第155話 リズール・アージェントの仮説とその立証/おじさん、核心を出す
梢千代市民体育館では、夜見ライナと墨田智子の勝負が終わっていた。
仰向けで倒れているのは墨田智子。夜見ライナは立ったまま。
お互いに全力を尽くしたからか、かなり息が上がっている。
冬真っ盛りだと言うのに全身汗だくだ。
「はぁ、はぁ」
「フゥー……ありがとうございました、智子先輩。ギフテッドアクセルがどういう魔法なのか、核心を得られました」
額の汗を拭った夜見ライナは大きく深呼吸して頭を下げ、先輩に手を差し伸べた。
嬉しそうに微笑んだ墨田智子も、その手を取って立ち上がる。
そして勝者である夜見ライナの頭を優しくポンポンと撫でた。
「違うぞ親友。核心は得るだけでは足りない。大事なのはその次。得た上で、核心を突かなければ意味がない」
「突くものなんですか?」
「私が褒めたのはエモ力をまとった突きだ、親友」
「ああ! あれってそういう意味だったんですか!」
「説明は以上だ。次の対戦相手が来たらしい」
智子先輩が体育館の入り口に視線を向ける。
そこには青髪メイド――リズール・アージェントが立っていた。
慌てて走ってきたのか、息が荒い。
「わあリズールさん! お久しぶりです!」
「待て。よく確認しろ親友」
「うわあ!?」
駆け寄ろうとすると、智子先輩に引っ張られる。
さらに顔前で指パッチンをされた。
驚いて目をパチクリさせると、リズールさんの周囲には三つの球状の白いエモ力――エモ玉が浮かんでいる。臨戦態勢だ。私はもう一度だけ驚く。
「り、リズールさん?」
「ライナ様、急で申し訳ございませんが私と勝負していただきたい」
「構いませんけど、どういった理由で」
「とある仮説を思いつきました。ダークライの正体についての話です」
「「「!」」」
緊張で息を呑む。
するとリズールさんは話しだした。
「この五十年間。私は光の国ソレイユの発展に携わるかたわら、幾度となく我が盟主――灰の魔法少女ことフェレルナーデに呼ばれて、ライブ配信に登場していました。魔法に関する質問返しを行ったり、視聴者の要領を得ない仮説に対しての反証を行ったりなど。取るに足らないことだと思っていました」
「は、はい」
「ですがもし仮に。私のそれらの言動により、我々とはまったく別の技術体系を生み出し、我々と同じ結論を出した組織がいるとするなら。おそらく同じ土俵に登ろうとする。目的の主導権を握ろうと」
「ど、どういう意味でしょう?」
「大義を同じくして設立された組織が、二手に別れて争っていただけだったのです」
……?
私は首をひねる。
ちょっとこう、よく分からない。
具体的に例えてほしい。
そんな私を見て、リズールさんはこう言い換えた。
「ニチアサで例えるなら、今までの我々ソレイユは、新型ドライバーを引っ提げて登場する二号ライダーや三号ライダーの出現を未然に阻止していただけでした」
「なるほどそういうことですか」
「理解していただけて何よりです。ですから……私の役目はこれしかない」
「最初のラスボスとして倒されるわけですね」
「ええ。争奪戦に参加させられた意図をようやく理解しました」
青髪メイドのリズールは、背後のエモ球を操作し、徒手空拳の構えを取る。
基本のファイティングポーズだ。
彼女の腰がわずかに低くなり、歩幅も広くなった。
「まずは謝罪を」
「どうしてですか?」
「プリティコスモス、私はあなたが思っているよりも強い。勝利の暁にはそのマジカルステッキを奪い、強くて美しい大人の魔法少女として活躍してあげましょう」
「フフ、いい捨てセリフですね。――対戦よろしくおねがいします」
私――夜見ライナと、リズール・アージェントの決闘が始まる。
すると墨田智子が声を上げた。
「違うッ!」
「「!?」」
「所有権の奪取は配信視聴者のストレスになるだけだ。リズール創始者、今の夜見ライナに欠けているものがあるだろう?」
「ああ、これのことですか?」
リズールの指パッチンで呼び出されたのは、ダント氏の入ったペットケース。
私に気づいたのか、ダント氏は蓋をぺちぺち叩いた。
黙らせるようにエモ玉が蓋の前に浮かぶ。
『うわああああモルぅぅぅぅ!?』
「だ、ダントさん!? やめて下さいリズールさん!」
「ククク、そんなにこの聖獣が大事ですか?」
「当たり前じゃないですか! ダントさんは私の聖獣です! 返して下さい!」
「ならば核心に辿り着きなさい。少しでも気をそらせば二人まとめて死にますよ」
「クッ……!」
人質……人? ともかく命を弄ぶなんて許されない。
智子先輩に習った核心の出し方を思い出せ。
初撃で沈めないとダント氏が死ぬ!
(――ようやく覚悟が決まったようだな、親友)
私の表情が変わったのを見て、墨田智子は腕を組む。
同時に決闘も始まった。
「行きますよライナ様! お覚悟!」
「ッ!? うおああああああ――――!」
青髪メイドのリズールは、エモ玉を一斉発射しながら駆け出す。
私も瞬間的にエモ力をまとわせ、突きの体制に入った。
腰だめ? ジャンプで威力を増す?
いや、違う! 霞の構えで――!
シュボッ――
「!?」
急にピンクのエモ力が燃え始め、夜見ライナの全身に伝播する。
さらに、欲魔ニスロクの肉体を貫通するほどの威力を持ったエモ玉を顔と身体で受け止め、なお無傷。
すでにコークスクリューブローの体勢に入っていたリズールを驚愕させた。
(そうだ親友。だから魔法「灰」――勇気の力がある)
決闘を静かに眺める墨田智子は頷いた。
(核心を出すには剣や槍なら刺突か、徒手空拳では正拳突きでなければいけない。そして驚くべきことに、武器や拳にエモ力をまとわせる必要はない。必要なのは相手に「やられる」と核心させること。その瞬間に、魔法少女の一撃は神巫女の怒りを体現して――)
「核心ッ!」
――稲妻のように輝く。
夜見ライナがクロスカウンターの要領で放ったウレタンソードの突きは、リズール・アージェントのスラッとした平坦な胸部を的確に撃ち抜くと同時に、インパクトの衝撃で白いエモ力の稲妻を発生させた。
「ぐあぁああああっ!」
リズールは思いっきり吹き飛ばされ、青いエモ力の粒子になって消滅する。
コロコロ、とビショップの黒いチェスの駒になったあたりで「あ、いい感じに退去してくれたんだ」と安心して嬉しくなった。
全てを見終えた墨田智子は静かに呟く。
「成ったな」
もはや完全に理解者だ。
それはさておき、私はダント氏の入ったペットケースを抱え、蓋をこじ開けた。
ダント氏はとても困惑する。
「よ、夜見さん。八文字の合言葉がまだモル」
「プリティコスモス。これでいいですよね?」
「うーん正解モル!」
ケースから飛び出てきた彼はぎゅっと私に抱きついた。
おそらくは佐飛さんとの特訓で判明したアレを合言葉に設定してたんだろうけど、それにたどり着くには世界のインフレが足りない。
とはいえそれはそれ。これはこれ。
私はダント氏をモフモフしながら、ひとまず彼の自由を喜んだ。