第154話 『越前後矢の終着点』
「さあアリス、見学しますよ」
「うんっ!」
アスモデウスが梢千代市民体育館に近づこうとするから、ドンッとね。
背中に包丁を突き刺してやった。
吐血しながら倒れて、アリスは泣きじゃくる。
ああ、またやってしまった。
でもこいつらが悪いんだ。
ワシを、越前洞爺を置いて幸せになろうとするから。
『あはははは――』
◇
「つまらん。なんだこいつ」
黒い球体に閉じ込められ、主観視点でずっと観察し続けてきた金髪の美女――女体化したMr.プレジデントはサジを投げる。
この越前洞爺とか言う男、怪人ボンノーンである息子の出番を推すわりに、悪役として倒させる気も、親玉として登場する気も微塵もない。
他人の幸せが悔しくて悔しくて仕方がないだけの気狂い。
一般的に言う自分に都合のいい展開ばかりを求めるクズなのだろう。
「少しお灸をすえるか。お前が刺したアスモデウスこそ――お前の息子だ」
◇
「はは、へ?」
ぽた、ぽたと鼻から血が滴りおちたかと思うと、急に意識が鮮明になる。
自身の手には包丁、全身血まみれで、自分は六十を越えた老人。
目の前にはスーツ姿の成人男性――自分の息子である越前後矢が倒れていた。
後矢は痛みにうめく。
「クッソ、痛え……何すんだよクソ親父」
「後矢? あ、あっあっ、違う! そんなつもりじゃない!」
「言い訳は聞かねえ。てめえは背後から俺を刺した。もう俺の敵だ」
そう言って越前後矢は立ち上がった。
背中側は治癒が遅いのか、白い水蒸気の発生が弱い。
しかしその程度のことで心が折れることはない。
悪の組織ダークライの末端怪人である越前後矢は「死」に慣れている。
仲間や親族を切り捨てても心を傷めない精神性、追手の殺し屋や魔法少女を殺し返すだけの技量と、常に逃亡を選択肢に入れる危機管理能力、そして怪人ボンノーンとしての超再生能力と、親の歪んだ執着によって与えられた不死性。
全てお前が与えたものだ、クソ親父。
「信じてたんだけどなァ……」
ボソリと呟いた後矢は右腕だけ怪人化させ、刃物のように鋭く尖らせる。
「クソ親父」
「ひい!?」
「今際の際だ。遺言くらい聞いてやる」
「こ、殺さないで?」
ザンッ!
一瞬で距離を詰め、父親の効き腕――左腕を切り落とした。
洞爺は鮮血を散らす左肩を抑えながら、ジタバタ地面をのたうち回る。
「ぎゃああああああああああああッ!」
「命乞い? 誠意が足りねえなぁ。地べたに頭こすり付けて全財産を俺に捧げろ」
「捧げますぅ! 全部、全部あげますから殺さないで!」
「ならこの契約書の通りでいいな?」
「へえ?」
越前後矢が見せたのは、一枚の契約書。
越前洞爺はその息子、越前後矢に所持している財産を全て贈与します。
そして今後、物語にあらゆる接触を行いません。
以上の契約を遂行するため、その命を持って支払わせることとします。
債権回収人 色欲の悪魔アスモデウス
と書かれている。
見ただけで洞爺は何か分かった。
「こ、これ、悪魔の罪人証明」
「断末魔を上げろクソ親父。介錯してやる」
あの女悪魔が息子と共謀し、自身をハメたのだと。
アスモデウスは息子の越前後矢をアリスに改造したわけではない。
自身のガワを息子に着せ、アリスに扮しただけだ。
全て演技だった。
おのれアスモデウスめ、悔しい、悔しい悔しい悔しい――
「ふっ、く……わ」
「わ?」
「わ、ワシは悪くない! 悪いのは幸せになろうとするお前たちだ! 生まれたことを後悔しながら惨たらしく苦しめ! 憎たらしい若者どもがァァァ――!」
「くだらねー。死ね」
ザシュッ――
後矢は父の喉を切り、さらに心臓を一突き。
そのまま捻って胸に穴を開け、さらに肺や腹部を何度も刺して確実に殺した。
腕についた父親の血を振り払うと、遺体につばを吐く。
