第172話 おじさん、謎の糸目男子高校生とお話する
カランカラン――
「やあやあ、新入生。燐くんとの初戦闘はいかがだったかな?」
「あ、あなたは……」
喫茶店の中には、先ほど倒した万羽燐ちゃんと似たブレザーを着た、緑髪の糸目男子高校生がカウンター席に座っていて、いかにも「私が指示犯です」な雰囲気を醸し出していた。
彼は手に持っていた紅茶のティーカップを置いて、立ち上がる。
「僕は月詠学園高等部二年。木津裏霧斗。君の名は?」
「夜見ライナ。魔法少女プリティコスモスです」
「そうか。学歴は?」
「聖ソレイユ女学院の中等部一年ですが」
「学歴バトルなら僕の方が上だね。帰っていいよ」
彼はふたたび席に座って紅茶を飲み始めた。
「何見てんだよ。僕が帰れって言ったんだから帰れよ。シッシ」
なんだコイツ……
ともかく、無視しよう。
こいつの言いなりになっている燐ちゃんが可哀想だ。
私は後ろから入ってきた技術支援チームの方々とともに、店の奥に向かう。
するとその糸目くんが急に私の腕を掴んで止めた。
「だから帰れって言ってんだろ。話が通じないのか?」
「はあ、願叶さん」
「なんだい?」
「関わってもいいですか?」
「相手から接触してきた場合は許すよ」
「分かりました。燐ちゃんを頼みます」
「いいとも」
「願叶って……ああっ……もう……」
願叶さんに燐くんちゃんの身柄を渡され、それを止めることも出来なくてしょぼくれる、糸目高校生くんの横に座って頬杖をついてあげた。
「なんだよ」
「少し興味を持ってあげようと思いまして」
「僕に? ははは、自分が主導権を握れるなんておこがましい思考だな君は」
「じゃあエッチなことに興味はありますか?」
赤城先輩直伝の谷間チラ見せを決行すると、彼の左目がわずかに開いて視線が谷間に釘付けになり、顔が赤くなって鼻血が垂れた。
「な、なっ」
「勝負ありですね。対戦ありがとうございました」
「まま、待て! そんなのズルいぞ!」
「あれー? 帰ろうとしただけですけどー」
「生殺しにするつもりか!?」
「セクシーショットが欲しいなら正直に言ってください」
「……ッ、くう!」
彼は理性で食い止め……られず、連絡先の書かれた名刺を差し出す。
貰ったお返しとして、ダント氏にチェキカメラを出してもらい、裏垢女子のように目元を隠して谷間をチラ見せした写真を撮り、サインを書いて渡した。
「こんなエッチなものを僕に渡して何がしたい!?」
「え? お求めのモノを差し出しただけですが」
「欲しいなんて一言も言ってないぞ!」
「じゃあ返してもらえますか?」
取ろうとすると、彼はスッと身を引く。自分でも驚いていた。
「ちが、身体が勝手に……!」
「身体は正直ですねー」
「違う! 僕は誇り高き月詠学園特進コースの生徒だ! お前じゃ抜けない!」
「ああ、燐ちゃんとのペアショットが良かったですか?」
「ぶ……ッ!」
またしても鼻血が吹き出した。
流石に量が多いので、席に座らせて頭を前に倒し、鼻の付け根をつまみつつ、回復アイテムのファストヒールゼリーを食べさせる。少しして鼻血が止まった。
いきり立っていた彼も流石に熱が冷めたようで冷静になる。
「……ごめん、正直に言っておきたいことがある」
「なんですか?」
「万羽が負けて悔しかったからついムキになってしまった」
「そうだったんですね。私も謝っておくことがあります」
「謝る?」
「あの子も魔法少女だったとは思いませんでした。ごめんなさい」
「ど、どこで気づいた?」
「エモ力の量で分かりますよ。技術支援チームの方は多くても50エモほどなのに対して、あの子は触れて分かっただけでも1200エモほど。この街の平和を守るヒーローちゃんだったんですね」
そこまで言うと、彼は「すごいな、都会育ちは」と涙ぐんだ。
さらに深々と頭を下げる。
「頼む。万羽を、魔法少女フォスフォストロベリーを怪獣災害から助けてくれ」
「もちろんです。プロですから」
「あ、あと、万羽のセクシーショットを」
「撮影記者として追いかけてみたらどうですかね?」
「……と、撮ってもいいのか?」
「ふふ」
意味深な笑みとともにチェキカメラを置くと、彼はゆっくりと手に取った。
今まで薄かった目が興奮して開き、わずかながらエモ力の上昇を感じ取る。
彼の下腹部も痛いほど持ち上がっていた。
「さて、木津裏さん。話の主導権を握られた感想はどうですか?」
「――!?」
彼は慌ててカメラを置き、誤魔化すように咳き込んだ。
「ぼ、僕はそんな目で万羽を見ていない」
「ならそのチェキカメラは返してもらえますか?」
ガシッ。スッ――
「だめだ。これは僕が預かる」
彼はチェキカメラを掴んで身を引いた。
強欲な糸目高校生め……と思いつつ、聞く。
「つまりセクシーショットが撮りたいと?」
「僕はこの高松学園都市をまとめ上げる月詠生徒会風紀部の役員だ。風紀を乱すような物品は没収する」
「ふふ、上手い言い訳を考えましたね」
「名刺を見ていないのか?」
「図書委員って書いてありましたよ」
「僕は風紀部だ!」
「もちろん知ってます。……上手く撮れたら教えて下さいね?」
「くううっ、用事があるので失礼する!」
バンッ! カランカラン――
