第144話 おじさん、裏梢千代市に捨て置かれる
「どこまで運ぶー?」
「ここでいいだろ! よし到着! 捨て置けー!」
「りょー!」
ポイッ。ドシャァッ――
「ぐふっ!」
「ごはぁっ!?」
布団で簀巻きにされた私と屋形先輩は容赦なく放り捨てられ、地面を転がる。
目を開いて一番最初に見えたのは、走って逃げていく紺陣営の上級生たちだった。
「はあ乱暴。強化」
全身に力を込め、ブチン、と音を立てて簀巻きの紐を千切り、拘束を解除する。
布団は使えそうだったので破らないでおいた。
とりあえず周囲を見て、地面に黒いフカフカの土が積もった廃墟の一角だと理解。
そのあとで屋形先輩を見る。
「どういう教育してるんですか屋形先輩」
「うう酷いねえ、あんな子に育てた覚えはないねえ」
「泣いてる」
ぐすぐすと涙ぐむ先輩を見て、そう言えば女の子だったと思い出した。
髪をストレートお団子ヘアにして服装をガラリと変えて、ソバカス美人メイドになっただけなのに、こうも可愛く感じられるとは。
……。
「あれ? 普段ならダントさんが突っ込んでくれるんですけど」
周囲を見てもダント氏はいない。
どうやら離れ離れになってしまったようだ。
自身の制服のポケットを探ると、ピンクのマジタブが入っていた。
最近覚えたという空間移動魔法で入れてくれたのだろう。
うーん、ここまではスケジュール通りなのかな?
ピロン。
「!」
するとメッセージが届く。内容はこうだ。
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フロイライン・ダブルクロス運営チーム
魔法少女プリティコスモス様へ
裏モード「樹怪魔境」への到達をお知らせします。
フィールド情報
「樹怪魔境・裏梢千代市」
攻略難易度「A」
このフィールドはFPSゲーム
「アームスウォー・スカーフェイス」
のキャンペーンモードを完全再現したフィールドです。
「バトルデコイ」
「樹怪獣」
の二大勢力が争うオイルと黒泥土に塗れた土地で
はぐれた聖獣と新しい仲間を探し、
ストーリーモードをクリアしましょう。
※魔法少女様にお願い※
裏モード「樹怪魔境」では、
かならずライブ配信を始めてから攻略して下さい。
配信で得られた収益の一部は各フィールドの修繕費に回されます。
ご理解、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
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「なるほど」
「そういう感じなんだねえ」
完全にライブ配信するための場所なんだ、ここは。
スケジュール通りに事が進んでいるらしい。
「だったら乗らないといけませんね」
「へえ、やる気だねえ。それでね夜見くん私を――」
他の誰でもなく、自分とダント氏の未来のためだ。
彼が望んでいる「大人も魔法少女になれる世界」がどれだけ素晴らしいことか全人類に理解してもらうためにも、ライブ配信を始めなければ。
「……でもどうやって配信するんだろう?」
「おーい夜見くん。それより私を助けて欲しいねえ」
「ああ、すみません。考えることが多くて忘れてました。強化」
ブチッ、と屋形先輩を簀巻きにしている紐を千切ると、彼女はため息をつきながら立ち上がる。
「君は、あれだねえ。書紀の墨田くんと同じタイプだねえ」
「はい?」
「自分の中で物事が完結してるんだよ。だから考え事をすると周囲が見えなくなる」
「まあ否定しませんが、言い方」
「モテるのに彼女の一人も作れないわけだねえ」
「言い方!」
屋形先輩の肩を持ち、廃墟の壁に押し付けた。
さらに顎をクイと持ち上げる。
「あのですね。私は個人的な事情で女の子に手を出さないだけなんです」
「ははーん、未通のままで成人を迎えるつもりかい。後悔するよ?」
「後悔?」
「聖ソレイユ女学院はこの世で一番顔面偏差値が高い女子校であり、同性婚を推奨している場所でもある。外に出たら彼女を作らなかったことに後悔するほどにね」
「ど、どういう」
「まさか君、男になる手段がないとでも思ってるんじゃあないだろうね?」
「――!?」
驚いて距離をはなす。
今度は屋形先輩が私を捕らえ、壁にドンと押し付けた。
「魔法少女に男女の区別は通用しない。魔法の杖で変身できるからねえ」
「どど、どういう、意味ですか?」
「じゃあヒントだ。マジカルステッキの形状を思い出してくれたまえ。どうして底にボタンがあると思う?」
「ひうっ」
先輩のマジカルステッキが股の間に差し込まれる。
冷たくて、固い。ボタンやツボミの凹凸がゴツゴツ。
こ、このステッキ、そういうエッチな使い方も出来るのか……!
