第145話 おじさん、配信を始める①
ブロロロロ――
プロペラ音を立てて飛んできたのは、白い撮影用ドローン。
丸みを帯びたフォルムにちょこんと猫耳がついていてあざとい。
「なんだか可愛い見た目ですね」
「そうだねえ」
ピロン。
「わ」
するとマジタブから合成音声が流れる。
配信開始のお知らせだ。
『ライブ配信を開始します。マジタブの画面を撮影ドローンに向け、コメント欄を』
ドォォォ――――ン!
「うわぁ何事!?」
それを上回る衝撃と爆音を浴び、私と屋形先輩は戦闘態勢に入った。
具体的に言うと背中に隠したマジカルステッキを取り出す行為のことを指す。
「爆発音!? どこから!?」
「あっちだ!」
「はい!」
私は屋形先輩のあとを追う。
到着した場所は荒廃したビルが立ち並ぶ大通り。
隻腕で、人工骨格が丸見えの人型モノアイロボットが、緑色でのっぺりとした表皮の謎四足歩行生物に追い詰められている場面だ。
謎クリーチャーの大きさは原付きスクーターほどで、目や鼻に当たる器官がなく、存在するのは凶暴な牙が生えた口のみ。
「GYAAAAAAA!」
その口から発せられる咆哮はまさしく怪獣だ。
さらに追記すると、謎クリーチャーは背中から生えた蔦で黒い砲丸を抱えており、追い詰めたロボットを脅すように背後へ放り投げた。
それはドカーンと大きな爆発を起こし、ただでさえ荒れ果てている裏梢千代市の地面を吹き飛ばす。
「Oops……(しまった)」
モノアイロボットは怯えて尻もちをついた。
私たちはどうするべきか。明白だ。
「行くぞ夜見くん!」
「分かりました!」
「「強化!」」
ダッ――ドゴッ!
「「オラァァァァッ!」」
私と先輩は当たり前のように飛び出し、謎クリーチャーの真横に飛び蹴りを食らわせた。
「GYU、GYUAAAAAA――――!?」
ドカーン! ガラガラ、ドン!
不意を撃たれたクリーチャーは吹き飛んで廃墟ビルに激突。
落ちてきた瓦礫に止めを刺されて動かなくなる。
屋形先輩は残心を取り、私はモノアイのロボットへ手を差し伸べた。
「無事ですか?」
「NO……(全然……)」
しかしロボットは今にも力尽きてしまいそうだった。
力を振り絞って胸部の人工骨格を開き、三角の形状をした動力炉のようなものを見せ、内部が空洞だと見せるようにのぞき窓を指でつつく。
「Exhausted(もう使い尽くした)」
「エモ力をですか?」
「Magna」
「マグナ……魔力!」
そこで私は猛烈な既視感を浴びた。
すでに佐飛さんから「こういう状況でどうするべきか」と問われていたのだ。
「完璧に助けるなら、答えは……!」
私は右手にピンクのエモ力をまとい、さらに悪感情――核となる「怒り」をダークエモーショナルエネルギーを上乗せ、混ぜ合わせてピンクの魔力炎に変える。
それを肌を焦がす幻痛に耐えながら空っぽの動力炉へと流し込んだ。
「OOOOH……!?(うおおお……!?)」
数値にして1000エモ分。
佐飛さんとの厳しい修行で「それが最大限の効力を発揮する数値」だと、感覚に教え込まれている。教えられた理由は不明だったがようやく理解した。
対怪人戦闘や魔法技術向上への用途ではなく、その逆。
エモ力でもダークエモ力でも助からない存在を助けるための治癒技法だった。
「はは、どおりで厳しい修行だったわけです」
「オーマイガー……サンキュー」
胸の内でゴウゴウとピンクの魔力炎を燃やしながら彼――モノアイロボットは私を見た。私はにっこりと笑い、彼に手を貸して立ち上がらせる。
すると屋形先輩が気にかけてくれた。
「助けられたかい?」
「完璧です」
「君はスカーフェイス部隊ファンの総意を体現したよ」
「それは良かった」
よく分からないが、このモノアイロボットを助けるためにゲームのファンの方々が何度も挑んで、何も出来ずに散っていったのだろう。
アームズウォー・スカーフェイスというFPSゲームが元ネタだとは知っているけど、そんなに人気のキャラなんだろうか?
ロボットを見ると、彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「先輩、ここからどうしますか?」
「その隻腕のロボット……ノーネームくんに道案内を頼むと良い。ゲームの設定では近くにバトルデコイの限界集落があるそうだ」
「分かりました」
このロボット、ノーネームくんと呼ばれているのか。
というか限界集落って何だ。
「あの、すみません」
「Yes?(はい?)」
「実は――」
ここに来たばかりで、拠点に出来そうな安全な場所を探していると説明。
すると彼は心良く「This way」と案内を買って出てくれた。
普通に日本語が通じるのが驚きだ。
「なんで相手は英語なんでしょう?」
「紺陣営は言語変更する方法をずっと探っているんだ」
「そうだったんですか」
「この状態のまま固定するためにね」
「聞かなかったことにします」
そうしていくつかの路地を曲がると、人工物が自然に飲み込まれ始めた。
廃墟の壁に生い茂る蔦や大木の枝などで青空が隠されていく。
上空から見えなくなるよう意図的に育てているのか。流石だ。
「Arrived(到着した)」
「「!」」
到着した先は入り口に「餡子門」と書かれた商店街。
少し入ったところに廃材で出来た関所のようなものがあり、見張りか門番なのだろう、銃器で武装したモノアイロボットにノーネームさんが近づくと、相手は「Welcome back!(おかえりなさい!)」と歓迎してくれた。
親指を立てるノーネームさんを見るに話をつけてくれたらしい。
ノーネームさんを先頭に、屋形先輩とともに顔パスで見張りさんの脇を通り、商店街の中央部まで案内される。三階建ての廃品回収屋だ。
机に生えたロボットアームが手を振ってくれる。
それを彼は机からもぎ取り、無い方の肩にくっつけた。
「huu……Never take it off again(フー……二度と外さない)」
「ここは?」
「My home」
「お家なんですね」
「And……magna girl(それと……魔力の少女)」
「はい?」
「Go to that jinja(あの神社に行くといい)」
「神社?」
彼が指さしたのは「恋愛成就 神睦月大明神」と書かれた白い立て看板。
赤い矢印を見るに左方向にあるらしい。私は驚いた。
「本当にあったんだ。神睦月大明神」
「もしかして一度も行ったことがないのかい?」
「入学してから忙しかったもので……」
「ははーん? そういうことだったか」
すると屋形先輩がにっこりと笑い、私の手を引っ張った。
「え、わ!?」
「参拝しに行くよ夜見くん! 物語の主軸をラブコメディに変えてしまおう!」
「えええ~!?」
『Good luck!(幸運を!)』
「あ、ノーネームさんまたあとで~!」
ひとまず彼とはお別れだ。
私はそのまま神睦月大明神のある方向へと連れて行かれる。