第168話 聖ソレイユ女学院修了式
十二月最後の登校日には、恒例行事のミサが行われる。
普段の白い制服をマジタブのカスタマイズ機能で黒に替え、正面校舎の隅に作られた献花台にシオンという花を一輪づつ置いていくのだ。
この日は全ての生徒が、陣営間のいざこざを忘れて黙祷を行う。
魔法少女になんらかの恩があるのか、外部の大人や権力者も訪れて、同じように花束を手向けていった。
現場で働く方々との顔合わせという意図もあったりするらしい。
「新入生か」
「は、はい。夜見ライナです」
「……時代は変わるものだな」
「ありがとうございました……」
最後の訪問者への対応が終わり、生徒会役員としての今年最初の仕事が終わった。
今の老人さんといい、なんか謎を抱えた言い回しが好きな人が多い。
献花台に手向けられたお花は、先生たちの手によってエモーショナルエネルギーに還元され、精霊の卵であるウィル・オ・ウィスプになって今年の最後を彩る。
和名では不知火と訳される青い火の玉は、風に逆らうように飛び、海の中へ帰るのだ。
「夜見さん。サーキュラーで見た感想はどうモル?」
「……んー、ノーコメントです」
赤城先輩との座学のおかげで色々と分かるようになったから、全て分かっていても、答えをはぐらかす会話術を覚えた。
一歩間違えれば現代社会の闇に入ってしまうので、魔法少女がいかに境界の境目を渡り、危険を犯しているのか。
社畜時代の経験も相まって嫌になるほど見えてしまう。
「そろそろ赤城先輩のところに戻りましょうか」
「分かったモル」
せめてこれからの未来を歩む子たちが迷わないよう、私が出来ることを精一杯頑張って、道筋として残すのが私の使命かもしれない。
そんなうぬぼれを心地よく噛み締めながら、安心できる場所に帰った。
「早く叩き起こさないと先輩が遅刻します。ブースト!」
現在の時刻は朝の五時。タイムリミットは五分。
聖ソレイユ女学院の修了式は早い。
◇
「赤城先輩! 朝ですよ!」
「むにゃ」
「朝は低血糖だからもう……!」
寮の自室に戻ってすぐに、私のベッドで爆睡している赤城先輩を抱きかかえる。
近くにあった駄菓子屋で売っている瓶ラムネの蓋を開け、口に突っ込んだ。
「ほら、補給ですよ」
「もぐもぐ」
カタカタと揺らし、ブドウ糖を急速充填していく。
しばらくしてカッと目を開いた。
「もはよ」
「おはようございます。修了式のお時間です」
「秒で準備するね」
どこからともなくマジカルステッキを取り出して一振り。
エモーショナルな力で女学院の制服(黒バージョン)になり、メイクもバッチリ決まった。最後に口臭ケアの歯磨きとうがいを行い、マスクを付けて準備完了。
「おまたせ。どこに集合だっけ?」
「それぞれの教室です」
「送ってあげるね」
赤城先輩が肩に触れると、Z組の教室までテレポートする。
私との座学が長引かなきゃ、きっと遅刻知らずなんだろうなぁと思った。
本当に便利な魔法だ。
「はあ、まだまだ届かないかも」
「夜見おはよ。何の話?」
「ああ、おはようございますいちごちゃん。それと、みなさん」
「いつも通りあだ名で呼んでくれないんですの?」
「それとも本名の方がええ?」
「うわあみんなが優しい~」
席に付くと、中等部一年組のみんなと久しぶりに会う。
全員でわちゃわちゃーと手で触り合って友情を確かめ、あらためて席についた。
いちごちゃんの質問に返事をだす。
「今は実戦講習の座学を学んでるんですけど、赤城先輩はびっくりするぐらいに優秀な人で、まだまだ敵わないなぁって、声に出ちゃいました」
「勝手にそう思ってるだけやろ?」
「そうかもしれませんね」
「今までの映像を見るに、戦闘力では確実に夜見さんの方が上です」
「わあミロちゃんがデータキャラになっちゃった……」
「そ、そういうキャラ付けですっ」
フチなしメガネをクイッと上げたミロちゃん。
今はどうやら人気獲得のために試行錯誤しているらしい。
学年一位の天才ということもあるので、安定を取ってメガネをかけたそうだ。
まあ? 私はランキング一位だし。さらなるアドバイスをしておこう。
「ふーん? でもツインテールも似合うと思いますよ?」
「属性をかぶらせようとしないでください!」
「たしかに属性被りは人気度が散るような気がしますけどね」
「はい? ええ? ちょっと何を」
「まあまあ大人しく聞いてください」
席を立ってミロちゃんの背後にまわり、さらさらストレートの金髪を梳いた。
気持ちいいのか、静かに受け入れてくれる。
