第139話 おじさん、魔法少女試験を制覇する⑤
第五試験会場の食堂は、長椅子や机などがまるっと片付けられ、八畳一間の休憩スペースが七つほど出来ていた。
各スペースごとに大鍋で作られたちゃんこ鍋が振る舞われている。
「お姉さま! なんだかお相撲さんの待機場みたいですね!」
「わあぴったりな表現」
大勢の中等部生が集まっていて、わりと混雑気味だ。
私のお腹もぐうーと思い出したように鳴った。
「お腹もすいた」
「空きましたね! どこで食べますか!?」
「ええと」
『おーい! こっちだプリティコスモスー!』
適当な場所を探していると、大手を振って呼ばれた。
片方は狐耳の生えた銀髪娘――たしか元一位さんで、もう一人は髪からまつげの一本一本にいたるまでバチバチの銀髪で美しい女学生だ。どなただろう?
他を見渡しても知り合いはいないみたいだし、スルーも出来ないので近づく。
言われるがままに畳の上に上がり、同じちゃんこ鍋を囲んだ。
「久しぶりだねプリティコスモス」
「ええ。お久しぶりです」
「お、流石だな。私をちゃんと覚えていたか」
「はい元一位さん」
「九条玉前だし魔法少女グレイリーフォックスぅぅぅっ!」
「ふふ」
からかいがいのある人だ。
にっこり笑うと、例の見知らぬ女学生が、プラ容器に取り分けたほかほかの鍋具材と、別容器に大盛りにした白ごはんを渡してくれた。
「食ってくれ。自信作だ」
「ああ、どうも丁寧に。ありがとうございます。ええと、あなたのお名前は?」
「聞いて驚かないでほしい。ライトブリンガーの久城霧夜だ」
「わあ……」
言われてみれば、ライブリさんの面影があるかも。
私よりもはるかに高身長の銀髪美女だった印象が強くて忘れていたが、中学生くらいの頃はこんな感じだろうな、と思える容姿だ。
ご飯を受け取り、食べながらそう思う。
ヒトミちゃんはおにぎりを食べながらぐるるると唸った。
「ついにお姉さまを囲いに来たのですね九条家……」
「そう思われても仕方ない。否定もしない。それでも仲良くしたかっただけだ」
「ライナお姉さまは赤城家のものです。渡しません」
「わ」
そう言って、私にぎゅっと抱きつく。
仕方ないから容器を畳に置いて頭を撫でてあげた。
すると、私のごはん容器を勝手に持ち、ズズズとちゃんこスープを飲んだダント氏が口を開く。
「わあ本当に美味しいモル!」
「へへ、そうだろそうだろ? 家でみっちりしごかれたからな」
「それでアームズのライブリさん。女学院の制服を着てるということは、ライブリさんは魔法少女になれたモル?」
「ああ。秘匿情報だが、俺だけが唯一の成功例だ」
「州柿先輩からは全員失敗したと聞いたモルけど」
「そういうことにしている。女学院に男子生徒が紛れるのは少し問題が多いと朔上校長が判断されたんだ。聞かれたらそう答えてくれ」
「分かったモル」
ライブリさんとの情報交換は終わったらしい。
ダント氏は続いて、勝手に私の鳥つくねとだいこんを頬張り、エビつくねを二個も食べたかと思うと、今度はお腹いっぱいになるまで白米を食べ、丸くなってすうすう寝息を立て始めた。
「僕はドカ食い気絶部の聖獣モル……」
「ふふ。そういえばグレックスさんも聖獣でしたっけ?」
「グレックス? 誰?」
「グレイリーフォックスちゃんの略ですが」
「貴様」
怒った元一位さんにぺしぺし叩かれた。
なんだろう、なんだか実家のような空気になる。
「夜見さんも実家にいるような安心感を感じるモル?」
「ああ、はい。どうしてでしょう?」
「それが第五試験「心地よい寝床で温かいご飯を食べてお昼寝」モル。どれだけピンチで時間がなくても、まずは活動拠点を作り、食事と装備のチェックを終えてから動き出す。これがとても大事なんだと試験を通して伝えているモル」
