第148話 おじさん、運命と出会う
「これが裏掲示板、フィトンチッドの闇か……」
私は寮のベッドに寝そべったまま、マジタブの中の出来事にため息をついた。
夕食まで暇だからと調べ物をしたら嫌なものを見てしまった。
夜見ライナと遊びたいスレを立てた「紺陣営」というコテハンは、なんと聖ソレイユ女学院中等部一年生の女の子。
掲示板の住人も口調こそ強めだが、スレ主と同じように中等部一年生だ。
高等部三年を名乗った子も中等部一年生なのだから、承認欲求とは、ううむ。
「夜見さん、満足したモル?」
「ああ、はい。満足しました。お返しします」
「ありがとうモル」
画面をタップし、「聖獣ダント」という管理者アカウントからログアウトする。
実は彼のアカウントを借りたおかげで個人情報が分かったのだ。
マジタブで不正アクセスしてでも匿名掲示板に集まりたい子が多いらしい。
そして調べ物の本命である「夜見治殺し」の犯人らしき人物が書き込んだ世界改変前のコメントログも見つけたが……
そうするしかなかった、としか言いようがない。
「リズールさんの言葉は正しかったです。勧善懲悪の果てにたどり着いたところでなんの救いもなかった。ただ可哀想な相手と、可哀想な私が居ただけでした」
「そうモル。だから悪いのはダークライだモル」
「ですねー……はあ、なんでこんなに執着してるんだろ私」
「自分のお墓参りでもするモル?」
「あるんですか?」
「実はないモル。そもそも世界が改変されて夜見治は自殺してないモルから」
「まあそうですよね」
「ちなみに夜見家は大金を貰うことを条件に夜見治と絶縁したモル。夜見治はそのショックで元の姿に戻れなくなり、現在は行方不明扱いになっているモル」
「クソ親ぁ……」
少しでも私のことを愛してくれていたと思いたかったけど、両親はまったくそうじゃなかったらしい。
夜見治という男はどこまで行っても本当に無意味だった。
分かっていた、分かっていたけど、その現実を突きつけられるとキツイ。
だからこそダント氏はため息をついた。
「夜見さん、そろそろ限界モルよ」
「何がですか?」
「夜見治であり続けることモル。巻き込んだ僕が言えたことじゃないけど、夜見ライナになって第二の人生を歩んだ方がいいモル」
「ですよねー……」
もう女の子を演じるだけじゃなく、女の子そのものになるしかないらしい。
……はあ、この会話とこの結論、ほんとに何回やってるんだろう。
私は何を求めてるんだ? 上手く言葉にできない。
「ねえダントさん」
「何モル?」
「女の子ってなんでしょう?」
「ファム・ファタール、男を破滅に導くほど魅力的な美女でいいんじゃないモル? 男ありきモル」
「そうじゃなくてこう、女が憧れる女ってなんだろうと思いまして」
「男女の区別で考えている時点で浅いモル」
「とは?」
「憧れは性別を超越するモル。カッコいいやつが正義モル」
「わ、私はどうでしょうか。カッコいいですか?」
「今日の雑談は終わりモル」
ダント氏は急に、ペコとペットケースの蓋を閉じた。
答えをはぐらかされた。むくれる。
「カッコいいって言って下さい」
『でも夜見さんはまだ僕を助けられてないモル』
「それは、そうですけど」
『だったらほらそこ。夜見さんを褒めてくれそうな人が居るモル』
はて、と眉を潜めてダント氏が指差す方向を見れば。
壁の遠井上家直通ドアを静かに開いていた遙華ちゃんの姿があった。
こちらに忍び込もうとしていたらしい。
私もどうするべきか分からず、静かに見つめ合う。
すると遙華ちゃんが口を開いた。
「ライナおねーちゃん」
「……な、なんですか?」
「こっちたんけんしていい?」
ダント氏は……ダメだ、面会時間が終わっている。
私が何とかするしかないらしい。
「ああ、ええと」
「だめ?」
佐飛さん、佐飛さんを呼ばないとマズいと、分かっているのに私は。
ダント氏の言っていた運命の相手とやらに遭遇してしまった。
