殺しにする遅効性の殺人ウィルスかも知れないんだぞ」
「わあ……考えたこともなかったです……」
そう漏らすと三津裏くんは驚いた。
「身体はハイスペックなのに心が繊細なんだな」
「バカって意味だぜ」
「三津裏くんいま私のことバカっていいました?」
「ちがっ、言ってない! 万羽お前この!」
「ぎゃはは」
三津裏くんにくすぐられる万羽ちゃん。
同じ苦労を共有しているからか、こういった場面が見れるようになった。
仲が深まった実感がして私も嬉しい。
少しして万羽ちゃんからギブアップ宣言が出され、三津裏くんは話を戻す。
「はあ、ともかくさ、僕たちは事態の解決に向けて迅速に行動する必要がある。ですね願叶さん?」
「そうだね。幸いにもちょうど昨日に予算が降りた。正式に活動できる」
「え、まだ予算がなかったんですか?」
「指揮長が尊敬している高松市議様のご意向が入ってね。ちょっと手間取った」
「急に高松市議会が許せなくなってきました……」
ああ、だから三日間は活動しちゃダメだったのか。
あらゆる物事を強引に解決できる金と地位と権力を持っているはずの願叶さんが、少し手間取るような権力を持った高松市議。怪しい。
「あの、三津裏くん」
「市議のことだろ? 高杉宮慶子。支援団体に煉獄正教っていう過激なカルト宗教がついてるからむやみに近づくのは危険だ」
「ちなみにその宗教、例の怪獣復活を目論む巨大地下勢力でもあるぜ」
「その人たち絶対に黒幕です」
「洞察が甘いなプリティコスモス。調べがつく程度の人間は組織でも使い捨ての駒なんだよ。本物はその後ろにいる」
「どうやって引きずり出すんですか?」
「ツーステップだ。相手に足切りさせる。これをひたすらやる。簡単だろ?」
「わ、すごい簡単! 脳筋の私たちでもできますよダントさん!」
「僕まで脳筋にしないでモル……」
そうは言いつつも完全に否定できない理由がありますよね、とダント氏の初期コスチュームの色を思い返した。
オレンジは魔法「赤」と「金」――強化と固有魔法に才能がある。
分かりやすく言うと固有魔法をひたすら強化していく一芸特化型魔法少女なのだ。
数日前にテレパシーでこの話を聞いている。
私がどういった立ち位置で戦ってくれると嬉しいか、という話も。
「よし、話をまとめよう。早期解決に向けて頑張るという方針でいいね?」
「「「異議なーし」」」
「賛同してくれてありがとう。じゃあ技術支援チームは遠距離補給システム「シェルパ」の不具合確認と、ライナちゃん専用武器「試作一号」の最終調整を」
「了解です」
技術支援チームの男性四名はいそいそと事務室から出ていった。
彼らは立入禁止の「極秘研究室」なる部屋に引きこもり、連日連夜作業している。
かなり大型の武器と大規模な補給網を作っているという情報を耳にしたので気になるが、願叶さんが見ちゃダメだと言うのでダメだ。我慢。
「今日中に送り届けるからねライナちゃん」
「たのしみにしてます」
早く使ってみたいに気持ちが切り替わった。
楽しみだ。
「じゃあ、ライナちゃんたちは……たしかハウンドドッグだったっけ。バイオテロの情報を集めながら彼らの痕跡を探ってくれ。ああ、新型マスクの装着も忘れずに」
「分かりました」
「あと出発前に喫茶店ルームで食事を取るように。行ってらっしゃい」
「「「行ってきまーす」」」
事務室に残った願叶さんに見送られて、私&ダントペア・万羽&三津裏ペアは喫茶店に出る。
マスターの池小路氏は先回りしてサンドイッチを用意してくれた。
厚切り成形ハムと卵焼き、トマトにレタスを全粒粉パンで挟んだものだ。
栄養バランスもよく腹持ちするので一日の英気を養ってくれる。
「毎日食べるならこれモル」
「手軽でいいですよね」
コンコンコンコン――
「?」
野菜ジュースとともにもぐもぐ食べていると、喫茶店のドアがノックされる。
また紀伊さんと月読プラントの研究員さんがリフォームしに来たのだろうか。
するとドアの向こうで女性の声がした。
『もし? どなたかこの扉を開けてくださいますか?』
「誰だぜ?」
『高松学園都市で大事件が発生したと聞き、いてもたってもいられず東京から飛んできた色魔です。あなた達のお手伝いをしたいのです』
『悪い存在じゃないから安心して欲しいカメ』
「サキュバス……?」
不審がる万羽ペア、誰か察する私とダント氏。
池小路氏を見ると彼はこう言った。
「ライナ様、願叶さんが採用を約束した女性戦闘員が到着されたようですよ」
「いつか来るとは思ってましたけど、ここで合流するのは頼もしいですね……!」
「サキュバスと知り合いなのか?」
「味方です! しかも超がつくほどの専門家! 私が保証します!」
「ふーん? 裏切ったら?」
糸目男子な三津裏くんがこちらを向いたので、私は大きく胸を張った。
「その色魔を殺し、私とダントさんが腹を切って詫びます」
「自然に怖いこと言うな。脳みそに武士道がインストールされてるのか?」
「まあはい。斬鬼丸さんの弟子なので」
「僕が悪かったよごめん。腹は切らなくていい」
「とりあえず面白そうだから扉開けちゃうぜ」
「万羽お前……!」
ギイ、と扉が開かれた先には、漆黒のコートを羽織った黒髪の美女が立っていた。
ゴシック系のダークファンタジーを彷彿とさせる服装の美女は、見とれるほどに美しい烏羽色の髪をなびかせながら入店し、妖艶な笑みを浮かべる。
「初めまして皆さま。七つの大罪、罪科は色欲。名はアスモデウスと申します」
「そしてお目付け役の聖獣ゲンですカメ。よろしくカメ」
「とんでもないビックネームだぜ」
「フフ、つもる話はのちほど。今回の私にはバイオテロの犠牲者を導く使命がありますから、月読学園前の民間治療キャンプで再会しましょう。では」
彼女はそう言って踵を返し、コツコツと固い靴音を鳴らしながら去っていった。
「何をするつもりだ?」
「急いで追うぜ」
私たちも少し急いで食事を取り、マウスウォッシュなどの口臭対策をしたあと、感染対策&姿バレ防止用の面頬「ビックマウス」を装着してあとを追う。




