第162話 おじさん、新しい評価制度を考案する
それでも不安になったので深夜に外出していてもいいのか先輩に訪ねた。
デミグラッセは今どきでは珍しい二十四時間営業のファミリーレストランなので、長居していてもルール上は問題ない……らしい。そして。
「……本当に補導されないんですか?」
「資格者IDカードと警察手帳は持ってるよね?」
「はい」
制服の裏ポケットから取り出し、ちら見せする。
「見せれば同僚だって分かってくれるよ。課外活動権もあるし」
「いいのかなぁ」
「現場の空気を読むのがお巡りさんのお仕事だから大丈夫。それより、他に必要な対応について思いついた?」
「ええと、まずは災害救助マニュアルを基本に行動するんでしたよね」
「はい復唱」
「事件や災害が起こったら、個人で衣食住を完結させた上で、所属している民間魔法少女組合の上司、女学院なら各陣営リーダー、生徒会執行部に災害救助の許可を得てから駆けつける。独断での行動は最低限にすること。あ、ゴミも残さない」
「大事なのは駆けつけてもいいから上に話を通しておいて欲しいって部分ね」
「現場は混乱しているから?」
「そういうこと。人は緊急時でも指示さえあれば冷静に動けるの。突入した自分が何者で、何をしに来たのか短く簡単に話し、道中に構築したセーフルームの場所を教えて、最速で事件の現場に向かう。災害時は徒歩で。これが基本になります」
「分かりました」
覚えるためにシャープペンシルでカリカリとメモを取る。
ふと疑問が生まれた。
「民間人と怪人を見分ける必要は」
「ありません。事件を起こさない限りは怪人も人として扱います」
「赤城先輩の判断基準は分かりやすいですね」
「ただし事件の内容はしっかり頭に叩き込んだ上でだよ? 単独犯か複数犯かはしっかり覚えておくこと。その上で、事件の主犯でない限りは見逃す」
「どうやって見分けるんですか?」
「夜見ちゃんはそのためのカラーコンタクトレンズを貰ったよね」
「ああ中等部書紀の方の墨田先輩に貰った、ええと」
「魔法陣眼モル」
「そう、サーキュラー!」
「でもまだ使いこなせてないモル」
「そうなんですよね」
「使い方はシンプルだよ。五秒くらい瞬きをやめるだけ」
「へえー」
「あ、ここではやっちゃダメ。バカみたいに魔法陣が見つかって目が疲れるから」
「ああ……」
またあとでやろう。
「つまりは、サーキュラーで魔法陣を見つければいいんですね?」
「そ。魔法を使うと必ずその場に生まれるからね。使用したタイミングが近いほどエモ力の残滓が色濃く残ってるから、犯人にたどり着く手がかりになる」
「エモ力の残滓?」
「色はさまざまだけど、んー、見た目はチリチリと火の残ってる燃えカス? あー、炭の欠片、熾火って表したほうがいいかな。これは絶対に消せない」
「あ! ダントさんあれじゃないですか!?」
「これモル?」
ダント氏が取り出したのはランタンに入った青い火。
炭がチリチリと燃えている。赤城先輩は苦笑した。
「それは斬鬼丸さんの身体の一部だね。ただの魔力」
「あれ、違いましたか」
「んーとね、あー、こうかな。魔法陣が蚊取り線香みたいに燃えてる感じ」
「分かりやすい例え」
「それが主犯の背中に焼き付いてるんだよ」
「本当に一目見れば分かりますね。業界用語とかありますか?」
「烙印って呼ばれてるね」
「つまりは烙印を押された怪人を探すのが魔法少女のお仕事ですか」
「そういうことになります。夜見ちゃんは理解が早いね」
「どもです。烙印探しと配信の関係性についても思いついたんですけど、魔法少女の確認不足で見逃した主犯を視聴者視点で探してもらうための配信業なんですか?」
「大正解」
赤城先輩は嬉しそうに親指を立てた。
「収益やファン稼ぎ目的とか思われてるけど、本当はヒューマンエラー対策なんだよ。だから活動中はライブ配信を欠かさないように」
「気をつけます。なるほどなあ……」
「他に質問はある?」
「ん、ん? ちょっと話変わります。思ったんですけど」
「どしたの?」
「現行の魔法少女ランキングのままじゃ、システム的な問題で評価制度がまともに機能しないんじゃ?」
「き、急に突拍子もないこと言うね。どういうこと?」
「魔法少女ランキングで測られるのは、魔法力、学力、人気度の三つです」
「うんそうだね」
「これは学生としての優秀さを図るだけで、実戦能力が正確に測れませんよね?」