「わ、そうなんですか」
「そうだぞプリティコスモス。とても大事だ」
「ライブリさんまで」
「危険地域にセーフティーゾーンを作っていくのは先陣を切る者の使命だ。とりあえず用意しておけば、自分がダメだったとしても、他の誰かが足がかりに動ける」
「言葉の重みが違いますね」
「だろ? 数少ない生還者だからな」
ドヤ顔する女学生ライブリさん。かわいい。
「それで話は変わりますけど、第六試験のことです」
「「?」」
説明したら、すでに把握しているようだった。
その上でここに留まっているのは、やはりというか私を待つため。
ライブリさんとの顔合わせを済ませたかったらしい。
それより、と元一位さんが私の肩に手を乗せる。
「ねーねープリティコスモスー」
「なんです? たまさん」
「たまさんて貴様……」
「駄目ですか?」
「いや、許すけどね? その上でお願いなんだけど、ライブリは今回のクラス替えで、お前と同じクラスになったという設定で動いて欲しい」
「じゃないとどうなるんですか?」
「私の推し――州柿井鶴が過労で倒れる」
「バッチリ覚えました」
「ヨシ。頼むぞ」
話は終わった。会話が弾んで楽しかった。
九条家のお二方は座禅を組んで瞑想を始める。
それを見ながら私は、ちょっとだけ欲張ってちゃんこ鍋を食べた。
久しぶりの満腹感にお腹を押さえる。
「はあ、食べました。お腹いっぱいです」
「なら目を閉じて寝るモル。じゃないと攻略条件を満たせないモル」
「そういう試験ですもんねー」
眠りに落ちたらどうなるのか、などと考えている余裕はない。
ヒトミちゃんもすでに寝ていることだし、眠いので、そのまま目を閉じた。
次に目が覚めたら……そうだなぁ。
また平和にシャインジュエル争奪戦が出来る日が来ればいいな。
◇
「――フフ」
声がしたので少し目を開けると、私の顔を覗き込んでいるアスモデウスがいた。
またあれか、ここは夢の中。真の攻略法があるとかだろうか。
身体を起こそうと動く。
「ああ、そのまま目を閉じていて下さい。ただ寝顔が見たかっただけなのです。あなた様を害そうとする他意などありません」
「なら……」
どういう、と質問する前に、相手は視線を遮った。
「あなたの瞳は眩しすぎる。まるで星空を見ているようです」
「急にロマンチックなことを言いますね」
「……ひとつだけ、あなた様に質問があります」
「なんですか?」
「これはどちらも正しい選択の質問です。問題を先送りにして平和を取るか、平和を捨ててまで問題を解決するか。あなた様はどちらを選びますか?」
「あはは、トロッコ問題。ならこう言わせて下さい」
「なんでしょう?」
「世界平和と問題解決、どっちも出来る第三の選択肢を作ってくれませんか。ね、リズールさん」
アスモデウスの手をどける。
じっと私を見つめているのはやっぱり黒髪美女のアスモデウスだけど、その瞳の向こうにアリスちゃん――リズールさんの顔が見えた。夢と夢が繋がってるんだ。
涙ぐんでいる彼女の目元を拭い、体を起こして軽く抱き寄せる。
彼女は身体をビクっと震えさせた。
「やっぱり。やけにしっとりした話をしてくるなと思ったんです」
「いつからお気付きに?」
「ちょうど今ですよ。あなたは優しすぎる。悪役なんて似合いません」
「だとしても。私には全ての人類を不幸にしてでも辿り着きたい結末がある」
「それだけナターシャさんが大事なんですね」
「我が盟主は私の全てです。死なせるわけにはいかない」
「私たちは手伝えますか?」
