第184話 魔法少女ダンデライオンの登場
半日後、つまり午後八時か九時ごろ。
私は万羽&三津裏ペアとともに夜の高松学園都市を駆けていた。
道中で軽く事情説明を受ける。
「――男を性転換させる病原体!?」
「高松雑居ビル町の例のトラップから漏出してるぜ!」
「つまり!? ええと、三津裏くん!?」
「トラップは内部すべてのものを外部に出さない自閉式! 生物災害をふせぐための封印結界だったんだ! 漏出しだしたってことは結界を張った術者が死にかけてる!」
「救出すればいいんですか!?」
「違う! 封印の維持をするんだよプリティコスモス!」
「具体的に何をするんですか!?」
「それを考えたいから緊急調査に向かってるんだよ僕たちは!」
「ひゃあすみませ」
カポッ。
「うわあ!?」
「ひとまずコレを付けておくモル」
謝罪とか、状況を把握するなどをほっぽりださせるように、ダント氏はノーフェイスのマスクを被せて私をロボットヘッドにした。
細菌・ウィルスやその他粉塵用の防塵マスクがくっつけられていて、呼吸するたびに吸収缶を通ってシュコー、と音がでる。
万羽&三津裏ペアとダント氏もそれに合わせて装着し、顔全面型ガスマスク姿の不審学生三人組+一匹になった。
そのまま周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
「近いんですか?」
「周囲を見れば分かるモル」
言われたとおりに軽く見渡すと点々と、発汗したメンズスーツ姿の女性が壁に寄りかかっていたり、高熱で地面に倒れてうなされている様子が確認できた。
大きく見栄えのいいビルが立ち並んでいることから、帰宅予定だった社会人男性たちが巻き込まれたのだろう。なんて恐ろしい。
「ぼ、防護服とか着ないでいいんでしょうか」
「魔法を使えるオレたちは意識しなくてもエモーショナルエネルギーの魔法障壁で身体を覆って防護しているぜ。だから口元さえ覆えば大丈夫」
「……あ、ホントだ」
そう言えば身体から放出されるエモ力について無頓着だった。
常に出しっぱなしということは、天然の加圧室を着込んでいるようなもの。
それが自然と魔法障壁に――これなんだか前に教わった気がする。
佐飛さんだったか、魔法体育の授業だったか。ううむ。
チラ、と特に意味もなくダント氏を見た。
目線の見えないマスク越しなのに気付いた彼は言う。
「夜見さんは他人に不安を和らげてもらおうとしすぎモル」
「む。交流は大事じゃないですか」
「この状況での交流は、お互いに頑張ろうねと鼓舞しあうことだと僕は思うモル」
「わあ論破されちゃた……」
「あと、今を逃すと伝える機会がなさそうだから今言うモルけど」
「はい」
私の肩に乗っている彼は、ガスマスクを外してつぶらな瞳を向けてきた。
「僕が好きなのは社会人な夜見さんであって、女の子な夜見さんじゃないモル」
「え、夜見ライナな私は好みじゃない?」
「夜見さんが演じる天真爛漫な少女には営業職時代のつらい思い出しかないからメンタルが削られるモル。僕はプリティコスモスがいい」
「そう言えばそうでしたね……そういう出会いでした」
お互いに魔法少女と聖獣というヒーローファンタジアな存在だから、てっきりそういう関係が理想的なのかと思っていたが、彼にも過去や境遇があり、彼の心を溶きほぐしたのが夜見ライナではなく「夜見治」だった時点で、私は間違えていたようだ。
「ならダントさんといる時はやめないといけませんね。大人でいよう」
「助かるモル」
「なあ聖獣、質問なんだけどさ」
「何モル?」
そこで三津裏くんが口を挟む。
「マスク外して平気なのか?」
「全然大丈夫じゃないモル。もう感染してメスになっちゃったモル」
