第140話 おじさん、魔法少女試験を制覇する⑥
言われた通りに正門前に来ると、思っていたより多くの女学生が立っていた。
そこで最後の友達、ミロちゃんとようやく合流する。
「こんにちはミロちゃん」
「ああ、夜見さん。こんにちは」
「警戒してますね」
「はい。創始者のリズール氏がクーデターを起こしましたから」
彼女が視線を前に向けたので、私もそちらを向く。
正門前には黒いスーツ姿のリズールが居て、刀印を結びながら立っていた。
足元には縄で縛られた老齢の貴婦人ことナターシャさんが転がっている。
近づこうとすると、見えない硬い壁にぶつかった。
「わ、入れない」
「実は――」
第七試験「ニスロクの料理」の試験監督はナターシャさん。
しかし、話しかけるためにはリズールさんの出している強固な防御結界を解除しなければならず、彼女はとても高度な術者なので物理での破壊は不可能。
ちゃんと解除条件を満たさないと入れないのだとミロちゃんに説明を受けた。
ダント氏は言う。
「ここで木片を使うモル。第一から第七を結界内に投げ入れるモル」
「でも木片は第六までしか存在しません。不可能です」
「ミロさん、もっと頭を柔らかく使うべきモル」
「どういう意味ですか?」
ミロちゃんが眉をひそめると、ダント氏は木片を取り出す。
第一から第六までで、合計で六つ。
「六つしかありませんよ?」
「実は第一試験だけ二個貰えるモル」
「――!」
ダント氏は二枚目の第一を出した。
「ど、どうやったのですか?」
「屋形光子先輩は、試験中ずっと催眠魔法を展開しているモル。夜見さんはそれを攻略したから貰えたモル」
「でもヒントはどこにも」
「ちゃんと気づくためのヒントはあるモルよ。こうするモル」
ダント氏が第一試験の木片の文字を指でなぞると、薄っすらと七の文字が見えるようになる。そのままなぞりきると第七の木片に仕上がった。
「第四試験の魔法陣パズルで聞ける苦行の説明もヒントになっているモル」
「気づかなかった……!」
悔しそうに唇を噛むミロちゃん。
そのまま戻ろうとしたので、私が引き止めた。
「焦らないで下さい。屋形先輩は個人的な事情でメイド服に着替えているところです。あと一時間くらいは出会えません」
「むうーストレスです」
すると頬を膨らませて、座り込んでしまう。
相手をしてあげたいところだけど、まずはリズールさんのご要望だ。
私はダント氏とともに、七つの木片を結界内に投げ入れた。
ゴゴゴゴゴ……
すると地面が揺れ動き、地面からギロチン台が生えてくる。
同時にリズールさんの発するおぞましい恐怖や吐き気がマックスまで高まった。
これは怖がらせるための威圧じゃない。彼女がずっと抱えていた負の感情だ。
それがついに吐き出された。
うぞぞぞぞ――
『モドレルモドレルモドモドモドモ――』
それを待っていたかのように大量の悪感情が押し寄せるも、結界に触れた瞬間に白く光って浄化され、金色のエモーショナルエネルギーに変わっていく。
リズールさんは恐怖に顔を歪ませながら耐え、ギュッと目を閉じる。
私は思わず応援してしまった。
「が、頑張れー……!」
『ま、負けないでー!』
『がんばれー!』
それで状況が伝わったのだろう、他の女学生たちも応援をしてくれる。
最後に太ったミミズのようなものがイモムシのように這い出てきて、結界に入ったかと思うと、浄化されて黒いマネキンの首になった。
全て終わったと思った頃に、一人の少女が結界内に入ってマネキンの首を抱える。
「……リズール、よくやった」
「お前が、お前が銀雪の亡霊だったのですね」
「迷惑をかけた。もうじき終わる」
十二歳前後の方のナターシャさん、フェレルナーデさんだった。
老齢の貴婦人ナターシャさんと、フェレルナーデさん、二人が結界内で揃う。
別存在なのかどうなのかは分からないけど、今は見守ろう。
「詳しい説明が必要か?」
「まずはナターシャ様にかけた死の呪いを解きなさい。私はナターシャ様が無事ならそれでいい」
「なら手早く済ませよう。ナターシャ。死ぬ準備はいいか?」
「勝手に殺すなバカ。お前がどうしても生き返りたいというから、五十年かけて協力してやっただけだぞこっちは」
「……! そ、それはどういうことですか我が盟主!?」
「ごめん話はあとで。フェレルナーデ、やれ」
「すまない」
フェレルナーデはナターシャの胸元に手を突っ込み、鉄の鎖のようなものを引っ張り出す。はあはあ、とナターシャさんの息が荒くなり、蒼い瞳が溶けて震えだす。
「耐えるなナターシャ。吐き出せ」
「オエッ」
ゴトン……
ナターシャさんが謎の黒い玉を吐くと同時に容赦なく鎖は抜き取られる。
ポタポタと新鮮な赤い血をまとった鎖だ。
その鎖を、フェレルナーデさんは自分の首にぐるぐると巻き、唾液まみれの謎の黒玉も掴んでギロチン台に移動。
マネキンの首と一緒に大事に抱えたまま、断頭台の前で膝まづいた。
「偽装解除」
すると急に、彼女の首から先が消滅してしまう。
そこには首なしの少女の身体だけがあった。
なにかの処刑シーンの再現? 儀式かな?