「ランキング制度に欠陥があるってこと?」
「いえ、魔法少女ランキングは必須です。ただ……」
「ただ?」
赤城先輩はズイ、と身を乗り出して聞いてくる。興味津々だ。
この発想で世界が良くなるかは分からない。
言うべきか迷ったけど、言ってしまおう。
「マジカルスポーツチャンバラってあるじゃないですか」
「あるね」
「その対応能力を図るランキング、チャンバランキングが必要だと思ったんです」
「ちゃ、チャンバランキング?」
目をパチクリさせる赤城先輩。
分かっていなさそうだ。少し噛み砕いて説明しないと。
「魔法少女ランキングと違ってこっちは完全に実力至上主義で、チャンバラの勝ち負けで順位が決まるランクマッチを一本先取でやるようにして。そうしたら聖ソレイユ女学院に溜まってるモヤモヤした鬱憤を晴らせて、年功序列を正せるかなって」
「ああ~なるほど、いいねー」
「ほ、他にも! 魔法少女ランキングが下の方でも、年下でも、チャンバラ力の高さで対抗できて自己肯定感が高まると思って、提案しました」
「うん、よく考えられてるね。提出に向けて動いていい?」
「え?」
驚いて目を丸くする。
ぽんぽんとダント氏が肩を叩いた。
「ソレイユの是正が終わったから、次は女学院の番モル」
「よく分からないんですが……」
「実はさ、争奪戦だけじゃ後輩への指導が足りなくて行き詰まってたんだよね」
「わ、ちょうどいいタイミングですね」
「理由わかる?」
「分かんないです」
「ここに斬鬼丸さんの一部があるから」
トントンとテーブルに出されたランタンを人差し指で叩く先輩。
ええと、分からない。
「混乱してます。どういうことですか?」
「説明はいろいろと出来るけど、分かりやすく言うと魔力を正しく使ったから」
「正しい使い方?」
「このランタンの正式名称は精霊灯台。エモ力をランタンに捧げる代わりに、いいアイデアを導き出してくれるの」
「アニミズム的な感じですかね」
「そういうマジックアイテムなだけです。夜見ちゃんの案を提出してもいい?」
「わ、ええと」
こまりに困って、指を突き合わせながらダント氏を見ると、すでにプレゼン資料の作成に取りかかっていた。彼はこう言う。
「判断は短いほど的確に下せるモルよ」
「考える時間を与えてくれないだけじゃないですかー」
「でも夜見さんはやりたいことをもう口に出したモル。あとは決断するだけ」
「とは言ってもですね?」
「まだ何か不安な点があるの?」
「みんなが受け入れてくれるかどうか分かんなくて……」
「じゃあ投票制にしよっか」
「いいですね」
「決まりね。過半数超えたら可決。ダメなら否決」
「お願いします」
「オッケーちょっと待っててー、みんなに話を通しておくから」
赤城先輩はマジタブをタパパパと爆速タップしてメッセージを送り、真夜中なのに電話をかけたりし始めた。最初の電話相手は副会長だ。
「もしもしヨーコちゃん? ……ふふ、怒んないでよ。実は夜見ちゃんが面白いアイデアを提案してくれてさ。うん。概要はメッセージの通り。あ、用意してくれる? ありがと。うん。詳細はあとで送るね。おやすみー」
ツーツーと電話が終わったかと思うと、続いて州柿先輩、聞いたこともない名前の先輩などなど……どんどんと話が広がっていく。私は人脈の広さに驚くばかりだ。
「――うん、あ、伝えてくれる? ありがとーすごい助かるー。詳細が決まったらまたメッセージ送るね。ばいばーい」
最後の相手である赤陣営の誰かとの通話が終わり、先輩は私の方を向いた。
「夜見ちゃん」
「は、はい」
「過半数集めておいたよ」
「ひええコネクションチート……」
「そうでもないよ? もっとヤバい子は国を牛耳ってる」
「く、国って?」
「日本とかかな」
「うううこの学校怖すぎますよぅ」
「権力者っていうのはね、金、地位、名誉はいくらあっても足りないの」
「もうだめです心が折れちゃいます」
「大丈夫。赤城先輩が全員のメッキをバラバラに剥がしてやるから」
「せ、先輩?」
「実は前々から気に入らなかったんだよね。親の威光を借りて女学院を自分の庭のように荒らし回ったり、一般家庭の子に対して威張り散らすやつらが」
そこでふと思い出した。海辺の家での会話を。
この人、ガチガチの反体制側だった。
というか魔王とか呼ばれてたり、よく考えればロクな異名じゃない。
カチャッ……
「……」
背中のステッキに手を伸ばす。
ここで止めるべきじゃないのか?