彼は私のカメラを奪って店の外に飛び出ると、走り去ってしまった。
「……行ったモルか」
「とりあえず事件は起こしておきました。可愛い反応だったなぁ」
「流石モル。喫茶店のマスターさん、店の鍵を閉めておいて欲しいモル」
「かしこまりました」
そこで渋めのイケオジマスターが鍵を閉め、「ではご武運を」と店の奥に案内してくれる。次は……万羽燐ちゃんくんが味方かどうか確かめないとな。
エモ力が高いだけあって手こずるかもしれない。
マジカルステッキを取り出し、警戒しながら奥へと向かった。
奥には大きな事務室と四畳半の休憩スペースがあって、搬入されたばかりのハイスペックそうなデスクトップPCや、業務用巨大3Dプリンターなどが並んでいる。
「さっきはしてやられたぜ、プリティコスモス」
「わあ無力化されてる……」
そしてさらに、目を覚ました万羽燐ちゃんが椅子に拘束されていた。
変身アイテムも没収されてアクリルケースに飾られたというのに元気だ。
「あのフォームは一段階の暴徒鎮圧用。さらに上の二段階目、三段階目になるには、さらにトリガーを引いて連続変身する必要があったんだ。だからちょっと待ってくれたらオレが勝ってた!」
「んー、あなたの固有魔法は」
「ヒートソード! 超高熱の剣は分厚い鉄板も断ち切る!」
「そのわりには戦闘経験がなさそうですが」
「他の補助兵装はあの大人たちとの戦闘で使い尽くしたのっ!」
技術支援チームを見ると「楽しい追いかけっこだった」と笑顔を浮かべた。
さらには服をめくって、
「これはその戦闘で万羽くんに斬られた傷!」
「わあ焦げてる」
などとえぐれて炭化した脇腹を見せ、さらに自動修復の様子も見せてくれた。
肉がボコボコっと盛り上がって炭化した部位ごと治るのは凄い。
話を聞くとどうやら神業レベルの治癒魔法を使ってプロ造形師をしていたらしい。
なるほどなるほど、思ったよりも面白い人が集まっている。
「願叶さん」
「なんだい?」
「念のために聞きますけど、彼らは味方サイドですよね?」
「我々の味方だよ。人体実験を自分自身にほどこしてしまうタイプだけど」
「相当マッドなサイエンティストじゃないですか……」
「そうだね。でも技術力はたしかだ。緊急時には医療チームにもなれる」
「必須級の人材ですね」
「あのー、準備できました! 何をすれば?」
パソコンの起動など終えた技術支援チームの四名は、私たちの指示をじっと待つ。
願叶さんが私を見たので、ダント氏に指示を出した。
「とりあえずエモーショナルクラフトを与えますか?」
「そうモルね。おもちゃは必要モル」
「エモーショナルクラフト!?」
「工業魔法をお持ちなんですか!?」
「どうぞモル」
「「「うおおおお――!」」」
USBメモリーを受け取った彼らはこぞってパソコンに差し込み、インストール完了と同時に目の前に現れたピンク色の円柱や立方体を見てガッツポーズした。
「念願の対怪獣兵器作れるー!」
「早く貸してくれ! 俺は飛行ユニットを作る! 魔法少女に付けるバーニア!」
「あの願叶さん。もしかして彼らのご出身は」
「怪獣や魔物のフィギュアを作っていたけど、斜陽になって数年前に倒産した企業「ダイナソーズ」出身だ。タイミングよく流れ込んで来ちゃったね」
「わあ……」
もう必然の騒動すぎて驚くことしかできない。
私はよだれを垂らして眠りこけている特進コースの万羽燐という子を見て、彼女と糸目高校生くんの取った行動の正当性を知り、拘束を解いた。
「おーい。起きてください」
ペチペチ――
「んひゃあ!? あ、遠井上さん!」
「おはよう万羽燐くん。どうやらお互いに疑心暗鬼になっていたようだ。釈明をしたいから学校まで案内してくれるかい?」
「分かりました! あっ、分かったぜ! えへへ」
寝起きでキャラがブレブレなのは多分、男の子の演技をしているからだろう。
ひとまず彼女を仲間に加え、願叶さんとともに月詠学園に向かうことが決まる。
喫茶店側に出ると、喫茶店マスターの渋めのイケオジ氏が口を開いた。
「移動されますか?」
「え?」
「ああ。頼むよ池小路」
「か、願叶さん?」
「かしこまりました」
彼が近くの棚を掴むと、まるでカーテンのように空間ごと引っ張られ、喫茶店「デミグラシア」がハンカチのように綺麗に畳まれて彼のポケットに入ってしまった。
急に大通りに放り出された私はびっくりする。後ろを見れば空き地だった。
イケオジ氏は両手に黒い皮手袋をつけてパンパンとはたく。
「次はどこに出店しますか?」
「ひとまず月詠学園だ。ついてきてくれ」
「了承しました」
「願叶さん願叶さん」
「彼は池小路。月詠プラント・マーケティング部門所属の名誉部長だ。技術支援チームの一人だよ。そして喫茶店デミグラシアは、デミグラッセの支店を出店する前に事前調査目的で建てる移動拠点型マジックアイテムだ」
「こちらは空間魔法を応用して私が作りました。空き地や廃屋に向かってテーブルクロスを広げるように使用します」
「わあすごい……」
全部をしっかり説明されることにも驚く。
ソレイユの企業って私の想像を五倍くらい超えてきてカッコいい。
そうワクワクしながら、男子制服姿の万羽燐ちゃんを道案内役に、月詠学園の存在する中央自治区に向かった。