第141話 おじさん、魔法少女試験を制覇する⑦
「夜見さん、電光掲示板をじっと見てないで購買部に行くモル」
「ああごめんなさい。気になっちゃって」
正面校舎の一階にある購買所支店に行くと、紫色の事務服を着た女性が待っていた。お互いに深く頭を下げてお辞儀をする。
すると彼女は口を開いた。
「魔法少女試験(裏モード)の合格、おめでとうございます。変身を解いてこちらの資格者IDカードをお受け取り下さい」
「ああ、はい」
私は言われた通りにマジカルステッキの底ボタンを三回タップし、変身解除した。
そして事務員さんから私の顔写真と名前付きのIDカード(マスターキーと書かれている)と、警察手帳を貰う。
IDカードは生徒手帳に収納し、警察手帳は制服の胸ポケットに入れた。
ふと気になったので尋ねる。
「裏モードってなんですか?」
「ではご説明を。裏モードとは魔法少女に襲いかかるダークライが何者なのか判明するルート、トゥルーエンディングのフラグを立てた証です」
「そ、そうなんですか!?」
「はい。ただしいくつかの障害が残っています。続いて魔法少女試験(表モード)を攻略し、物語を進めることで、真の結末に至れますよ」
「分かりました」
めちゃくちゃ詳しいなこの人。
私が疑惑の視線を向けると、事務員さんは人差し指を口元に当てた。
「ラプラスの魔女がここにいることは秘密にしておいて下さいね」
「ラプラスの魔女?」
「もしかしてすべての事象を把握している伝説の超越的存在モル!?」
「そうなんですか!?」
「魔法少女や人々が路頭に迷わないよう、ハッピーエンドに導くための完璧なアドバイザーは必要ですから。リズール女史にはいつも迷惑をかけています」
「わあ……」
「では、裏の物語はフラグ不足ですのでここまで。次は表のチャンネルの物語を進めて下さい。争奪戦実行委員会の方々とリズール女史がお待ちです」
「あ、あの!」
そこで私は手を上げる。
「人が死ぬような物語にするのはやめて下さい!」
「違いますよ。誰もそんなことは望んでいない。私だってハッピーエンドが見たい」
「じゃあどうして――」
「その未来にたどり着くため。皆を死なせないために物語を続けているのです」
「死なせないために……?」
「誰かからあなたへ。あなたから誰かへ受け継がれていく黄金の精神と、人の夢を決して終わらせないために。第五十期の魔法少女であるあなたたちは、リズール女史がその生涯の全てをかけて紡いだ可能性と、彼女が背負ってきた人々の想いを託された最初の継承者です。お手並み拝見といきましょうか」
彼女――ラプラスの魔女を名乗った事務員さんがパチンと指を鳴らすと、全身に細い糸が絡みつき、私の右手が勝手に動いて輪を作った。この人、糸使いだ。
「裏の物語は止まりました。次は表の物語を進める番です」
「どうして、続けるんですか」
「はあ……ではお答えします。これはそういう設定の物語として作られている、梢千代市の日曜日、朝九時に放映される御長寿番組です。うぬぼれすぎでは?」
「なるほどぉ……ッ」
全てを理解した。
彼女からすれば、ここは人や魔法少女を本気で殺してくる現実じゃなくて、そういう設定の物語に見えているのか。ただの登場人物だと思っている。
「説明不足なのはこちらの不備ですが、尺に余裕がないんです。スケジュールは分単位、秒単位で進行していますので、広告塔にふさわしい活躍をお願いします」
「最後に聞かせて下さい。死人は一人も出てないんですね?」
「出せるわけないじゃないですか。ただクランクアップされたので別のチャンネルに移動しているだけです。出たら撮影出来なくなります」
「あはは、なら良かった」
ご迷惑をおかけしました、と私は抵抗をやめて表に戻る。
途中でどういうわけか表と裏の境目に到着し、金髪の美女と出会った。
彼女のまぶたはストレスでピクピクしていた。
「ん」
「わあ」
差し出してきたのは金色のカラコン。
「お前はラプラスの魔女を物語に引きずり出した。その褒美だ」
