第173話 おじさん、月詠学園の概要を知る
徒歩だと遠くて暇で、マジタブをいじる余裕があった。
赤城先輩に「月詠学園に移籍しました」とメッセージを送ると、「そこの生徒会長とは知り合いだから何かあったら私の名前出しといてね」とピロンと帰ってくる。
「応援要請かい?」
「あはは、そんな感じです」
「プリティコスモスにとってはそんなに深刻な問題? なぜ?」
「万羽さんが急に無感情系ヒロインみたいな口調……ええと、私は戦闘特化の魔法少女です。情報不足だとパニックで余計な戦闘を増やしてしまいますので、定期的にメンタルケアが必要なんです」
「オレにそんなケアは必要ないぜ!」
「ならいいんですが」
本当にそうかな……と疑問に思いつつ、ルンルンと歩く万羽燐ちゃんを眺める。
無理して男の子を演じてなきゃいいんだけど。
少しして到着した月詠学園は、中央自治区のど真ん中に建てられたランドマークタワーのようなキャンパス。研究設備や実験場も内包しているらしい。
キャンパスの一階は広々とした学食のほか、職員室や事務室などが並び、梢千代市でも見たマジマートやエダマーケットが出店している。
なんなら小中高校生向けらしき制服も店内で売っていた。
そして驚いたのが校内の学生が少ないということ。
ちらほら見るのはたいていが大あくびをしながら歩く私服の大学生で、制服姿の生徒が見えない。事前情報どおりに遊び回っているのかな。
「中学生や高校生の姿が見えませんね。授業中ですか?」
「どこだと思うぜ?」
「なんですかその語尾……ええと、地下とか?」
「正解は外だぜ! フィールドワーク!」
「そうなんですね。ちなみに私たちはどこに向かっているんですか?」
「エレベーターで上の階に上がるところだぜ!」
エレベーターエリアに付く。
ポーン、と到着の音が鳴り、ガラス張りで足元まで透けているエレベーターから降りてきたのは月詠学園の制服を着た小学生児童たちだった。
流石に小学生は真面目に授業中だったようだ。
下校中だからか、友達とお話しながら私たちを素通りして外に出ていく。
燐ちゃんは恐怖で震え上がった。
「ひいい義務教育だ……!」
「何かトラウマがあるんですか?」
「頭がおかしくなるほど詰め込み教育を行われる時期だぜ!」
「まあ否定はできませんが」
実際にいじめ問題とか起きてるし。
学校という世界はあまりにも社会の縮図すぎて、子供には狭すぎる。
エレベーターに乗ると、75階もある番号から61階が押される。
ガラス越しに見る高松学園都市の景色は絶景だ。
「階層が多いですね、ここ」
「60階までは学士向けの研究施設だぜ!」
「なるほど月詠学園は61階から、と」
「あ! クラスメイト!」
隣のエレベーターに中学生くらいの生徒が見え、燐ちゃんは元気になった。
「詰め込み義務教育を乗り越えたら通信制になるんだったぜ!」
「へえー」
「魔法教育も同時に始まるから楽しいぜ!」
「魔法はとっても楽しいですよねー」
「だろー?」
にぱっと笑い、女の子に戻る燐ちゃん。やっぱこっちが素か。
七彩魔法の教育方法は同じだと知り、マジカルスポーツチャンバラの有用性が実証された気がした。
61階に到着すると、彼女はキラキラと目を輝かせた。
「そしてここが指揮者が出迎えてくれるエリアだぜ!」
「指揮者?」
「そうだぜ! フィールドワーク中に的確なアドバイスと指令を送ってくれるぜ!」
「へー」
手入れの行き届いたオフィスと、訪問者を迎えてくれる花咲いた梅の盆栽が綺麗で、奥はトレーニングルームか試験場か、何名かの在学生がスポーツチャンバラ用の剣や槍で訓練をしている姿が見えた。
見た感じ……指導教官役は……ああ、大学生。私服だ。
「万羽さん。学年や学科をパッと見分ける方法はありますか?」
「特進コースの生徒は胸にプラチナ製の三つ星をつけているぜ。学年は制服のラインの色で見分けるぜ! 中等部一年から順に赤、黃、紫、青、緑、銀、金だぜー」
「なるほど……あなたの三ツ星は」
「戦闘中に無くしたら困るからいつも外してるぜっ」
彼女は制服の裏ポケットから小さな三ツ星勲章を取り出した。
ドヤ顔も行動もすべて偉いので頭を撫でると、えへへと可愛い笑顔になる。
糸目くんが惚れこむ理由も分かるなぁ。
「ふむふむ、さてさて」
「質問はもう終わりだぜ?」
「いえ、まだ聞きたいことがあります」
よし、そろそろ知っている情報との関連付けをやっていこう。
学年はセブンスカラーをモチーフにした色分けをしてるのかな。灰色がないけど。
さっきの糸目くんはたしか……緑だったっけ。だから高等部二年。
おそらく銀が高校の最高学年で、金は大学生全員に与えられる栄誉色だろう。
少しずつ分かってきた。
「一般実務科と普通科の見分け方は?」
「星の有無だぜ。一般実務科は一つ星の実務生と二つ星の上級実務生がいて、普通科は星なしだぜ。たぶん見分ける方法はそれくらいだと思うぜ?」
「なるほど分かりました……特進コースに選ばれる基準は?」