「なんで魔法少女の物語を乗っ取ってまで俺を推すんだよ。滅びろ」
さらに追加で蹴っ飛ばし、生死確認もする。
動かないことから死んでいるだろう。
「……いや、念のためだ」
それでも生きている可能性が捨てきれなかったので、腕を数千度の炎を出す火炎放射器に変え、跡形もなく燃やしておいた。遺体は残さないに限る。
これでようやく安心出来ると、越前後矢はしゃがんでため息をついた。
そこに青髪のメイド――リズール・アージェントが現れる。
「よくやりましたね越前後矢。いい働きです」
「ぜんぶテメェの差金か、リズール・アージェント。何考えてんだ?」
「いえ、少し夜見ライナ様に飽きてしまって。横道に逸れました」
「本人に言ってやれよ」
「傷ついてしょんぼりするだけでしょうし、言う価値がありません」
「ひでえ女」
「聖ソレイユ女学院の生徒は、魔法少女同士の戦いはやめましょうというお話の前提を無視するのですから、私も無視するのは当然の権利だと思いますが」
「そういうところだぞ。だから灰の魔法少女が動かねえんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「武力だけが取り柄のヤツは、優秀な参謀に見捨てられる恐怖を抱えてる。俺と、さっき殺したクソ親父の関係性と同じだ。なんでそれに気づけない?」
「――ッ!」
そこまで言われてハッと気付き、リズールは体育館の中に慌てて駆けていった。
越前後矢はまたしてもため息をつく。
「だから半世紀も無駄に浪費してんだよ。くだらねー」
ダークライのスパイとして何年も潜り込んでいたが、梢千代市がここまで収穫のない場所だとは思わなかった。
ああ、だから裏に何もない――「裏がない」のか。ほんとにくだらない。
「はは、やられた」
しょうもないダジャレにも気付き、越前後矢は目元を抑えて笑う。
梢千代市は選ばれた人間――「裏表のない人間」だけが住める素敵な場所だという噂は本当だった。そして分かった以上、もう調べる価値はない。
「帰ろ。帰る場所ねーけど、金はあるし」
腕の一部をタッチパットに変え、エルサゲートと呼ばれている異次元ホールを呼び出す。南アジアの路地裏に繋がっていて、中に飛び込むだけで国外逃亡だ。
「……」
しかしその一歩を踏み込むことができない。
心残りがあるとすれば、プリティコスモスとの決着がつけられていないこと。
末端といえど、怪人。その誇りが彼の国外逃亡を許さなかった。
「だめだ、やっぱ俺は怪人らしく生きてえ。プリティコスモスに勝ちたい」
エルサゲートを閉じ、C-D部隊駐屯地に向かって踵を返す。
約束の地はそこなのだから、いつかプリティコスモスが訪れるその日まで、そこを拠点に活動してやろうと。
するとまたしても見知った顔が現れる。
動く西洋甲冑、斬鬼丸だ。
「おお、ここにいたでありますか。探したであります」
「ッ、テメェ……! どのツラ下げて来やがった! ここどこだよ騙したのか!?」
「まあまあ。貴公に会わせたい人物がいるであります。罰天どの!」
『はーい!』
「!?」
聞き覚えのある名前を叫ばれて驚き、斬鬼丸の呼び声でやって来た灰色っぽい髪色のボーイッシュな少女を見て、彼のアウトロー性は粉々に破壊された。
「組織の捨て犬ぅ! 久しぶりだなぁ! 元気だったか!?」
「うん! やっと会えたねダーリン!」
ヒシッ、と抱き合う二人を見て、斬鬼丸は拍手をする。
ひとまずこちらは、めでたしめでたし。
怪人活動を続けてもいいし、ラブラブ新婚生活してもいい。
彼らの結末はハッピーエンドだ。
「あとはリズールどの。貴公の問題でありますよ」
斬鬼丸は腕組みをして、体育館方面を向く。
目を背けていた問題とどう向き合うのか、見守ることにした。