「ええと?」
「これでやっとまともな博打になる。あとは神に任せろ」
「ああ、はい」
受け取ると彼女は去り、私は表の世界に戻った。
しかも受け取ったはずのカラコンもどこかに行ってしまった。
相変わらず誰なのか分からない。神様を名乗っていたけど。
「結局どっちが正しいんだろー」
「分かんないモル」
「ですねー」
「夜見さん! ここに居らっしゃったんですのね!」
「わ!?」
急に後ろから抱きつかれる。
振り向くとサンデーちゃんだった。
いちごちゃんとおさげちゃん、ミロちゃんもヒトミちゃんもいる。
他にもピンクの腕章を付けたファンの子、まだ会話もしたことのない中等部一年生が勢ぞろいだ。ライブリさんもこっそりと。
「これから第七試験を攻略しますの! 手伝って下さいまし!」
「もちろんです!」
みんなと一緒にもう一度、正門前に向かう。
第七試験は「ニスロクの料理」という名前だったけど、裏モードには料理要素が撮って付けた程度にしかなかった。
ならどこにあるのか? 当然、表のチャンネルだ。
「ようやく来ましたね魔法少女!」
「リズールさん!」
正門前にはやはりスーツ姿のリズールさんが居て、ファンデット榎本を含む、何体かの怪人幹部らしきスーツの男性陣が控えている。
さらに立食パーティーが出来るよう、食堂から持ち出された長テーブルや椅子が並べられ、多くの料理が用意されていた。
ケーキやタルトなどのデザートもたっぷり用意されている。
近づこうにも見えない壁――結界が邪魔で入れない。そこでリズールさんが高笑う。
「あはははは! もうお腹が空いたのですか!? 第五試験で食べたばかりなのに腹ペコな女の子たちですね! 太りますよ!」
「で、デザートは別腹です! あとで運動するので太らないです!」
そうだそうだ、と全女学生が反論する。
女の子にとって食事とデザートは別なのだ。
だからカロリーゼロ。
すると彼女は第一から第七の木片を見せた。
「ふふふ。だとしてもプリティコスモス、あなたは結界に入れませんよ?」
「あっ!?」
ダント氏を見ると「先に取られて回収出来なかったモル」と答えた。
「リズールさん、私を騙したんですか!?」
「裏は裏で大事でした。それはそれとして私は自由になりたい。具体的に言うと、さんざん私を苦しめ続けてきたこの世界と人類を滅ぼすことに決めました」
「そ、そんな!」
「では私の正体を明かしましょう。我が名はリズール・アージェント。我が称号は永劫不屈の魔王。九代目魔王を継承した者なり」
「クッ……!」
膨大なエモ力を発生させ、私たちを威圧するリズールさん。
滅ぼす理由に説得力がありすぎる。私たちでは勝てないのか……!?
「諦めないで夜見さん!」
「サンデーちゃん!?」
「もう一人やない! うちらも戦える!」
「おさげちゃん!」
私の怯えに気づいたようで、おさげちゃんとサンデーちゃんが手を握ってくれた。
いちごちゃんとミロちゃんもその横に並び、中等部一年組全員で手をつなぐ。
他の中等部一年生も手と手を繋ぎ合わせて一歩、また一歩と前に進む。
その代表である私が声を張り上げた。
「私たちは負けない! この世界で生き抜くために!」
「プリティコスモス、木片を持たないあなたに結界を通る権利はない!」
「それってあなたの感想ですよね!?」
「なんですってぇ!?」
「第四試験で習いました! 絶対に破れない結界を破る方法を!」
「よし、エモーショナルエネルギーが限界まで高まった! いまモル!」
「いきなさい夜見さん!」
「はい!」
パッ、とサンデーちゃんが手を離す。
「おりゃあああッ!」
ゴッ!
みんなの繋いだ手と手。
ぬくもりと優しさ。それを全て拳に乗せて、全力で結界を殴りつけた。
おそらくは私の紋章――秋桜の模様が結界に焼き付く。
しかし書紀の先輩みたく、リズールさんの頬に模様が焼き付くことはなかった。
「結界の維持者はリズールさんじゃない……!?」
「ライナお姉さま!」
「分かっています! さらにもう一発!」
ドゴッ!