ゆっくり抜こうとすると、ダント氏が呼び止めた。
「夜見さん」
「は、はい?」
「いじめや不登校がなくならないのはどうしてか分かるモル?」
「急によく分かりませんが……どうしてでしょうか?」
「生徒たち主導で民主的に発足され、生徒の話を聞いて、学びやすい環境を作るべく精力的に活動するべき生徒会が、支持者である生徒たちを見ていないからモル」
「わあ新鮮な視点ですね」
「忙しいからこれ以上は話せないモルけど、少し考えてみて欲しいモル」
「ん……」
こういうのって勝手に結論つけちゃうから考えたくないんだよなぁ。
でも、いじめ問題が深刻化するのは教職員だけではなく、生徒を導くべき生徒会の問題でもあるのでは、という視点は本当に新しい。
司法と行政、三権分立の観点から考えると、教職員つまり先生は、生徒を怒ったり時に出席を停止させる権限があるから司法で、この学校の生徒会は生徒の意見を汲み取って新しい校則を作ったり、部活動に対しての予算分配を決めるから行政で。
その可否を決めたりするのも内閣である生徒会だとしたら。
「三権分立が成立してないなら腐敗と独裁が横行するなあ」
「私が紫陣営を立ち上げた本当の理由が分かった?」
「赤城先輩の行動には民主主義的な正当性があるんですね」
「そういうこと。私が目指してるのは陣営統一じゃなくて、全ての陣営を残しつつ、それぞれの代表者が会議を行う会議場を作ること」
「全校集会じゃダメなんですか?」
「話がつくと思う?」
「無理ですね。ああつまり、代表者を絞るためにチャンバランキングを利用する感じですか?」
「当たり。魔法少女は現場にでて怪人を倒すことがお仕事。だから頭が良くて人気があって強い子が代表者でいいんだよね」
「むむむ……」
うーんマッチョイズム。
それだと頭が悪くて人気がなくて弱い子、うう、言ってて心が苦しくなる。
そういう子の取りこぼしが起きそうだけど……
「弱者の代弁者は……あ、先生か」
「学校社会、さらに言えば教育のあるべき姿だよ。生徒会と陣営の代表者会が抱えられるだけ抱えて、そこからこぼれ落ちちゃう生徒を先生という大人が救う。聖ソレイユ女学院だけでもそういう学校社会になった方がいい」
「なるほどなぁ」
生徒一人ひとりが学校治安に対して主体性を持つべきなのか。
だから生徒会とはまた別に、生徒から代表者集団を選んで権力を分散させると。
ふふ、対立しすぎて生徒会に代表者集会の解散を採択された日とか考えると面白く感じてきた。面白いから乗ろう。
「とりあえず乗ります。赤城先輩の味方になってよかったです」
「ありがと。終わったらいっぱいデュエルしようね」
「夜の?」
「いや、普通のマジカルスポーツチャンバラ。夜はお互いに成人するまで我慢って決めたじゃん。それに特別授業の使い道としてもそっちの方が正しいでしょ?」
「ですね」
赤城先輩はしっかり女学院の未来を見据えてて凄いなぁ。
冷めてしなしなになったフライドポテトを食べながらそう思う深夜だった。