第171話 おじさん、魔法事件の多い街「高松学園都市」に行く
翌日に訪れた香川県の……ええと、本陣?とかで食べた讃岐うどん(かけうどん)は最高だった。
麺がもちもちというか、ギュッギュッというか、とても噛みごたえのあるのに柔らかくて、ああえっと、コシがあって。
ダシもしっかり効いてて、ええと……ダメだ食レポをするほどの語彙力がない。
とにかく美味しかった。クセになったかも。
「また食べたいな~」
「いつでも食べられるさ」
「わーい」
リムジンの車内で願叶さんとそんなお話をしていると、高松市の青い交通標識が通り過ぎるのが見え、前方に透明な半円形ドームで守られた企業都市群が現れた。
「願叶さん、あれは?」
「あれが高松学園都市。月詠プラントのエモーショナルエネルギー研究施設群だよ」
「わあ、たしかに海沿いですね」
「ははは、そうだろう? 市内全てを掌握すればどこでも海沿いさ」
「これが金に物を言わせるということモルか……」
月詠プラントは高松市そのものを掌握しているのか。超大企業だ。
内部に入ると、急に東京の都心に迷い込んだかと思うほどの巨大なビル群と、大小さまざまなフリースクールが並び立つエリアに入る。
外の景色を見ていると「高松学園都市・中央自治区」という青い交通標識が見えたので、到着が近いのだろうか。いや、これから?
すると運転手さんが路肩でリムジンを止め、こちらを向いた。
「失礼、願叶さま。ライナさま」
「は、はい!」
「技術支援チームから南区に向かうのはあとでいい、月詠学園の生徒たちがお呼びだからとの連絡です。いかがなさいますか?」
「いや、プラン通りでいい。かわりに急いでくれ」
「かしこまりました!」
「うええ!?」
リムジンはギュアアアと発進し、エンジン全開で高松学園都市を疾走する。
急にどうしたのだろうか。
「どうやらライナちゃんのことを思っていたより待ちかねていたみたいだ」
「い、急いで向かってるだけですかね?」
「そうだよ。待ちかねすぎて技術支援チームを強襲するほどだ」
「許せませんね! お仕置きです!」
「助かる!」
「マジックバリケードを突き破ります! 衝撃に備えて!」
急いでダント氏を抱きしめ、近くの手すりを握る。
カースタントのごとく何かに乗り上げ、数秒ほどふわふわと宙に浮く感覚がして、ガシャーン、とガラスのような何かを突き破った。
ドン、という衝撃とともにリムジンは着地し、ドリフトを決めて停車する。
「外に出たら即戦闘かもしれない。魔法「銀」の防御を構えておいてくれ。ああそれと助けるのは大人の方だ! 行くよ!?」
「はい! ダントさん!」
「分かったモル!」
ダント氏を肩に乗せ、背中に隠しておいたマジカルステッキを取り出す。
願叶さんが扉を開くと同時に車外に飛び出した。
「防御!」
「――おいおい、変身はナシかよ!」
そこは大通りに面した喫茶店「デミグラシア」という個人経営店の前。
壁際で待っていたのは、赤いラインの入った冬服ブレザーを着た男子生徒。
女子にも見える中性的な顔つきで、前髪の一部が赤い。彼が主犯か?
さらに彼の近くには四人の研究職らしき成人男性がロープで縛られている。
念のためにマジカルステッキを見せて構えると、その生徒はニッコニコになる。
すると男子生徒が叫んだ。
「平和主義者なんだね! 嫌いじゃないわ!」
オカマ……?
いや相手をする余裕はないな。
「先に一つ訂正してもいいですか!」
「ひぇ、な、なんですか?」
「私は今、ひじょーに怒っています。技術支援チームの拘束を解いて降参してください。負けたいなら話は別ですが」
「ッ、この! オレを舐めたこと後悔させてやる!」
「警告はしましたよ。――変身!」
カチッ――
『魔法少女プリティコスモス! 純正式礼装!』
底ボタンを押し、ピンクのコスチュームに変身する。
すると対戦相手である男子生徒は戦いも忘れて狂喜乱舞した。
「うっひょー本物だー!」
「え?」
「本物プリティコスモス! 正真正銘の本物プリティコスモスだよ! すげえ!