今度はナターシャさんが息を吹き返し、指示を出す。
「り、リズール。ギロチン起動」
「フウ、フウ、フウッ! ふっ!」
リズールさんが刀印を下ろす。
ダン!と音がして、ギロチンの刃が落ちるも、すでに首がないので何も落ちない。
刀印を戻すと刃が上がり、横に動かして九字切りすると、少女の身体が勝手に動いて、マネキンの首をくっつけ、餓死寸前の様相をした銀髪の少女に変わった。
気がついたようで、しゃがれた声を出す。
「あ゛」
「よく分かりませんが、もっと早くに気づくべきでした。銀雪の亡霊、あなたはただ生き返りたかっただけなのですね」
「あ――」
その少女は何も言わずに倒れ、リズールさんの部下である黒い軍服ワンピースの女性たちによって救急措置が取られたあと、救急車でどこかに搬送されていった。
ちらりと確認したが、崩落した連絡橋はすでに直っているらしい。
ナターシャさんはというと――急激に若返って六才くらいの幼女になっていた。
「はあ終わったー……クソ悪霊がよ、五十年も執念深く取り憑きやがってぇ……」
「ま、我が盟主! ご無事なのですか!?」
「あー説明はあと。最後の仕上げがあるから、このまま結界を維持してリズール」
「か、かしこまりました」
まだ続くんだ。
すると梢千代市の方角から、ひいひい言いながら一匹の太った鷲が飛んでくる。
それは地面に降り立つと鷲の頭をした骨まみれ怪人――欲魔へと姿を変えた。
「ハァ、ハァ、我が名は悪魔ニスロク! よくもベルゼブブ様のお気に入り魔法少女を蘇らせたな! あのお方は嫁を取られてご立腹だ! 責任を取れ!」
「ナターシャ様。あれは?」
「エモーショナルエネルギーを横領していた真犯人の部下」
「ふふ、なるほど。我が盟主はいつも私の想像を越えています」
リズールさんは指先にエモ力の玉を発生させ、相手に向けた。
「ばん」
ボッ!
「ぐえー!?」
ニスロクと名乗った鷲の欲魔の胸に穴が開く。
二発、三発と続けて撃たれるが、彼の細胞が急激に活性化し、穴が塞がった。
「治せるのですね」
「はは、ははは! そんな技は効かぬ! ベルゼブブ様の加護がある限り!」
「もしや不死身なのですか?」
「当たり前だ! 俺は暴食の悪魔ベルゼブブ様お抱えの料理魔! 美食の悪魔ニスロクだぞ! 自身が具材になるなど百も承知! だが俺は死亡と同時に全身を構成するエモーショナルグルメ細胞が自動で活性化して、微粒子レベルに分解されても一瞬で完全復活するのだ! がはははは!」
「なんという特技……ナターシャ様、まさか」
ハッとしたリズールさんが足元の銀髪幼女を見ると、幼女スマイルをした。
「あとは応用だ。贖罪に感謝を込めろ」
「ふふ、分かりました。ではニスロク様に感謝を」
「んあ!? な、なんだ!?」
リズールさんが手を合わせると、欲魔ニスロクは丸い結界の中に封印される。
どんどんと空高く登っていく。梢千代市を見下ろすような位置まで。
『な、何をするつもりだー! ここから出せ~!』
「美食の悪魔ニスロク様! これからあなたをこの世界の法と定めます! あなたならきっと、この世界をもっと素晴らしいものに変えられる!」
『かかか勝手なことを抜かすな~!』
とは言いつつも、これが茶番劇だと彼も知っているのだろう。
抵抗がわざとらしいし、上擦った声だ。
リズールさんはクスっと笑った。
「では、これにてお開き! エモーショナル爆破!」
『ぎゃあああ――――ッ!』
ドォ―――――ン……
結界が割れて七色の花火になり、欲魔エスロクの笑顔が青空に浮かぶ。
それに続くように梢千代市からも花火が上がった。
よく分からないけど、なんだか解決したっぽい。
いや、これからなのかな。
「すぐに理解が及ばなくなるなぁ、梢千代市って」
「プリティコスモスが魔法少女試験を完全制覇したモルー!」
『イエーイ!』
女学生のみんなもノリで喜ぶ。私もノリで喜んでおこう。
それがエモーショナルな反応だろうから。
すると私の前にリズールさんと幼女ナターシャさんが来て、深々と頭を下げた。
「ライナさま、少々お時間とご迷惑をおかけしました。ご要望通りにダークライ絡みの問題と世界平和、両方とも選べる第三の選択肢を取らせていただきました」
「身内の問題で迷惑かけてごめんね」
「あはは、いえそんなことは。世界は平和ですか?」
「怪人組織はまだ健在です。魔法少女の仕事はまだまだ残っています」
「なら頑張らないといけませんね。あとはお任せ下さい」
「はい」
ああこれは。俺たちの戦いはまだまだこれからだ、エンドか。
彼女たちはあくまでも今を生きる人類のために、自分たちの未来を犠牲にしているんだろう。結末にたどり着くまで終わらない旅を続けるんだ。
お互いにお辞儀をしたあと、「用事があればカフェグレープで」と再会を約束してから別れ、ダント氏に話しかける。
「それでダントさん。次はどうしますか?」
「購買所支店で資格者IDカードを貰って、梢千代市に遊びに行くモル」
「分かりました。あのお二人が望む結末にたどり着けるよう、お手伝いしてあげたいものですね」
「なら今を頑張ればいいモル」
「あはは、簡単そうで難しい話です」
とりあえずは少し疲れたので休憩だ。
しばらく答え探しをやめて、寄り道を重視しよう。
正面校舎の電光掲示板の「55位 魔法少女ファントムスノウ アンネリーゼ・■■■■■■」という文字が黄色く点ったのを見ながら、私はそう思った。