「ま、まさかとは思いますが」
「言ってごらん?」
「下腹部に装着可能なんですか?」
「出来るよ。ナニになるとは言わないけどねえ。フフ」
そう言って、先輩はステッキを隠した。
私は赤く染めた頬を手で隠し、疼きを隠すようにはあ、とお腹を撫でる。
魔法少女になったばかりの日のことを思い出してしまったのだ。
私は可憐な自分自身に、少なからず劣情を抱いている。
「素質アリだねえ。君は」
「なんのですか」
「んー? こっちの話さ。それより状況はわかったんだ、まずは活動の足がかりとなる拠点を作ろうじゃないか。第五試験は覚えているかい?」
「心地よい寝床で温かいご飯を食べてお昼寝……」
「よく覚えていて偉いねえ。流石だ。それじゃあ私は別行動させてもらうよ。君と一緒に初配信なんてしたら、魔王赤城に殺されてしまうからね」
「あ、そのことなんですけど」
「うおっ」
去って行こうとする屋形先輩を引き止め、配信方法を教えてもらう。
私のやることはひとつ。
魔法少女ランキングを開いて配信ボタンを押すだけ。
そうしたら撮影機材が飛んできて、勝手に撮ってくれると。
ふむふむ。簡単だ。
「そのアプリや機材はどういう原理で」
「魔法だよ魔法! ソレイユの技術はオーバーテクノロジーだ。人知で理解できるものじゃあないんだよ」
「具体的に聞きたいんですが……」
「じゃあ説明するけど。君の感情の機敏で生まれるエモミウム粒子がトウトミウムを発生させて、それが再び元のエモミウム粒子に戻るときに生まれる余剰エネルギーがエモーショナルエネルギーだ。さらに君から離れたエモミウム粒子が普通の配信機材に宿り、君の意思を汲み取って動くようになる。精霊や付喪神のようにね」
「そういう感じだったんですねー」
「ちなみに賢人の先生方がこう語っただけで、学術的に正確かどうかはまるで分かってない。満足かい?」
「満足しました」
「なら良いけどね。次からは聞くんじゃなくて自分で調べたまえよ」
「あ、はい。ありがとうございます先輩」
「それじゃあね」
と屋形先輩は去っていく。私は後ろ姿を目で追った。
本当は寂しいから一緒に行動して欲しいと言いたかったのに、隣にダント氏がいない状況で考えが鈍ったのだろうか、言い出せなかった。
いや違う、お互いに自分のことで手一杯で冷静じゃなかったんだ。
屋形先輩もギリギリのメンタルで動いているのかもしれない。
「……うん、ダントさんならそう言ってくれるはずです」
私は急いで後を追い、屋形先輩の背中に飛びついた。
「屋形先輩!」
「うわあなんだい急に!?」
「さ、寂しいから一人にしないで下さい! 私まだ中等部一年生なんですよ!?」
「うええ!? 私は魔王赤城に襲われるのが怖いから逃げたいんだけどねえ!」
「でも! まだオススメスイーツのあるお店に案内してくれてない!」
「うっ……それを言われちゃあ、仕方ないねえ。約束は大事にしないとだ」
先輩も私と共倒れになる覚悟を決めたようだ。
指切りをしてくれる。
「指切りげんまん。私も腹をくくろう。代わりに、魔王赤城が来たら守っておくれよ。分かっているだろうけど洒落にならないほどの恨みを買ってるんだ」
「はい。全力で守りますから一人にしないで下さい」
「契約成立だ。指切った!」
まずは最初の仲間、屋形光子先輩を手に入れた。
続いてピンクのマジタブを取り出し、配信ボタンを押す。
運営から「攻略前には必ずライブ配信を始めて下さい」と指示されたからね。