第158話 おじさん、ソレイユ上層部が粛清されたと知る
視点は夜見ライナに戻って翌日。
遠井上家で朝の支度を終え、自室にある木製ドアから聖ソレイユ女学院の寮に移動すると、後ろから遙華ちゃんが抱きついてきた。
「らいなおねーちゃん!」
「わ、どうしました?」
「あのねあのね? はやおきできたよ!」
「わあすごい! とっても偉いです! よしよし」
「えへへー」
早起きしたので褒めて欲しかったらしい。
しっかり撫でて、抱きしめてあげた。
すると学校支給の白いマジタブに緊急メッセージが来る。生徒会広報部からだ。
読もうと思ったが、エラーが出て読めなかった。なんだろうこれ。
「おねーちゃん、それなぁに?」
「学校支給のマジタブです。ちゃんと見せたことはなかったですね」
「いいなーはるかもほしい!」
「そうですね……じゃあ遙華ちゃんが魔法少女になったら」
「ん」
遙華ちゃんはスッとマジカルステッキを取り出した。
あ、もうなってる。ダント氏を見た。
「渡すべきモル」
「二台必要なのでは?」
「今は遙華ちゃんといつでも電話できる状態にしたいモル」
「どうしてですか?」
「僕の予感が正しければ、梢千代市の平和が再び脅かされるモル」
「分かりました。遙華ちゃん、これを持っていてください」
「わーい!」
彼女にピンクのマジタブを授ける。
学校支給のものと同一アカウントゆえ顔認証IDの変更は不可能なので、スライド操作でのロック解除方法を教え、遙華ちゃんにも使用できるようにした。
「ほら、こうするんですよ」
「えへへおもしろーい」
感覚操作だからか、覚えが早い。
ちょっと教えるだけでスワイプやインターネット検索の方法も覚えてしまった。
タッチパネルは偉大な発明品だ。
すると遙華ちゃんは一つのアプリに興味を持つ。
「おねーちゃん、このエモーショナルクラフトってなーに?」
「ああ、たしか――」
ピロン。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
またしても学校支給のマジタブにメッセージが入る。
屋形光子先輩からだ。
ええと、改修工事による争奪戦中止指示は無視して、フィールドの攻略を続けろ?
「攻略して大丈夫なんですかね?」
「モル、言われてみれば。赤城先輩にそう指示されただけで、運営からは中止連絡が来ていないモル。実際は争奪戦は中止されていないモル?」
「何か裏がありますね……」
屋形先輩は行動基準が分かりやすくて逆に信頼できる。
何かしらの不利益を被りそうなので、対抗するために私をけしかけたいという魂胆なのだろう。あとで聞き取り調査することにしよう。
ピロン。
「わ」
続いて赤城先輩からもメッセージ。
梢千代駅にて市外民によるデモが発生しているため緊急出動中。
朝は眠みがつらいので夜見ちゃん助けて、だって?
「デモって、何があったんだろう」
「リズールさんを倒したからモルよ」
「ああ性転換事件が解決されるから……ええと、どうしてデモが?」
「これを見た方が早いモル」
ダント氏がマジタブで見せてくれたのは、今まさにデモが起こっている梢千代駅で撮影された動画だった。再生された途端にピー、という修正音が鳴り響く。
いくつか聞きとれた叫び声はこう言っていた。
『ロリっ子美少女の姿に戻してええええ――――ッ!』
『イケメンでいさせろおおお――――ッ!』
「うわぁ、やっちゃった」
どうやら性転換事件の解決は望まれていなかったらしい。
ダント氏を見ると、彼は大丈夫モルと言う。
「夜見さんは自分の仕事をしただけモル。責任を取るのは上層部モル」
「どうなるんですか?」
「すでに緊急賢人会議が始まっていて、魔法に関する規制法、20条あるうちの17条が廃止されたモル。さらにゲンさんが提出してくれた「大人でも魔法少女になっていい法」が長い審議を終えて可決されたモル」
「おお、つまり?」
「やっと上層部――上位聖獣グループの中にいた魔法少女規制派を一掃することが出来たモル。協力してくれたリズールさんやアリス先生には感謝が尽きないモル」
「……? ええと、騒動の解決と魔法規制になんの関係が?」
「騒動はただのきっかけモル。重要なのは夜見さん……のおじさん、夜見治さんを殺す選択をした上位聖獣たちを退任に追い込んで、しょっぴけたということモル」
「よっしゃ」
私はグッとガッツポーズした。
死んだことにされたのは恨んでいないが、人を殺しておいて名乗り出ない上層部とやらにはずっと怒っていたのだ。ざまあみろ。
「ついでに青メッシュ先輩に託されたエモ力横領の証拠もバラまいてやったモル。ロッカールーム終身刑が決まったモルから、一生地下暮らしモル」
「極悪人への追い打ちは大事ですよね」
犯罪者にも二種類ある。
可哀想な人と、同情の余地のない極悪人だ。
上層部の聖獣とやらは後者側の存在。
なので判決は終身刑か死刑のみ。
権力や地位の悪用はそれだけ重罪なのだ。
「だからこそ、惜しいですね」
「どうしてモル?」
「そういう悪人は私たち二人でボコボコに裁きたかった。上手くやりすぎですよ」
「次に活かすモル」
ダント氏のことだから活かしてくれるだろう。
……さてひとまず。
「そうそう。いちごちゃんたちに昨日のお礼をしないとダメですね」
「代理攻略のお礼モルね。贈呈用の缶入りバタークッキーを用意しておいたモル」
「流石はダントさんです。教室に行きますか」
「ねえねえ、ライナおねーちゃん?」
「あ、はい」
すると遙華ちゃんがマジタブの画面を見せながら私を呼んだ。
「これで遊んでていい?」
「もちろんいいですよ。好きに遊んでくださいね」
「やったー! えへへ」
何か忘れているような気がするけど、まあいいか。
「じゃ、いってきまーす」
「いてらっしゃーい!」
ローファーを履き、玄関の鏡でリボンタイを調整したあと、部屋を出てZ組の教室に向かう。そこで一番の疑問を解消しておいた。
「ちなみに上層部が横領したエモ力は何に使われたんですか?」
「法律で固く禁じられている麻薬への変換を行ってトリップしてたモル」
「うへ、聞かなきゃよかった」
「忘れるモル」
「ですね」
廊下は相変わらず様々な香りが混じって臭いし、エモ力もロクな使われ方じゃないし、ダント氏の言う通り聞かなかったことにして忘れよう。
ガチャン。
「……おねーちゃんがおそとにいっちゃったのかくにん。えへへ」
義理のお姉ちゃんが廊下の向こうまで行ったのを、少しだけ開いたドアの隙間から確認した遙華ちゃんは、ドアを閉じてエモーショナルクラフトを起動。
目の前に出現した、直径五十センチほどの無重力空間に浮かぶピンク色の円柱や立方体を見てクスクスと喜び、触って粘土のように引っ張ったり、ひねってちぎったりして遊び始めた。
まずはこの部屋で遊び尽くす。飽きたら、外だ。




