第153話 『魔法少女への生まれ変わり』
その頃、樹怪魔境に突入した中等部一年組。
ドバトロボで無双しながら進むと、裏梢千代駅にたどり着く。
そこでは下位種の討伐を察知し、軽車両サイズの樹怪獣がぞろぞろと踏切を通り抜け、越境していた。
中等部一年組の存在を察知して威嚇の咆哮をあげる。
「「「GYAAAAAAOOOOO!」」」
「くっ!」
「やばいでミロはん! あの踏切を渡れるってことはこいつら樹怪獣とちゃう! 樹怪獣に化けた怪や! 特S級を超える超特級案件やで!」
「おさげさん、あなたなんでそんなに詳しいんですの!?」
「京都弁の時点で分かってくだは、――ッ簡易聖域!」
しかし彼女たちの警戒は杞憂に終わった。
おさげが手を叩き合わせて半球体の結界を張ったのとほぼ同じタイミング。
ヌルッ――ズドドドド!
「「「GYAAAA――――!?」」」
その場にいた全ての樹怪獣たちは、地面から剣山のように生えた道路標識に胴体や頭を貫かれたのだ。
黒い燃えカスとなって消えていく。
「何が起こったんですの!?」
「夜見さんと戦闘中のトップスリー、隅田智子さんが聖域を展開しました! 私たちの状況を察知したのでしょう! 境界線を書き直すなら――」
『ぎゃあああああ――――! 痛ってぇぇぇぇ――――ッ!』
「「「!?」」」
さらにありえないはずの男性の叫び声がした。
路地裏から転がり出てきたのはまさかの越前後矢。
腹に根本が折れた標識がぶっ刺さったままの彼は、ひいひい言いながら標識を引き抜く。すると白い水蒸気の煙が上がり、瞬く間に腹部の裂傷が修復された。
「クソッ、クソが! なんで地面から標識が生えてくんだよ!」
「越前後矢!?」
「あァ? ……あ! 可哀想な俺を追いかけ回したクソガキども!」
「どうしてここにおるん!?」
「知らねえよ! 斬鬼丸とかいうヤツの言う通りにやったら気を失ってこのザマだ! それより俺に八つ当たりでぶっ殺される覚悟出来てんだろうなァ!」
「「「!」」」
彼は全身を変質させ、鉄パイプ怪人――ボンノーンに変身する。
中等部一年組もマジカルステッキを取り出した。
「ふぅ、ボンノーン化は最高だぜぇ」
「こいつほんま……!」
「今年のクリスマスプレゼントは「死」でーす! ぎゃはは!」
越前は手に持ったままの標識を思いっきり振り上げ、槍投げのポーズを取る。
だが、背後から伸びてきた成人女性の手に腕をがっしりと掴まれ、止められた。
「はぁ? なんで――」
越前は何が起こったのか分からず、ゆっくりと振り向く。
「やっと会えましたね。うふふ」
――黒髪の美女が立っていた。
保健の先生らしく白衣を着ているが、その中は黒いネグリジェだけというほぼ全裸の服装で、背中に一対の黒翼を、頭上に黒い天使の輪を浮かべている。
「へ?」
「七つの大罪、罪科は色欲。名はアスモデウスと申します」
「あ、あひ、悪魔」
「日本国の代理人として債権回収に参りました」
「嫌だぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」
越前後矢は生まれて初めて恐怖という感情を知った。
人間体に戻って逃げ出そうとした瞬間、アスモデウスが覆いかぶさる。
純白の白衣と、彼女の黒翼で優しく包み込むように。
スーツ姿の男性の足だけがジタバタと動いていた。
そこでアスモデウスは前を向き、中等部一年組にこう言う。
「悪の怪人は先生が抑えました。あなたたちは踏切に行き、途切れかけている境界線を引き直して下さい」
「ありがとうございます、アリス先生! 皆さん行きますよ!」
「やるでいちご! 今年最後の大仕事や!」
「よっしゃー! やってやるわー!」
「ちょ、ちょっと!」
踏切にダッシュで向かう三人を追って、サンデーは走る。
道中で見つけた「車両進入禁止 歩行者を除く」の看板を軽々と引き抜きながら。
「越境を禁止するなら明確なルールを定めないとだめですわよ――!」
「結界術の基本やな!」
「すみませんサンデーさん! そちらの対処をお願いします!」
「ミロ……!? ふふっ、ならしょうがないですわね! ふんっ!」
三人は踏切にマジカルステッキを向け、風化して錆びている線路をエモ力で修復し、サンデーは先ほどの看板を梢千代市の外に全力で突き刺した。
それを見届けたアスモデウスは、ようやく捕らえた獲物とともに路地裏に移動し、本格的な改造を施し始めた。
白衣の中の越前後矢はくぐもった声で泣き叫ぶ。
『やだやだっ、なりたくないっ! 魔法少女やだっ! やだやだやだっ!』
「大丈夫ですよ、怖くありませんよ。幸福になりましょうね」
ぬちっ――にゅるるっ。
『ひぎゅっ!?』
白衣の下から越前後矢の足がピンッと伸び出てくる。
なにかされているのだろうか。
くにくに、くちゅくちゅ……
『やだっ、お耳入っ、イジらないでっ、そこ大事なところっ、脳みそっ、んういっ!?』
じゅぶぶっ!
