第146話 おじさん、配信を始める②
連れてこられた先は商店街特有のこじんまりとした神社の境内で、神様を祀っている立派な建造物「御社殿」には、どういうわけか腕組み仁王立ちをするツインテール魔法少女の木像が収められていた。
「魔法少女の像!?」
「いい機会だ。君はやけに遠慮するから教えておこう」
「は、はい」
「全ての魔法少女は愛の魔力を秘めている。君も知っていると思うが、魔力はエモーショナルエネルギーを遥かに凌ぐほど強い力だ。世界の形さえ変えてしまう」
「分かりますけど……」
「当然ながら、強くなるにはお互いの愛を確かめあうためにラブストーリーを辿らなければならない。そのラブストーリーのことを私たちは恋と呼んでいるんだ」
「略して恋愛、ってまさか」
「そのまさかだよ。君の心象世界に決定的に欠けているもの。それは恋愛だ」
「わあ……」
ついに図星というか、核心をつかれた。
叶えるべきではないと思ってしまい、思考から無くしてしまっていたもの。
先輩はそれを取り戻せと言うのだ。
なので自分を守るために、つい言い訳をしてしまう。
「わ、私は、その」
「私情なんて関係ないねえ。ほらこれを持つ」
「しゃ、シャインジュエル?」
「はい奉納!」
「うわあ!?」
カタン、と音を立ててC等級のシャインジュエルがお賽銭箱に奉納された。
すると魔法少女の木像が緑色に光り、その魔力が私に降り注ぐ。
「ひいこれはなんですか!?」
「魔法「緑」の本来の使い方。縁結びの魔法さ。そこの神睦月大明神様が、君と、君のことが大好きで仕方ない女の子たちを運命的に出会わせてくれるよ。出逢えば必ず恋に落ちるようにね」
「こ、恋に落ちたらどうなるんですか?」
「知らないのかい? 相手のことが大好きになるのさ」
ピースサインをする屋形先輩。
なんだろう、急に彼女が魅力的に思えて、あれ。
そこで彼女に赤城先輩の面影が見えたような気がして、おかしいなと思いながら意識を失った。
静かにライブ配信をしている撮影ドローンとの違いは、その場に本当に赤城恵が来ていて、動きが全く見えていなかったという一点だけである。
「迎えに来たよ夜見ちゃん」
「赤城せんぱ」
夜見ライナとの縁が結ばれた瞬間、即座にテレポートして屋形光子・夜見ライナの両名を魔法で気絶させた赤城恵は、二人を掴んで裏チャンネルから表に移動する。
撮影ドローンも配信を続行するため、そのあとを追ってワープした。
◇
ペチペチ――
「おーい。起きたまえ夜見くん」
「ハッ」
次に目を覚ますとどこかの公園で、目の前には正座をしている屋形先輩がいた。
私は……私も地面に正座させられている? 背後が温かい。人肌?
そしてこの香りは……
「夜見ちゃーん、おはよ」
「赤城先輩!?」
聞き覚えのある声に振り向けば、黒い制服を着た赤城先輩がいる。
周囲を見ると、ペット用のキャリーケースに入ったままのダント氏の姿があった。
彼は私を見つけるなりプラスチックの蓋をぺちぺち叩く。
「だ、ダントさん……?」
「夜見ちゃんも配信を始めたんだってね」
「ああ、ええと、はい」
「混ざってもいい?」
なんともまあ、怒ったおさげちゃんを彷彿とさせる笑顔だ。
私は振り向いて屋形先輩を見る。
彼女は目をそらしたので、赤城先輩の方を向いてこう答えた。
「そんなに私と一緒がいいんですか?」
「毎日デート配信したい」
「赤ちゃん産んでもらいますよ」
「うう……じゃあ、我慢するけど」
制服から黒味が抜けて白くなっていく。
それがどういう原理なのかはわからないけど、冷静になってくれたのでヨシ。
このまま畳み掛けよう。
「先輩とはマジカルコンクエストで会う約束ですから、今は我慢ですよ?」
「……分かった」
「ぜんぜん分かってくれてないです。だからもういっかい約束を結びますね」
「え?」
ちゅっ。
クイと顎を持ち、先輩のおでこにキスをする。
赤城先輩はにへへと笑った。
「それずるいやつー」
「思い出してくれましたか?」
「ふふ、そうだった。元の場所に返すね」
ちゃんと大事にされていると安心できたのか、赤城先輩はパチンと指を鳴らす。
私と屋形先輩は瞬間移動させられ元の場所――神睦月大明神前まで戻った。
ドクンドクンと恐怖からの開放で高鳴る心臓を感じ、私たちは安堵する。
「「はぁ~~~~――――……」」
本気を出した赤城先輩が怖すぎる。
まさか早すぎて動きが目で追えないとは。屋形先輩も恐れるわけだ。
そして不運の先に拾った幸運か、今一番出会いたい存在と再会できた。
『夜見さーん! ここから出してモル~!』
「はあ、ダントさんが見つかって良かった。開けますね」
しかし蓋を開けようにも、謎の力で開かない。
何度か試すとプラスチックの蓋に「合言葉を言って下さい」と表示された。
どうやら八桁の何かが必要らしい。
物理的な破壊はダント氏に危害が及ぶのでひとまず除外だ。
「誰かが知ってるのかな?」
「よ、夜見くん」
「なんです?」
「今日は、休もう。私はしばらく動けそうにない」
「そうですね。よっと」
『うわあモル!?』
私はキャリーケースを持ち、恐怖で腰が抜けて立てなくなっている屋形先輩を支えつつ、先ほど交流を深めたモノアイロボット、ノーネームさんの家に向かう。
彼は心良く出迎えてくれて、私たちを二階の空き部屋に案内してくれた。
部屋に入って少し経つとマジタブから合成音声が流れる。
『セーブが完了しました。今日の探索を終了しますか?』
「一旦終わります」
『了承。対象二名を聖ソレイユ女学院寮の自室に転送します。お疲れ様でした』
音声の終了とともに、赤城先輩にテレポートさせられたかのごとく、家具や装飾品がとても豪華な部屋――女学院寮の自室のベットに落っこちた。
同時に隣の464号室からもガタッと音がしたので、赤城先輩には常にストーキングされている前提で動いたほうがいいようだ。困った。
「先輩を安心させるためにも、まずは赤城家を仲間に引き入れないとなあ……」
『ならヒトミちゃんを探すモル』
「あれ、まだペットケースから出れない感じです?」
『……』
ダント氏が蓋を引っ張るとパカリと開いた。
そのまま何も言わずに閉じたので全部「そういう設定」だったのだろう。
ごめんなさいと謝罪しつつ、今日のところは休む。




