第179話 おじさん、匿名性を求める
次の日。朝風呂やメイクなど、朝の支度してからダント氏と部屋の外に出る。
事務所で願叶さんや猪飼さんを含めた技術支援チームに挨拶し「万羽&三津裏ペアは出かけた」という情報を聞いたあと、朝食を求めて喫茶店に。
マスターの池小路さんにかけあった。
「おはようございます池小路さん」
「ハロー。朝食のスクランブルエッグセットです」
「ありがとうございます」
用意が早い。
彼が出してくれたのは白いお皿に乗ったワンプレート朝食だ。
オムレツにソーセージ三本と、トマトレタスサラダを載せ、大きな焼き立てクロワッサンを二個。デザートにいちごヨーグルト。
さらに温かいカフェオレ付き。美味しそう。
「いただきます。はむ」
とりあえず朝食のクロワッサンから食べる。サクサクで甘々。美味しい。
ダント氏は私のオムレツを半分ほど奪いながら聞いてきた。
「万羽ちゃんを観察する方法は思いついたモル?」
「あー、昨日のメッセージでしたっけ。活動せずに観察するっていう」
「そうモル」
さらにサラダのレタスも取られる。
昨日の夜はついつい寝てしまったけれど、食事しながら真面目に考えてみた。
撮影されたライブ配信を眺める。つまらないので却下。
霊視とか千里眼で眺める。同じくつまらない。却下。
幽体離脱。無理。却下。
変装して後をつける。やっぱりこれじゃないかなあ。
「ソーセージ食べていいモル?」
「どうぞ。あ、熱いので気をつけてください」
「大丈夫モル」
ダント氏は私が輪切りにしたソーセージをもぐもぐと食べる。
すると池小路さんがコーヒーカップを磨きながらこちらを見た。
「お悩みのようですね」
「ああ、はい。推しカップルを眺めるために認識されない方法を考えてました」
「私なら別空間からちょっかいを出します」
「空間魔法って便利ですね……裏チャンネルで行けるかな」
「都心や近畿地方のような大結界の範囲外ですよ。裏チャンネル自体がありません」
「へえー」
梢千代市のあれって大結界の一部だったんだ。
納得しながらカフェオレを飲む。
すると池小路さんがアドバイスしてくれた。
「実は私も以前にその方法を考えて実行したことがあります」
「池小路さんも」
「幼馴染以上恋人未満の関係が焦れったくて、二人をくっつけるために認識阻害のアイテムを活用し、正体を隠しながら暗躍しました」
「おお。成功しました?」
「もちろん。試しにマジマートやエダマーケットで探してみてはいかがですか?」
「正体を隠す、か。やってみます」
「頑張ってください」
話が終わる。
認識阻害アイテムはやり過ぎなので、こう解釈した。
「顔を隠すアイテムを付けて匿名で活動する。ダントさんどう思いますか?」
「実質活動してないモル」
「私の活動方針は覆面ヒーロー系魔法少女ですね」
「完璧モルね」
ダント氏と一緒に朝食を平らげ、ウェットティッシュで彼の手足を拭いていると、願叶さんが事務室から顔を覗かせた。
「いま活動方針の話をしたかい?」
「事務所まで聞こえてました? 実は――」
バレないように動くのではなく、顔を隠すアイテムを付けて匿名で活動すれば実質活動してないという先ほどの結論を話すと、願叶さんは親指を立てる。
「いい発想だ。試しにやってみなさい」
「ありがとうございます!」
「ついでに今後の基準になる戦闘データを取りたい。猪飼くんと行動して欲しい」
「わわ、分かりました」
おそらく色仕掛けをまだ続けてほしいという指示なのだろう。
鍵ピアスさんはそんなに重要人物なのかと驚く。
少しして白いブロックを右肩に浮かべた鍵ピさんがやってきた。
「やあ新入生ちゃん。君だけのナンパ避け、猪飼真だよ」
「よ、夜見ライナです! 魔法少女プリティコスモス!」
「緊張しちゃってかわいいなー。聖獣くんは?」
「僕はモルモットの聖獣、名前はダントだモル」
「いいね。よろしく。じゃ、俺の肩に浮かんでる四角いヤツの簡単な説明するねー」
「は、はい」
「これは技師、ああ技術支援チームの略ね。彼らが作った脅威度測定粘土「ネンドーグ」。今は脅威度ゼロの基底状態だから箱形態。脅威度が上がるにつれて獣型、怪人型、怪獣型と形を変えるらしいんだ」
「ひと目で分かりやすいですね!」
「俺もそう思う。データ取得は俺がやるから一緒にパトロールしようか」
「分かりました! そ、それと」
「どうしたの?」
「ら、ライナでいいです。お父さんと同じ呼び方の方が慣れてますので」
「――」
鍵ピさんはニッコリと笑いながら停止したかと思うと、声を出して笑った。
「あはは、あいよライナちゃん」
「えへへ……じゃあ、あの、私はどう呼んだほうが」
「猪飼さんとか、お兄さんとかでいいよ」
「じゃあ、猪飼さんで」
「よろしくね」
鍵ピさん改め、猪飼さんの側に近づく。
手を差し出して握手した。
終えるとぽんぽんと頭を撫でてくれる。優しい人だ。
「あのあの、猪飼さん」
「呼んだかな?」
「はい! 実は重要な活動方針があるんです!」
「たしか三日後まで活動しちゃだめなんだよね」
「そうなんです! だから、素顔を隠して匿名で活動したら、プリティコスモスとしては実質活動してないことになるから、条件をクリア出来ると思って」
「それでそれで?」
「仮面を被ろうと思います」
「もちろん付き合うよ」
「ありがとうございます!」
猪飼さんは頭が良くて交友が広いイケメンだからか乗ってくれた。
準備が整っていることをダント氏と確認したあと、猪飼さんを連れてエダマーケットに向かった。
購入したのは樹界魔境モードで出会った「ノーネーム」さんの顔を模した仮面。
配線がむき出しの黒いモノアイフェイスだ。めちゃくちゃ軽い。
二人で同じものを付けると、頭の前半分が正体不明のヒーローになる。
端的に言うとロボットフェイスの不審男女二名だ。猪飼さんは笑う。
「あははノーネームを選ぶとはお目が高いなー」
「拡張性が高そうな顔ですよね」
「そうそうアセン次第で化けるんだよ。ああ、なんでもない」
「あ、はい。じゃあ行きますか」
「レッツゴー」
ひとまず玄関前までロボットフェイスで練り歩き、一般私服大学生たちをビビらせつつ、万羽&三津裏ペアを探すためにフィールドワークに出た。