その隙にヘアゴムを用意し、髪を束ねながら話した。
「実際は逆です。同じキャラ付けの仲間は多ければ多いほどいい。さらに言えばお互いのキャラ付け、属性という共通の話題を作ることで、関係性を匂わせられたり、仲の良さをアピール出来るんですよ」
「へぇー……貴重なご意見をありがとうございます」
「どういたしまして。今日からあなたもツインテール族です」
「へ?」
「あははミロ可愛いー」
「おそろいで似合うやん」
パシャ、パシャ。
「ぎゃあああ! 炎上する!」
いちごちゃんやおさげちゃんに私とのペア写真をすっぱ抜かれて、マジスタに上げられる。
私は赤城先輩の恋人という設定(で本当に付き合っている)なので、カップリングが変わるようなペア写真を取られるとファンにアカウントを燃やされるのだ。
不憫キャラは可愛い。誰であっても。この世の真理である。
慌てて外そうとしてももう手遅れだ。
キーンコーンカーンコーン――
「あ、修了式の時間ですね。第一校庭に行きましょう」
「謀りましたね夜見さん!」
「学力は学年五位ですからね。ライバルとして足を引っ張らないと」
「ううう~」
「ふふ、見てる分にはいい気分ですの」
「次はサンデーちゃんの番かもしれませんよー?」
「はぁぁ……っ!」
マジタブで炎上に対処するミロちゃんの背中を押して移動しつつ、恐怖で凍りついたサンデーちゃんの手を引き、おさげちゃんやいちごちゃんにはウィンクをしておく。
「夜見も人付き合いが上手くなったわね」
「学校に慣れてきたみたいです」
「そう? 良かった」
いちごちゃんやおさげちゃんの仲も程よい。
中等部一年組の心が一丸になった感じだ。
「急に仲が良くなったモルけど、夜見さん何かしたモル?」
「忖度が身を助けました」
「頑張ったモルよね……」
「ええ……」
入学してからの苦労の連続を思い出す。
特に、遠慮して一問だけ間違えておいたのが功を奏した。
実は私以外の中等部一年組は700点満点を取っているのだ。
完璧に見える魔法少女ランキング一位に存在するわずかばかりの欠点。
相手にマウントを取らせられるうえ、私が完璧に執着するきっかけになるので、過去の自分を褒めてあげたい。
そんなことを考えているうちに第一校庭にたどり着いた。
ざわざわざわ、がやがや。
「相変わらずマンモス校ですねー」
約五千人もの女学生が校庭に整然と並んだ様子は、どこかの軍隊のようで壮観だ。
一年Z組の最後尾に立ち、修了式の開始を待つ。
校長代理――紫髪のチャイナ服ロリ娘が壇上に上がると全員静かになった。
「えー、これより、聖ソレイユ女学院一学期の修了式を始める。まずはよく頑張った。これからも修行に励むように。以上」
演説が終わった。
先生のお話は短ければ短いほどいい。
一部の生徒が口笛や「流石です代理ー!」と叫び、称賛した。
うーん民度の多様性。
続いて教頭先生が壇上に上がる。
「はい。皆さん今年もお疲れ様でした。来年のことですが、先にお伝えしておくことがあります。校長代理の欧州茅先生は、国が荒れているということで緊急帰国されることになりました。盛大な拍手で見送ってください」
教頭先生に合わせて全員が一斉に拍手をすると、それはもう轟音。
在任期間は短かったとはいえ、校長代理も嬉しそうに涙ぐんだ。
しばらく鳴り響き、手の痺れでやむと、教頭先生はこう締めくくる。
「通知表はマジタブの魔法少女ランキングから確認できます。寄り道せずに家に帰って、ご両親と確認してくださいね。ああ、旅行先でも気をつけて。では解散!」
ワッ――
一斉に女学生たちが帰宅し始め、私も流されるように正門前にたどり着いた。
バスに乗り込み、しばらくお別れになる聖ソレイユ女学院の正門校舎に向かって手を振る。
最後に前を向けば、ここはやっぱり昇降口で、おさげちゃんと向き合っていた。
「こうなるんも久しぶりやなぁ」
「やっぱりこれが一番ですね」
「くふふ。分かるわ」
「でしょ?」
全寮制より通学制の方がいろんなことがあって楽しい。
インスタント部活動の活動に支障が出ている、ファンとの交流に差し支えがある。
そういう苦情が相次いだので、聖ソレイユ女学院は二学期から通学制に逆戻りだ。
「急な改革を目指すより、まずはお手本通りにやったほうが効率がいい」
と全寮制を仕組んだ誰かに向けて、マジスタにコメントを上げる。
すると他の誰でもなくリズールさんから最速でいいねが付き、ああ、次の争点になりそうだなと嬉しくて笑った。