第181話 おじさん、高松学園都市を出歩く
歩いてみてわかったこと。中央自治区は治安が安定していて過ごしやすい。
普通乗用車やトラックの運行に影響が出るような騒ぎはあまりなく、道行く人も十代から二十代前半ほどの学生や大学生が多くて、馴染めた気がする。
ただし今の私はロボットフェイスの不審者。
当然ながらこんな格好で歩き回っていたら不審者目撃情報を流されるわけで。
「あのー、新しい入学生さんですよね?」
「あ、はい」
「月詠学園風紀部の者です。その格好だと不審者に間違われますし、認識阻害魔法の効果も甘いので、上位のマジックアイテムを紹介させてもらってもいいですか?」
「だめですかね?」
「ダメですねー。気持ちは分かりますけど、隠すならもっと上手く隠さないと」
「ごめんなさい」
巡回中の女子高生に見つかり、近くのマジマートで違反金を支払う羽目になる。
100円を失った。悲しい。
巡回員さんは「もっとスマートでカッコいいデザインなら許可します」と私を見張っているので、ダント氏と相談する。
「やっぱりインターフェイスは必要ですかね?」
「ノーネームの仮面に取り付ける感情表現用の顔型ディスプレイモルね。スマートでカッコいいデザインは夜見さんの判断に任せるモル」
「んーじゃあ、これを」
化粧品エリアに置かれている白磁の仮面「ノーフェイス」を手に取った。
お値段は百万エモとイカれた数字だが、かなり高度な認識阻害魔法ですっぴん状態の顔を誰にも悟らせないらしい。
しかも裏面に「遠井上デザイン」という銘が刻まれているのを知り、ああ願叶さんの仕込みかと知った。
購入して仮面に付けると、巡回員さんは笑顔になる。
「よかった~、あのこれ」
「わあ」
貰ったのはファストフード店「レッドフード」なるお店のポテト無料券。
他にも「マンチキン」「ローンウルフ」「ルーニー」という交換券を貰った。
マンチキンから順番にそのファストフード店で出せばいいらしい。
「活動頑張って! じゃ!」
「ああ、はい。どもです」
マジマートから出てその巡回員さんとお別れする。
おそらくは味方かな。反指揮者派に根回しした願叶さんの仕込みだろう。
ともかく、白磁の仮面を着用してからは誰にも気に留められなくなったので、南方にある補助兵装販売店「月光」までたどり着ける。
腰回りに付ける飛行用携行装備を選んでいる二人の姿があった。
『万羽はどれがいい?』
『男らしい女の子用のやつのがいいぜ!』
『なるほど、じゃあこれだな』
「混ざりたいなぁ」
「我慢するモル」
「むむむ」
店の外からジッと眺めていると、しばらくして決まったようだ。
一対の飛行用スラスターに、四本のバーニアがドレスのように繋がって浮いた「クレセント」という補助兵装を購入し、腰に装着したまま店の外に出てきた。
「あれ? なんだか動きやすいぜ!」
「女性向けのアイテムだから制御が楽なんだよ」
「なるほどだぜ!」
間近でイチャイチャを見せられる私。
「いちゃついてますね……」
「うわなんだお前その格好」
「だ、誰なのだぜ!?」
つい心のままに言葉を口走ってしまい、存在を気づかれる。
仕方ないので適当に名乗り出た。
「どーも。ノーネームです」
「ど、どーもノーネームさん。万羽燐です」
「真面目に対応しなくていい万羽。こいつは……」
「じー」
「関わらなくていいヤツだ」
「もっと私を見ろ……」
赤城先輩直伝の谷間チラ見せを行うと、流石に三津裏くんにも思い至ったらしい。
「はあ、お前かよ。僕たちと何がしたい?」
「ファストフードを食べませんか。おごります」
「三津裏くん! ポテト食べたいんだぜ!」
「はあ、分かった。詳しい話を聞かせてくれノーネーム」
「まずレッドフードっていうお店の場所教えてください」
「……南区にある。だがそこは――」
「そこは?」
「ブラックマンデーとかいう闇組織の拠点だぞ?」
「あ、それは私の味方なので安心してください」