「小学校入試で入るほかに、学園都市で起こる魔法事件への貢献数でランクアップするだぜ! 検挙数が多いほど優秀だぜ!」
「あー、そういうことですか」
「だぜ?」
ゴリゴリの実力主義カースト制が敷かれているのに、評価基準に穴がある。
願叶さんが評価されずに腐っていく子を探してと言うわけだ。
しかし目の前の純粋な子には真実を隠しておこう。
「最後にひとつ。大事な会議はどこで開かれていますか?」
「最上階の75階だぜ!」
彼女が指さした先は真上。やはりそこが魔窟か。
三津裏という少年が敵か味方か分からないが、協力的に動くとしよう。
彼の立ち位置的にも恩を売っておいて損はない。
「万羽さん。三津裏くんとは仲良くしてあげてくださいね」
「上司と部下だから当然なのだぜ!」
「なら良かったです。それと――」
「のぜ?」
まだまだキャラがブレている彼女に、真の男らしさを力説してあげた。
中世の騎士信仰とサーコートから始まり、フランス革命史におけるスカートの歴史、そして現代社会での女装コスプレがいかに男らしく勇敢な行為か丁寧に伝えると、彼女は完璧に理解してくれた。
「――つまり女装は男らしい行為ってことぜ!?」
「語尾……ああ、実はそうなんです。この世では暗闇の荒野を切り開く覚悟を持った男性だけが女装します。だから女装はとっても男らしくてカッコいい行為なんです」
「カッコいい男の子こそスカート履くべきなんだ……!」
「はい。大事なのは男性である自認と、その上で女装をするという覚悟です」
「分かったぜ!」
彼女はやはりマジタブを持っていたようで、カスタマイズ機能を弄りだした。
悩むだろうと思った私は、ダント氏とともにアドバイスを行う。
すると一分も経たないうちに黒タイツを履いたブレザー姿の女子中学生になった。
ただ私とは魔法少女の系統が違うらしく、アクセサリー感覚で固有魔法の武器「ヒートソード(非加熱)」が用意されていた。
未変身中にも対応できるよう大剣帯刀用のホルダーに入れて携帯させる。
さらに「メイクは少数民族の戦化粧から生まれたんですよ」というカスの嘘知識で騙しつつ、中性的な顔立ちに女の色気を追加するメイク。
最後の仕上げとして目元に赤いアイシャドーを入れると、彼女は満足げになった。
「最高に男らしい気分だぜ……!」
「カスタマイズやメイクに悩んだら言ってくださいね。お手伝いします」
「助かるぜ! お礼にしばらく協力するぜ!」
彼女――万羽燐は私の横に立ち、完全に仲間入りを果たした。
この子は存在力が強いからまだまだ伸びしろがある。主要メンバーなわけだ。
願叶さんや池小路氏も同意するように横一列に並ぶ。
「さてライナちゃん」
トントン、ピロン。
「まずは特進コースの証だ」
「どもです」
願叶さんからのメッセージを開くと、カスタマイズ機能にベース「月詠学園の女学生服」とアクセサリー「三ツ星勲章」が追加された。
万羽ちゃんの時と同じように操作しつつ、真っ白な聖ソレイユの女学生服からピンクのラインが入った女子用冬制服にパッと魔法で着替えた。
入学生気分というか、移籍した実感が湧いて不思議な気持ちだ。
帯刀用ホルダーに入れられたマジカルステッキを撫でながらそう思う。
「これから月詠生徒会との話し合いに向かうわけだけど、準備はいいかな?」
「戦闘にならないことを祈ります」
「大丈夫。そうなっても僕たちがいる」
「ありがとうございます」
いつもと違って協力者がいるし、お父さんも一緒なので勇気百倍だ。
胸に三つ星勲章がついていることを確認し、万羽ちゃんに案内されて先に進む。
待っていた生徒会メンバーは三名で、まさかの大学生。
男性大学生が三人という構成だった。
おそらく中心人物なのだろう、メガネをかけた大学生が笑顔で立ち上がった。
「あなたの評判はお聞きしています遠井上さん。私は特進コース指揮長、賀田睦です。お会いできて非常に嬉しい」
「ありがとう。僕が遠井上願叶だ。まず釈明させてもらいたい」
「怪獣信仰者を高松学園都市に招き入れたことですか?」
「怪獣災害の情報を掴むために必要な人材でね。彼らは超高度な治癒魔法を使える。現場で扱うのにちょうど良かったんだ」
「そういうことでしたか」
「気をつけるよ」
そう言って二人は笑顔で握手した。
なにか高度な情報戦が繰り広げられている。
握手が終わるとメガネ氏は表情を引き締めてメガネをクイ、と上げた。
「では、本題に入りますが」
「なんだい?」
「特進コースに所属するなら、それ相応の教育を受けているんですよね?」
「はは、それを見極めるのは君の仕事さ」
「まあいいでしょう。一般実務科の生徒を探すなら65階です。指揮者が欲しい場合は70階の窓口で相談を。特進コースも同じ70階ですので、いつでもお越しください」
「だってさライナちゃん」
「わ、分かりました。何かあったらよろしくお願いします」
「……!?」
私が頭を下げただけで驚愕したメガネ氏は、眉間をつまんで席に戻った。
最初は珍しそうにメガネ氏を見ていた他の二人も、ようやく出番が回ってきたと願叶さんに握手を求めた。