第177話 おじさん、女の自覚を強める
神輿のように担がれながら一階まで降りていく間に、鍵ピさんに言われた「二分後」なる暗号を言おうと試みたけれど、その度に鍵ピさんや願叶さんが「ワッショイ!」と叫び、一般実務科の生徒を集めるので言えなかった。
流石に疲れたのか65階で実務科生に引き渡され、一階に降りる頃には「一般実務科ワッショイ祭り」なる奇祭として月詠学園内に広まってしまう。
「「「――ワッショイ! ワッショイ!」」」
「うわ、わ」
掛け声とともに私は胴上げされ、奇祭のバイブスもアガっていく。
動画がマジスタやその他SNSで拡散されてバズり、フィールドワークに出ていた生徒も参加しようと戻ってくるほどだ。
最終的に騒動を聞きつけた生徒会風紀部の役員たちと賀田睦指揮長が現れたことで終わる。
眉間にシワを寄った指揮長はクイとメガネを上げた。
「怪我はありませんね?」
「はあー……ありがとうございます、大丈夫です。助かりました」
「昨日といい、今日といい。騒ぎを起こすのが得意ですね君たちは」
「実は巻き込まれやすい体質で。おかげで毎日退屈しません」
「そうですか。願叶さんが推す理由も分かる」
「あははそれほどでも」
照れると、彼は不機嫌になった。
「それで。誠意を表したつもりですか?」
「ええっ?」
「願叶さんといい、紀伊といい、愛想よく笑っておけば済むと思っているようですが、反省した証にはならない。茶菓子のひとつでも用意しておきなさい」
「あ、ダントさん。お土産に買ったアレ」
「これモル?」
昨日のうちに渡しそびれた、三重県伊勢市にある高級和菓子店「琴鈴」のどらやきパック30個入りを取り出す。それをメガネさんに差し出した。
パッケージを見たとたん、闇に染まっていた彼の顔がキラキラと光る。
「そ、それは!?」
「昨日のうちに渡せなかったお土産です。お詫びの印に……」
「フフ、ちゃんと上司に配慮できて偉いですね君は。褒美を取らせましょう」
「わあ」
彼は私服のポケットから一枚のIDカードを渡してくれた。
ええと、「マスターカードキー」と書かれている。
「こ、これはなんでしょうか?」
「月詠学園のあらゆる場所にかかっているロックを解錠するカードキーです。恩には礼を、悪事には裁きを。それが指揮長を務める者の正義。貰っておきなさい」
「わあ、ありがとうございます……実は羊羹もあるんですけど」
ダント氏がスッと出すと、彼はニヤけながら手で制した。
「そう一気に距離を詰めるのはやめなさい。好きになってしまう」
「カステラも必要ですか?」
「君は実に素晴らしい。配慮の天才ですね。一緒にお茶会をしませんか?」
「コーヒー、紅茶、抹茶や玉露、その他もろもろ。全て取り揃えています」
「君ちょっと本当に私直属の部下になりなさい」
「でも上司と部下の関係で終わっちゃうんですよね……」
「……何が望みですか?」
賀田睦さんは少しだけ真面目な顔で私を見てくれる。
色気を出すためか、黒髪をかき分けてオールバックにして、メガネをかけ直した。
「まさか恭順を示せと?」
「いえ、フィールドワークで沢山迷惑かけちゃうと思いますので、先に言っておいたほうがいいかと」
「なるほど。では採点は甘くしておきましょう。他は?」
「悪い人たちをいっぱい懲らしめたいです!」
「フィールドワーク総合支援システム「日進月歩」へのアクセス権を与えましょう。最後にもう一つだけ聞いてあげます」
「あんまり無理して仕事しないでくださいね?」
「上司へのいたわりで終わらせるとは見事。君の特進コース入りを認めます」
「ありがとうございます!」
しっかり頭を下げて、お土産を渡す。
彼は羊羹やカステラを抱いて「なんと美しい……」とつぶやき、風紀部の役員に茶葉やコーヒー粉を持たせて帰っていった。
その場に残った三津裏が悪い笑みを浮かべながら近づく。
隣に並んでいる万羽ちゃんは相変わらずかわいい。
「お前、よく指揮長の好みを把握してたな?」
「まさか。願叶さんに渡されただけですよ」
「おお怖い怖い。流石は華族さまだ。それよりプリティコスモス」
「支援システムですよね?」
「正解だ。日進月歩の情報を僕にも共有して欲しい。万羽を活躍させたいんだ」
「もちろんですよ」
「助かる」
とにかく事件を起こす。
それを目的に動けば、おのずと真実にたどり着くとは赤城先輩の言だ。
いい感じに噛み合った歯車が動き出した。
すると三津裏くんが聞いてくる。
「これからどうする?」
「私はデミグラシアに行きます。願叶さんが雇った指揮者さんがいるみたいなので」
「僕もそうしようかな。協力相手の顔を見ておきたい」
「決まりですね」
糸目キャラなだけにうまい話に乗るのと情報収集が熱心だ。
デミグラシアに戻ると、マジタブに月詠学園からメッセージが届く。
開くとアプリ「日進月歩」がインストールされた。
カウンター席の願叶さんはおにぎりを食べながら私に聞いてくる。
「ライナちゃんどうだった?」
「マスターカードキーと日進月歩?へのアクセス権を手に入れました」
「意外とちょろいな。成人したと言ってもまだ大学生か」
「これからどうしますか?」
「とりあえずみんなでご飯を食べよう。味方勢力の確認と、ライナちゃんは指揮者と顔合わせをする必要がある」
「分かりました」
「ああ、そうそう。技術支援チームに携帯可能なお風呂場を作らせた。入ってスッキリしてきなさい」
「わ」
願叶さんがテーブルに置いたのは、温泉マークのついた缶詰のような何か。
蓋をあけるとその場に更衣室付きのユニット型バスルームが出現する仕様らしく、お湯や水は無限に出るそうだ。ただし一回限りの使い捨てマジックアイテム。
「お湯や水が無限だなんて、便利なアイテムですね」
「マジックアイテムは一回限りの使い捨てという縛りを設けると効果が上がるんだ」
「へえー」
縛り、そんなものがあるのか。と思いながら奥の事務室に行き、左隅のゲーミングチェアで水色髪のクール系女子高生がシエスタを取っているのをチラリと見つつ、スペースが余っている左側で缶詰を開けた。
プシュッ、という音とともに白い煙が出て、その中からバスルームが現れる。
起きてるかなーと相手を見たが、無事に爆睡中。残念だ。
「夜見さん、お風呂セットと着替えモル」
「どもです」
「僕は事務室にいるモル」
「分かりました」
ダント氏を部屋に残し、一人でお風呂に入った。
全身をくまなく洗ってざぶんと湯船に浸かると、急にムラっと性欲が湧く。
義父の願叶さんや月詠学園のエリート男子たちと関わったからだろうか。
「男の子っていいなぁ……」
可愛らしい女の子である自分の身体を見て、ぎゅっと体育座りをする。
思っていたより自分に女の子の部分があることを意識させられたし、たまにはいいかも、と湯船の中で静かに致した。