「繋がりがあるのか……? まあいい、成果を上げるためなら何だって乗ってやる」
チェキカメラを構えた三津裏くんを先頭に南区へ向かう。
レッドフードというファストフード店は、中央自治区内であることを示す道路の銀色のラインを超えた先にあり、月詠プラントの所有地である証こと満月の銅像「月詠モニュメント」近くに店を構えていた。
「なんですかこの銅像」
「逆になんでそこが気になるんだよ。普通は店の中だろ」
「一緒に入りませんか?」
「言われなくてもついていくから行けって……」
「はーい」
ピポピポピポ……
自動ドアを通り抜けると、油っぽいジャンクフードな香りがした。
ファストフード店「レッドフード」の内部は、近くにモニュメントがあるからかそれなりにお客さんが多く、待ち合わせ場所として使われているらしい。
目の前には注文レジがあり、受付の女性店員さんにかけあった。
「いらっしゃいませ。お先にお聞きしますが、チケットや無料券、交換券などはお持ちですか?」
「あ、これを」
まずポテト無料券を出し、マンチキン、ローンウルフ、ルーニーの順番に出す。
店員さんは全ての券のバーコードを読み取って「テーブルにお持ちしますね」と番号札を渡してくれた。
三津裏くん万羽ちゃんと合流し、四人がけテーブルに座る。
ここで仮面を外してネタバラシ。
私がプリティコスモスだと分かると、万羽ちゃんは「びっくりだぜ!」と可愛く驚いた。
再び仮面をはめると糸目男子の三津裏くんが尋ねてくる。
「それでプリティコスモス、何を注文したんだよ?」
「ポテトの他に、マンチキン、ローンウルフ、ルーニーというものを」
「ここでTRPGでも始めようっていうのか?」
「いや、特に――」
「お待たせしました。レッドフードハンバーガーセット三つと、ポテトになります」
「早っ」
テーブルに三人分のセットが置かれる。
「番号札をお預かりしますね」
「あ、はい」
「お客様の心と一緒に」
グイッ――
「うわ!?」
渡すと手を掴まれて、持ってきた店員さんに引き寄せられた。
飲食店クルーの服装だけど黒髪マスク美人で……
「シーッ」
人差し指を立てて静かにするよう指示されたので、コクコクと頷く。
確実に見覚えのある赤城せんぱ……もとい店員さんは、私のポケットにメモを突っ込んだかと思うと、チークキスをして去っていった。
顔を赤くしながら席に座ると三津裏くんが口を開く。
「店員に口説かれたな」
「ま、まあはい。そんな感じですね。あはは」
「念のために聞くけどメモは連絡先か?」
「ええと」
取り出して読む。
先輩からの誘惑メッセージのほかに、こう注意書きが書いてあった。
活動範囲は中央自治区内に留めること。
魔獣組織「ハウンドドッグ」を見つけること。
以上の目的を忘れないこと。
「魔獣組織ハウンドドッグ……?」
「なんだぜ?」
「聞いたことがある」
「「!」」
「月詠生徒会が雇っている外部の治安維持部隊だったはずだ。調べるか?」
「やりましょう」
赤城せんぱ、謎の店員さんAのおかげで目的が決まった。
ハンバーガーやポテトを食べ、「危ない橋は渡らない」「活動範囲は中央自治区内に留める」というメモ通りの約束事も決めつつ、中央自治区にある学園前に戻る。
そこで軽い準備運動しながら尋ねた。
「二人は日進月歩にアクセス出来るんですか?」
「僕たちはまだ貰ってない」
「プリティコスモスが頼りだぜ!」
「了解です。ダントさんどうしましょう?」
「まあ、今は意味もなく依頼を受けても仕方ないモル。まずは全員一緒に動いてハウンドドッグに関わる情報を集めるモル?」
「とのことです」
「「なるほど」」
万羽&三津裏ペアは肩の力を抜く。
「つまりは中央自治区全体の捜索からか。骨が折れるな」
「でも目が開いたままだぜ!」
「ワクワクするだろ?」
しかし楽しそうに歩き始めた。
私は高松学園都市のことを何もしらないわけだし、何より二人を観察したいので、とりあえず後ろを追う。