ダメだ、入れちゃマズいのに本当にダメだもう我慢できない。
「お、お姉ちゃんと一緒なら大丈夫ですよー」
「わーい!」
遙華ちゃんが可愛すぎて耐えられず、女学院の寮に招き入れてしまった。
とててと駆け寄り、ぎゅっと抱きついてくる彼女が可愛くて愛おしくて仕方がなく、私の心が癒やされる。だから崩壊した。
「ダメだぁ耐えられない、遙華ちゃん大好きぃ……」
「おねーちゃんはおつかれさまなんだね。ごほうびによしよししてあげうね」
「甘えん坊さんなお姉ちゃんでごめんねぇ……」
「よしよし、いいこいいこ」
なでなで。なでなで。
今まで我慢した分だけいっぱい撫でてもらう。
佐飛さん、願叶さん、凪沙さん。言い出せなくてすみません。
中等部一年組のいちごちゃん、おさげちゃん、サンデーちゃん、ミロちゃん。
そして赤城先輩。みんなの愛情を裏切ってごめんなさい。
私は遙華ちゃんと一緒じゃないと、魔法少女を続けられないようです。
だって気軽に甘えられないんだもの。
「もうダメだよぉ……魔法少女、大変すぎるよぉ……」
「おねーちゃんはひとりでよくがんばりました。わたしにいっぱいあまえていいよ」
「うう……遙華ちゃん……」
ぐすんぐすんと弱音吐く私を見ながら、遙華ちゃんはにんまりと笑みを浮かべた。
「よわよわおねーちゃんはわたしがまもってあげないとだめ?」
「うう、遙華ちゃんは生きてるだけで偉いので……ダメです私が守るんです」
「わあ?」
急に元気を取り戻す私。
遙華ちゃんの無垢な心は何者も害してはならない。
幼女先輩じゃない、友達や恋人でもない。
義妹の遙華ちゃんがいるから私は戦えるんだ。
でも、今の聖ソレイユ女学院は普通の善性を持った子が生きるにはとても辛い。
ちょっと悪知恵の働く子や、一時の快楽を求めて他人を崖から蹴落とすカスのような性格の子が幅を利かせている。
まるで社畜時代に味わった現実社会のよう。
愛と平和を胸に戦う魔法少女の学校がそんな場所で言いはずがない。
遙華ちゃんや、これから魔法少女になっていくであろう女の子たちの幸せな未来のために、まずはこの腐った女学院を立て直す。
だから中等部生徒会の副会長になる道を直感で選んだんだ。
……やっと誰にも負けられない理由が言語化できた。
「ライナおねーちゃん?」
「なんですか?」
「はるかね、もっとおままごとであそびたいから、あかちゃんになってくれる?」
「いいですよーばぶばぶ」
「んへへ、かあいいあかちゃんさんですねー。おもちゃさんいりますかー?」
それはそれとしておままごとを再開する。
彼女の前では夜見ライナなどただ背丈が大きいだけの赤子なのだ。
そして遙華ちゃんを送り出した人物――遠井上家の家長である遠井上願叶は、ドアの隙間からその様子を静かに見たあと、ドアを閉じて微笑んだ。
「やっぱりライナちゃんは遙華じゃないと本音を出せないみたいだ」
「年の差、ですかな」
後ろに控えた執事の佐飛が返答する。
願叶も同意するように頷いた。
「だろうね。姉妹仲睦まじいのは良いことだ」
「ムリに引き止めたりせず、あえて送り出すのも親の役目ですぞ」
「分かっているよ、遙華のためにも線引は重要だ。ただ門限は守らせてくれ」
「もちろんでございます」
二人の娘を任せるよ、と願叶さんは部屋を後にする。
佐飛さんは喉の調子を整えたあと、ドアをノックした。
コンコン、ガチャ。
「ライナ様、遙華様。夕食のお時間ですぞ」
「はーい」
佐飛さんに呼ばれたので、遙華ちゃんを抱え、壁のドアを通って遠井上家に戻る。
とりあえず……明日のことは明日考えよう。
ああ、屋形先輩が怯えていたっけ。でもまあ、あの人は大丈夫だ。
あれで心が折れる人なら、赤城先輩が本気を出すわけがない。
絶対に今日より強い覚悟で挑む。そう思考を打ち切った。
「あ! ライナおねえちゃん! ご飯食べたらあそぼー!」
「いいですねえ! いっぱい遊びましょうねー!」
今日は遙華ちゃんと沢山遊んで、英気を養うか。




