第182話 おじさん、情報収集する
万羽燐と三津裏霧斗の探索方法は基本に忠実だった。
中央自治区でも人が集まりやすい場所をいくつか洗い出し、エリアマップを作る。
そして「ここはハウンドドッグがいる」と仮定して活動するのだ。
探索場所の候補は月詠学園近辺にある月詠商店街、少し離れた場所にある月詠プラント関連企業の本社ビル街、ぎりぎり中央自治区の高松ゲームセンター。
「最初はどこに行くんですか?」
「聞き込みだよ。商店街」
「いいですね」
最初に探索したのは月詠商店街。
学園都市に住む学生のほか、生活インフラを支える社会人の方々がよく訪れる。
生鮮食品を売る個人営業の店などにまぎれて、あまり見たことがないけどかなり有名らしい「忍駄菓子店」や、のびのびマジカル☆ヒーリングシップや漢方薬などを売っている「望月ドラッグストア」を見つけた。
「このドラッグストアが気になる……」
「何かあったモル?」
「まあ、一応」
さらに魔法陣眼を常時起動する裏技「実は目をつむっている状態でも秒数カウントされるバグ」も発見する。
サーキュラーはまぶたを動かさないことが発動基準になるようだ。
ついでに目をつむっている方が逆によく見えるバグも発生しているので、白磁の仮面越しなのに普段よりもクリアな視界をお届けだ。
そしてこのドラッグストアからは何らかの魔法が使用された痕跡があった。
現在は午後一時。エモ力の残滓の量が多く、時計盤に見立てても十二時二分辺りでチリチリ燃えていることから推測すると、相手はそう遠くない。
「店で魔法が使われた痕跡があります」
「聞き込みするモル?」
「いえ、今は万羽さんの観察が仕事ですから」
私は八百屋のおじさんに話しかけている二人の元に戻った。
おじさん曰く、お得意さんはいるけど悪いことをしている人ではないとのこと。
その方の名前が「相馬」だと聞き、その場をあとにする。
三津裏くんは歩きながら腕を組んだ。
「相馬か……」
「聞き覚えがあるんですか?」
「いや、無い。ただ知ってるヤツと名前が同じだっただけだ」
「どんなお方で」
「次期生徒会長候補って言われてる。指揮長が名指しで嫌っている人間の一人」
「敵の敵は味方ですかね?」
「一つだけ難点がある。エモーションエナジー愛好会に所属してるんだ」
「ああ……」
事件ばかり起こす例のカス集団か、と遠い目になる。
三津裏くんは万羽ちゃんを見た。
「戦闘なら任せろだぜ!」
「今のところは繋がりを感じられない。放置だ」
「分かったぜ!」
情報不足なのは事実なので、次の聞き込みに向かう。
二人は香川マダムが鮮魚店の店主と話している場に混ざり、こんな話を聞いた。
「ビル街にトラップが仕掛けられてる?」
「そうなのよ~」
そこでも特に小さなビルが密集している地帯「高松雑居ビル町」に立ち入り禁止の路地が増えているらしく、解決してくれないかしらと頼まれた。
テロリストが一般人目当てに行う捕殺方法で、立ち入り禁止の境界を超えた人間を神隠しに合わせるらしい。
二人はマダムに請け負うことを告げ、私の元に戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ひとまずテロリストと遭遇しやすそうな場所が分かった」
「行きますか?」
「ハウンドドッグの行動理念が見えない。トラップを放置している理由はなんだ?」
「ああ、そこからか」
今わりと雑に死にかけた。
経験が少ないせいでもあるし、ちょっと楽しみだったせいでもある。自省。
せめて考えてから発言しよう。
「割に合わない仕事だからですかね?」
「そんなに薄給なのか?」
「逆にトラップにはまって身動き出来ない可能性も」
「待て待て、混乱させるなよ。まずは一つの方向から考えるべきだ」
「仕事ですか」
「そうだ。ハウンドドッグは治安を維持するためにトラップを除去しなきゃならない。それが出来ていないということは、金、武力、情報収集能力のどれか、もしくは全部が足りていないということだ」
「ようはテロリストのトラップを解除する能力がないと?」
「ないのに雇われているとしたら……これは重大な職務怠慢だ」
「話を聞くべきですね」
生徒会を追及するための手札ができた。
仮に言い逃れをしようとも、雇った責任として多少の反省は促せるだろう。
「聞き込みを続けるぜ?」
「そうだなぁ、もう少し続けてもいいけど……」
二人は私を見る。
「な、なんでしょう?」
「少人数でトラップを見に行くということは、テロリストに私たちを殺して下さいと言っているようなもんだ。一人でも多くの人手を集める必要があるんだよ」
「あ、日進月歩ですか。ダントさん」
「もう起動したモル」
彼が見せたマジタブには日進月歩が起動する様子が見えた。
場所を中央自治区全域から本社ビル街まで拡大し、雑居ビル町を映す。
そこには事件発生を知らせる赤いシンボルが立ったままだった。
「誰も解決のために集まっていない……?」
「闇が深いぜ」
「依頼を出せますが、どうしますか?」
「んー……いや、絶対に先に人手集めをした方がいい。後回しにしておこう」
「分かりました。となると次の目的地は月詠学園の65階ですかね?」
「そうなるだぜ」
「僕たちには学園都市の治安を守る責務がある。あまり悠長に構えていられない。僕は万羽と戦闘要員を集めるから、プリティコスモスも装備を整えておけ」
「了解です。願叶さんに泣きついてきます」
「よし。戻るぞ」
商店街から月詠学園に一時帰還し、玄関で二手に分かれる。
願叶さんはデミグラシアで優雅にコーヒーを飲んでいた。
私を見るなり笑顔になる。
「おかえりライナちゃん。何か収穫はあったかい?」
「うわーん願叶お父さ~ん!」
私はパパにギュッと抱きつき、経緯を全て話した。
次期生徒会長候補の「相馬」という人が、エモエナ愛好会所属で指揮長に名指しで嫌われていること、ハウンドドッグが仕事をしていない職務怠慢組織ということ。
そしてこれから残務処理をしなければならないので、超強い武装が欲しいこと。
最後の情報を聞いた願叶さんは私をギュッと抱きしめてくれた。
「大丈夫。だと思ってもう用意してあるんだ」
「どんな武装ですか?」
「エクステンションと言ってくれ」
「え、エクステンション」
前髪がフワッと軽くなり、インナーカラーが紫になった。
そう言えばマジカルステッキに拡張機能が追加されてたんだっけ。
「武装は……」
「実は、最後の二択を決めかねているんだ。現着するまでには決めるから」
「わ、分かりました」
「願叶さんもついてくるモル?」
「僕がでしゃばったらそれこそテロリストの思うつぼさ。猪飼くんは?」
「野暮用が出来たとかで居なくなっちゃいました」
「……謀ったなクソメガネ。僕は相談役の紀伊くんにお願いを出すよ。ライナちゃんは出発をギリギリまで遅らせてくれ」
「がんばります」
願叶さんは折りたたみスマホを取り出してメッセージを送り始めた。
しばらくやることがないので、とりあえず池小路さんにコーヒーを頼む。
彼の作るコーヒーは苦い。
でも美味しかった。