第161話 おじさん、赤城先輩に悩みを相談する
赤城先輩はとってもおしゃべりで、本当かウソか分からないような発言がスラスラと出てくるので、私もそれに合わせて真面目に取り合ったりして。
気がつけば昼食を取り、おやつタイムも過ぎて夕方になっていた。
なのでこちらから切り出してみる。
「そう言えばなんですけど」
「どしたの?」
「デート配信しなくてもいいんですか?」
「あー、んー、口実と本音は別」
「やらなきゃいけないことだけど、正直に言えばやりたくない?」
「うん。そもそも今出てる情報では警備隊案件だし」
「そうなんですか?」
「魔法少女のお仕事はね、そういう半グレ犯罪組織のバックに潜んでる怪人退治です。今はいつでも緊急出動出来るように待機中」
「へえー」
そうだったんだ。
てっきり一緒に遊んでいるだけだと思っていた。
どおりでデミグラッセの店員さんに怒られないわけだ。
「しばらくこれが続くんですか?」
「はい」
「暇ですね」
「だと思ってこんなものを用意しました」
トン、とテーブルに置かれたのは、赤城先輩のマジタブ。
タップをするとアプリストア「サクラメント」が起動する。
聖ソレイユ女学院指定のアプリのみが表示される、マジタブの基本機能だ。
先輩が見せてきたのは「ミステリアス」という名前のアプリだった。
「これはなんですか?」
「かわいい猫ちゃんに変身できるアプリ」
「わあ。変身したらどうなるんですか?」
「考えてみて」
「んー」
少し頭をひねる。
猫になったら、普段は聞けないような話を聞ける。
動物と喋れるようになる。色々と思い浮かぶけど、こう使うべきか?
「普段は入れないようなところに入れるようになる?」
「ブッブー間違い。答えは猫ちゃんなので何もしなくていいでしたー」
「ちょっと考えすぎましたね」
「たまには正解じゃなくて、世界一くだらないことを考えてていいんだよ」
「世界一くだらないことですか」
「なにかある?」
「ええと」
それもちょっとばかし考えてみる。
私の思う世界一くだらないことは、世界中のみんなを笑顔にすること。
叶わない夢だと分かっていても手を伸ばしてしまう、そういう生まれ持った熱だ。
……そう言えば赤城先輩には言ったことがなかったっけ。
「実は、世界一くだらない夢があります」
「なになに?」
「世界中のみんなを笑顔にしたいんです」
「壮大な夢じゃん。どうしてくだらないと思うの?」
「魔法少女になって、梢千代市に転校してきて、聖ソレイユ女学院に通うことを決めて。いざ魔法少女について学び始めたら、先輩や同級生たちの上昇志向が凄くて、自分はそれについていくだけで必死で。叶わないまま卒業するんだろうなぁと思っちゃって、くだらないなって」
「……まじかー」
先輩は眉間をつまんだ。
「もしかして夜見ちゃんって、すっごい無理してた?」
「あはは、まあ、はい。期待にそぐわないよう頑張ってます」
「オーケー、貴重な意見ありがとう。質問なんだけど」
「はい」
「笑顔にする方法っていうのは具体的に考えたことがある?」
「ああええと、実はないです。魔法少女ランキング一位になったら見えるかなと思ってたんですけど、もういきなり一位なので、どうしたらいいのかなって悩んでます」
「んー……もしかしてこれ、ワンチャンある?」
「なんでしょうか?」
「もしさ、ほとんどの生徒が、今の生徒会に不満を持っているとしたらどうする?」
「逆に満足してる方が怖いです」
「良かったー、夜見ちゃんはまともな子だー」
頭を撫でてもらえた。
嬉しいけど、少し嬉しくない。
「不満そうな顔だね」
「まあ、笑顔にする方法のヒントを貰えると思ったので」
「ないね。世界消滅の危機を起こすような巨悪は夜見ちゃんのおかげで消えたから」
「ですけど」
「ああいや、最近いたかな。魔法少女試験の日のリズールさんとか」
「また私間違えちゃいました?」
「間違ってないんだよ。正しい行為。だけど、夢を叶えるなら間違えるべきだった」
「人的被害とかその後の対応のこととか考えちゃいます」
「あはは、分かる。じゃさ、そういう漠然とした不安要素を消す方法を考えよっか」
「不安要素の消し方……なるほど」
なんだか急に思考がクリアになってきた。
姿勢を正す。赤城先輩もニッコリとした笑みを浮かべた。
「まずは人的被害を消す方法。何か思いつく?」
「戦闘が起こる場所にいる人の避難誘導とか、怪人を無人地帯に隔離するとか」
「いいね。活動資金の問題を考えるとどっちが正しい?」
「どっちも必要ですね。資金の問題じゃないです」
「その上で魔法少女である夜見ちゃんが取るべき選択だよ」
「ああなるほど、だったら後者ですね。避難誘導は民間人の協力者とか、近くの警察や消防の方々に任せた方がいい」
「一つ決まったね。怪人と出会ったら無人地帯に隔離する」
「おお」
急に魔法少女としての行動方針が定まってきた。
赤城先輩、問題点の洗い出しとアイデアの出し方が上手いなぁ。凄いや。
「よしじゃあ隔離方法も具体的に詰めよっか。何か思いつくかな?」
「あ、それならあります。結界術を覚えました」
「民間人を完璧に巻き込まないようにできる?」
「そう言われると弱いですね……」
「とりあえず一つ目の候補入りだね。他には?」
「ギフテッドアクセルで超加速して、物理的に捕獲し、強引に連れ去る」
「完璧に巻き込まない?」
「相手が同じタイプの能力者じゃないなら」
「第二候補だね。まだ思いつく?」
「……そういう隔離専用のマジックアイテムを使う、とか」
「わ、第三候補まで出た。凄いね」
「そんなアイテムがあるんですか?」
「夜見さんこれモル」
ダント氏が取り出したのは、銀の指輪――パッショントーカーだった。
ファンデット専用のレスバ決戦兵器と聞いていたが、それ以外にも使えるのか。
受け取り、まじまじと眺める。
「これってそういうアイテムだったんだ……」
「やっと分かってくれた。今日から薬指につけてくれると嬉しいな」
「婚約者の証ですか?」
「デート配信で使うし、あと赤城先輩にも嫉妬というものはございますので」
「付けます」
左手の薬指にスッとはめると、赤城先輩も同じ指輪を取り出して、同じ位置にはめた。記念に左手だけのペア写真を取ると、先輩は「大切なもの」フォルダに入れる。
「ちなみに詳しい使い方は」
「思考操作だから深く考えなくていいよ。喧嘩を売るときは中指を立てて、終わったら勝ちを宣言すれば戻るから」
「分かりました。ちなみに起動したらどうなるんですか?」
「怪人と指輪所有者を中心に、空間魔法で直径数十キロくらいの穴を開けて、戦闘用のエモーショナルフィールドを作ってくれるよ。市内戦では必須のアイテムだね」
「なるほど空間干渉系のアイテム」
ともかく、戦闘被害についてあまり考えなくても良くなった。
「これでまともに戦えます」
「良かった。じゃあ次はその後の対応について考えよっか」
「はい!」
赤城先輩への相談はそれから深夜まで続いた。
門限があるし、家に帰るべきだと思ったけど、それよりも魔法少女としてのアドバイスを受けたかったのだ。連絡は入れておいたからそれで許してもらおう。