あ、あのあのあの握手お願いします!」
「あ、はあ」
言われた通りに握手をすると、彼は飛び上がった。
「可愛い~~~~! 推せる~~~~――――!」
「ええ……」
私は困惑するばかりだ。
そこで肩を叩かれ、視線を向けると願叶さん。
警戒しつつ状況説明を求めた。
「これはどういうことですか?」
「どうしても君のマジギレ変身シーンが見たいと頼まれてね。彼は月詠学園・中等部一年の生徒、万羽燐くん。月詠プラントへの入社が決まっている特進コースの生徒で、そして技術支援チームの主要メンバーだ」
「わあ少し特殊……」
彼も私のファンなのか。やはりちょっと特殊だ。
でも満足させられたのならいいか。
ステッキを下ろすと、急に彼は背中からハンドガンのようなものを取り出す。
デザートイーグルのような見た目をしている大口径ハンドガンだ。
「あ、待って! 今ちょっと素が出たけど!」
「わ」
「オレは他の特進コースのやつと違って戦闘もできるんだぜ! レッツデュエル!」
「ええと」
願叶さんを見る。
とても驚いたような顔だったが「乗ってあげなさい」と言われた。
なら仕方ない。乗ってあげよう。
「それがあなた達の武器ですか?」
「ああそうだぜ! 正式名称はミステリウム・ペルソネード! ミステリウムという魔法触媒が内蔵されたハンドガンで、通常使用ならリロード要らず!」
「なるほど。変身方法は?」
「き、気になる!? シャインジェリーという液状魔法弾頭の入ったエモーションマガジンをグリップの下部から挿入して、スライドを引き、引き金を引くんだ! あ、ちょっと待って」
カチャカチャ、と腰回りを探るも、特にマガジンなどが付いている様子はない。
状況を理解したとたんに彼は泣きそうな顔になった。
「ああっ、あの、遠井上さん! マガジン無くしました! 持ってませんか!」
「しょうがないな。そこだよ」
「ああー! 落ちてただけかー! よかったー!」
指さされたのは彼の足元に落ちた黒いマガジン。
ぱあと可愛い笑顔で拾った彼は、慣れた手付きでリロードし、足を前後させて身体を斜めに傾け、銃と肩の位置が三角形になるように構えながらトリガーを引いた。
「変身!」
パン、と乾いた銃声がして、彼の真正面に畳大の赤い半透明ガラスが出現する。
彼が飛び込んで割ると、前髪の赤い部分と制服のラインが赤く光り、ハンドガンから片刃の赤熱ブレードが生えた。ガンブレードってやつか。
「おお~」
「名付けて霊奏者! 月詠学園に所属する生徒の基本兵装だ!」
「カッコいいですねえ!」
「だろだろ!? 制服選びでめっちゃ迷ったんだよー!」
「はい。ではデュエルと行きましょうか」
カチッ――
『プリティコスモスソード!』
「ええ!? ちょ、ちょっと待って……!」
しかし実戦の心構えはないようだ。
私の持つ儀礼用両手剣を見るなり怯えて後ずさった。
中性的な顔もあって可愛らしいし、許してあげたいけど、初戦なので油断しない。
一歩一歩、距離を詰める。
「安心してください。あなたが私の本気変身が見たかっただけなのも、自分の装備を見せびらかしたかっただけなのも、良く分かってます」
「じゃ、じゃあどうしてぇ」
「そのために技術支援チームの仲間を裏切ったお仕置きです」
カチカチッ――
『エモーショナルタッチ! プリティコスモスラッシュ!』
「待って待って待ってごめんなさい~~~~!」
「友情は命より重い! 復唱!」
「友情は命よりも重いぃ!」
「たいへんよくできました! 天誅!」
ザンッ――!
「ぎゃあああ――――っ!」
出力を抑えたエモーショナルな必殺斬撃で頭頂部から真っ二つにする。
強制的に彼の変身解除され、武器であるハンドガンが地面を滑った。
そして当然のことながら魔法少女の攻撃は人命を傷つけない。
ゴロゴロゴロ、ドンッ!
「ぎゃんっ!」
彼はノックバックを受けてゴロゴロと転がり、上下逆さまに壁にぶつかって、ひっくり返ったまま気絶する。
その際にブレザーとシャツがまくれて、わずかながら胸の膨らみが見えた。
「え、女の子?」
「生物学的に言えばね。でも万羽燐くんの性自認は男性だ」
「ああ、ちゃんと配慮してるんですね」
月詠学園はマイノリティにも配慮している学校などだと分かったので、あまり人に見られないよう直してあげつつ、拘束されていた技術支援チームの四名を開放する。
助かった、ありがとう、迷惑をかけたなどとお礼を言われた。
「主任、ど、どうしましょう」
「ううむ、自業自得とはいえなあ……我々に触られると泣くかもしれん」
「ですよねぇ……人体実験されたって言われたくない」
「はあ、彼の介抱は私がやりますよ」
「「「た、助かります!」」」
そして最先端技術を扱う研究者特有の倫理観からか、子供である万羽燐くんちゃんに触れるのをためらっていたので、私が代わりに抱えた。
ちょうど喫茶店デミグラシアに入るところだったらしいので、そのまま運び込む。