結界を殴ると、リズールさんは少しだけ微笑んでエモ力の放出を弱めた。
変わりに地面がドン、と揺れる。
好機と見たサンデーちゃんが号令をかけた。
「皆さま今ですわ! ファイトー!」
『おーっ!』
中等部一年生全員で結界を拳で殴り、それぞれのエモ力を流し込んでいく。
リズールさんは眉ひとつ変えずにそれを眺める。
すると突如、地面がヒビ割れ、例のピンク触手が何体も這い出てきた。
「いぎぎっぎ!? ぎぃ!?」
「出ましたわね触手型ファンデット!」
『あがが! 痛え熱いアツイアツイ!』
それだけじゃなく、第二試験の大岩と同じくらいの大きさをした肉肉しいピンク色の何か――おそらく触手の本体が這い出てくる。
私たちの紋章のほか、大きなコスモスの紋章が焼き付いたそれは、地面でのたうち回った。
「ひぃ、陽の光!? エモい!? あ、熱い! ぐるじい!」
「サンデーちゃん、こいつは!?」
「触手型ファンデット「ハイター」ですわ! 第六試験でわたくしたちの純潔を弄んだのみならず! 聖ソレイユ女学院のシャワー室の排水管に勝手に住み着いて、わたくしたちの汗水をボトルに詰めてネット販売していた本物のクソ野郎ですの!」
「うわきっしょい……! 許せませんダントさん! どうすれば!?」
「裏モードでのお手本と同じ対処方法モル!」
「分かりました! ――変身!」
私はピンク色の光に包まれた。
制服は素粒子レベルまで分解され、魔法少女の衣装に再構成される。
両手には硬い素材の手甲、足にも桃色の上げ底靴。そして各部位への謎リボンと宝石ブローチ。
全身の白い光が花びらのように散って、ピンクロリータコーデになった。
最後に私の青い瞳が完全にピンクに染まり、秋桜の模様が浮かぶ。
『魔法少女プリティコスモス! 純正式礼装!』
私は完全なる桃色の魔法少女に変身した。
ゴオ、とリズールさんに負けないほどのエモ力が私から湧き上がる。
「こ、これが統一色補正……! 凄まじいパワーモル!」
「今ならなんでも行ける気がします!」
「まま、魔法少女ぉ!? 何をする気だぁぁ!?」
カチッ――
『プリティコスモスソード!』
「うるさいこの変態!」
ザクッ、パリンッ! ザシュッ!
「ぐげええぇ!」
強固な結界をぶち破った私は、触手型ファンデット「ハイター」の本体に剣をぶっ刺し、ぐぐ、と持ち上げる。
触手が全身に巻き付いてきて、必殺技を強行しようとする私を止めた。
「くそう俺が何したっていうんだよぉぉ!」
「あなたは私のファーストキスを奪った! だから倒します!」
「やってたぁぁ!」
触手の力が緩む。そのまま底のボタンを二連打。
カチカチッ――
『エモーショナルタッチ! プリティコスモスラッシュ!』
「飛んで行けええええ――――!」
『ぐぎゃあああああ――――――――……』
ドウッ、と剣から放出されたエモーショナルエネルギーは、触手怪人ハイターごと天高くまで伸びる。触手怪人は完全に両断され、上空で大爆発した。
シャインジュエルがキラキラと星空のように光り、風に流されて飛んでいく。
前を見ると、リズールさんたちが待っていた。
「ククク、なかなかやるようですね。流石はプリティコスモスです」
「リズールさん。まだ戦いますか?」
「CEOを付けなさい。ともかく、争奪戦の舞台は梢千代市。それまで戦うのはやめておきましょう。今は――」
「今は?」
「怪人役との顔合わせ、今後のスケジュール調整のために立食パーティーを行います。参加しなさいプリティコスモス」
「いいですけど、試験は合格ですか?」
「ええ。第七試験「ニスロクの料理」は終了。あなたたち中等部一年生は、魔法少女試験を満点合格しました。ひとまずお疲れ様です」
ワッ――
全員が喜びの声をあげ、ハイタッチする。
私も剣を下ろし、他の女学生とともにデザートに群がった。