くち、くにっ。
くちゅくちゅくちゅ――
『あっ、ああっ、あ、あっ、やだぁっ』
「大人なのに情けない声で可愛い。負けを認めますか? 幸福しますか?」
『しまひゅっ、降伏しまひゅっ! ひゃからもうやめ』
「幸福をうけいれてくれるんですね。嬉しい。身体も可愛くしてあげますね」
『やだぁぁぁっ! ひゅぅんっ、ひぁぁぁっ――』
ズルズルズル、と越前後矢はアスモデウスの白衣の中に完全に引きずり込まれた。
内部では粘性の液体がかき混ぜられる音と、それを出し入れする音、越前後矢の声が男性のものから女の子のものへと変わっていくシークエンスだけが分かる。
終わった頃に白衣の中から生み出されたのは、黒いゴスロリ衣装を着た青髪の美少女だった。
「はぁぁぁ~~~……っ、えへへ、なっちゃったぁ……かあいぃ子にぃ……」
「よく頑張りましたね。偉い偉い」
「えへ? えへへ」
アスモデウスは青い髪の美少女――アリス・アージェントを愛でる。
今は改造手術の影響でせん妄が酷いため、自我が薄い。
半日ほど休息を取れば越前後矢としての元の人格がはっきりするだろう。
アスモデウスはそういった男性人格の強いTS娘を尊厳破壊し、徐々に女性としての自我を芽生えさせるのが好みで、色魔としての主食だ。
ゆえに気分は最高潮……のはずだった。
「生きるための糧を手に入れたことですし」
「ふえ?」
「我が主人、夜見ライナ様に仕えさせるべく行動したいのですが……」
どういうわけか満たされない心を感じる。
なんだか物足りない。喉に魚の小骨が刺さったよう。
たまたま自身の黒い前髪が視界を横切り、ようやく気づいた。
「ああ、髪の色。原型のリズール様をリスペクトしすぎて、私のものであるというメッセージ性がおろそかになっていました」
「ひゃああ……」
アスモデウスがひと撫ですると、アリス・アージェントとなった越前後矢の青い髪が、アスモデウスと同じ黒髪に変わった。
焦点のあっていない青い瞳で、きょとんとした表情を浮かべる黒髪のTS美少女があまりにも耽美で美味しそうに感じ、アスモデウスはぎゅっと抱きしめる。
「なんと愛おしい……どうしてこうも抱きしめたくなるのでしょう……」
「えへ、えへへ」
実は夜見ライナの真似事のつもりだった。
つい性的に食べたくなってしまい、我慢するための回避行動。
すると越前後矢から知らない感情が湧き、ほんの少し空腹が満たされて満足を得る。
驚きを感じるアスモデウス。瞬時にこう考えた。
ああ、なんだかこれは、いい。
もっと食べたい。回数を増やさないと。
TSメス堕ちさせる人間を増やすべきだ。
だから同じ手――債権回収を利用して、彼の祖父もメス堕ちさせようと考えた。
そしてすでに手配済みである。そろそろ梢千代市民体育館に現れる頃だ。
二千年に及ぶ心の飢餓を満たすべく、彼女は次の行動に移る。
「聞こえますか後矢」
「おかあさま?」
「おか……?」
急に思考が止まり、ぽろり、とアスモデウスの瞳から涙が溢れる。
身体を離して自身の指で目元を拭った。
「なんですか、これは」
ただの妄言なのにどうして?
色魔である彼女には分からない。
分からないけれど、越前後矢から得られる満足がより深まり、脳髄がカアッと熱くなる何かが芽生えた。
相手をメス堕ちさせていないのに飢餓感が満たされる。
今までにないことだった。
だからいつもとは手法を変え、理詰めの追い込み漁ではなく感情に従うことにする。
「こーや。これからあなたのお父様に会います。その時に「変装」と唱えなさい。あなたなら出来ますね?」
「わかったぁ」
「よくできました。ご褒美です」
「あっあっあっ」
頭を撫でると、女の子になった越前後矢の頭からくちゅくちゅと音が鳴る。
自我が定着するまえに脳の構造を変え、元の人格をベースに「夜見ライナの優秀なメイド」として最適化されるよう調整したのだ。
新しい空腹の満たし方と、自身の脳を焼いた熱の理解を深めるために。
アスモデウスは彼女を大事に抱きかかえ、梢千代市民体育館まで歩く。
到着すると、ちょうど夜見ライナの声が聞こえた。
『神域展開!』
冬の青空を突き破るように、満天の星空が裏梢千代市を覆い尽くす。