「えええ!?」
「マジかよ……なんて強力な病原体だ」
「でもこれで九条玉前さんに教わった術を使うための条件が揃ったモル」
「だ、ダントさん……!?」
ダント氏は私の肩から離れて飛び、全身にオレンジのエモ力をまとう。
何かしらの高等魔法を使うつもりらしい。
この状態の彼を見るのは初めてだ。
「何をするんですか?」
「これから使うのはメス聖獣専用の変化の術モル。……僕はずっと歯痒かった。夜見さんは僕と僕の国のために戦ってくれるのに、怯えて逃げ惑うことしかできない僕の弱さに。でももう逃げない。今決めた。これはその覚悟を示す術モル」
「その術の名は!?」
「変化生得!」
詠唱と同時にダント氏が強く光ったかと思うと、パッと輪郭が変わり、ダント氏がサラサラショートボブのケモ耳魔法少女となって目の前に降り立った。
髪は明るい茶色で、瞳は赤色。身長や体型は私と似ている。
コスチュームはオレンジだ。
「おお、これがダントさんの新しい姿……」
「はぁー……なったモル」
分かりやすく言うと、ダント氏がおっぱいがデカくて背もそれなりに高い、モルモット特有の垂れケモ耳ショートボブ魔法少女になった。
彼……いやええと、彼女となったダント氏は、私を見るなりにへらと笑う。
「術の詳細は省いて、聖獣ダント改め魔法少女ダンデライオン。ようやく生誕モル」
「エモいですね……記念写真撮りましょう」
「いい判断モル。万バズ間違いなしモル。マジタブどうぞモル」
「どもです。はいピース」
「いえーいモル」
パシャ、パシャ。
「あ! オレもオレも! オレも混ざるぜ!」
「いいですよ~」
「いえーい徒歩で危険汚染地帯に来たぜ!」
パシャ、パシャ。パキンッ――
「おいお前ら……」
万羽ちゃんも巻き込んでスリーショットを撮っていると、三津裏くんがついにキレた。
私から奪ったチェキをどこからともなく持ち出し、静かな口調でこう言う。
「撮影は僕に任せるべきだろ」
「結界への対処はどうしましょう?」
「プリティコスモス、この道をまっすぐ行った先に「進入禁止」のテープが貼り巡らされた路地があるのが見えるか?」
「ん?」
言われた方向を見ると、黄色と黒の警告テープで厳重に蓋をされた路地がある。
ただ、ギャグ描写のような人型の穴が開いていて、何者かに破られたと分かった。
「見えますけど、人型の穴が開いてます。あれはなんですか?」
「ミステリウムを使うテロリスト、ミステリストが出現した痕跡だ」
「ミステリスト」
「あれは一般の常識が通用しない。病原体を封印していた結界内部はおそらくめちゃくちゃだ。再封印は不可能。証拠写真を撮って一旦引くぞ」
「わ、分かりました」
ひとまず手に終えない事態に巻き込まれているのは分かったので、私・万羽ちゃん・魔法少女になったダント氏の三人での現地集合写真を三津裏くんに撮ってもらい、それぞれのサインと「徒歩で来た」という一言をカラーペンで書き足した。
「た、助けて……頭が割れそうに痛い」
「「「!」」」
するとたまたま近くで倒れていた犠牲者の女性(?)が力を振り絞って私たちの足に縋りついてきたので、「元に戻せる保証はない」という同意の元で、同じ感染者である魔法少女ダント氏が背負って帰還する。
月詠学園に戻る頃には高松学園都市でも一大ニュースになっていて、風に流された病原体で大量感染でもしたのか、性転換した要救助者が助けを求めて学園前にワラワラと集まっており、戻るなり救助者への対応と対策に追われる。
かなり強力な感染力を持つ病原体だったらしく、一日も経たないうちに香川県外でも感染が確認され、完全な封じ込めに失敗してしまったが、それはのちのち。
次にまともな話し合いができる時間が用意できたのは三日も経ってからだ。