「……プランはあります。でも、大勢の死人が出ます。あなたの友達も先輩も家族も例外ではなくなる。私も道半ばで死ぬ。ただ、プランが成功すれば、全てが蘇るほどの奇跡を起こせる。だけど」
彼女の行進を引き止める物がある。
彼女が託され、背負ってきた多くの願い。今を生かすべきだと願う人々の想い。
知らないし、見たこともない人たち。軍服ワンピを着た女の子が多い。
夢だから見えているのだろうか。
「……見えますか。私の背中にいる方々が」
「はい」
「私は。ダークライと呼ばれている集団と、人類存亡をかけた総力戦を行い、ほんの少しの人間と、百万もの同胞を犠牲に世界を救いました。今から百五十年前のことです」
「――ッ」
怖いとか酷いとか、そういう次元の話じゃない。
「戦火が途切れたあと、私をお作りになった大賢者ウィスタリアが、いまから百年経って、無限大の力を持った完全なる魔力の申し子――我が盟主はお生まれになる。ダークライはまたやってくるから、その時は彼女とともに再び戦えば、因果を完全に断ち切れると伝えられました。そのために百年の眠りにつき、我が盟主と出会い、旅をして、倒す因果を歴史に刻みつけました」
「はい」
これは、彼女がヴィランに落ちなければならない理由。
見初められてしまった私が、これから受け止めなければいけない彼女の愛だ。
覚悟を決めて、話を聞く。
「……しかし。我が盟主はどういうわけか、その力の全てを費やして、問題を先送りにしてしまったのです。愛する友人と彼女のためと語る我が盟主に、私は絶望しました。五十年前のことです」
「はい」
「せめて戦火から逃れようと、この魔力がみじんも存在しない世界に移住しました。なんとダークライはこの世界で私たちを待ち構えていました。しかし因果はあるので断ち切れるはずだと、ダークライの迫害を受けていたソレイユの賢人と協力し、光の国ソレイユを立ち上げ、魔法少女とともに五十年間も戦い続けてきました」
「はい」
「何百、何千、何万もの仲間と魔法少女が死にました。一般人はもっと多く死んでいます。それでもまだ、ダークライとの因果は残っている。まだ人が死ぬんです。それをほんの数手で終わらせるチャンスが、再び来ることが分かったら、私はもう抗えない。仇敵だったはずの物語の悪魔テラーの和解案に乗るしかなかった。争奪戦が開幕したその日の出来事です。最初から私が全ての黒幕だった」
「そうだったんですね。これからどうなりますか?」
「まだ因果は断ち切れていません。私が魔に堕ちた意味も、我が盟主の寿命も意味もなくただ尽きる。だけど、プランはあるから、これは意地です」
「どんな意地ですか?」
アスモ――いや、リズールさんは私をぎゅっと抱きしめ、答えた。
「我が盟主が自分から死にたくない、まだ生きたいって言うまで絶対に仲間に戻ってやらないと決めました。ライナ様にはご迷惑をおかけしますが、もうしばらく私の茶番に付き合っていただけませんか?」
「いいですよ。仲良く喧嘩して下さいね」
「ありがとうございます。目が覚めましたら、正門前の第七試験「ニスロクの料理」で会いましょう。その時は――」
どうして欲しいのか伝えられる。真面目だなぁ。
リズールさんとの会話が終わると、アスモデウスは正気に戻った。
「まあうふふ。まさかこのアスモデウスを秘密夢通信の仲介者として使うなんて」
「あ、ええと、怒らないであげて下さい」
「怒るどころか、むしろ選んでよかったとさえ思っています。夜見ライナ様。彼女だけは絶対に幸せにしてあげないといけませんよ?」
「あはは、頑張ります。はは……」
アスモデウスは「ではまた」とウィンクして、微笑みながら去っていく。
眠気がふたたび戻ってきたので、そのまま身を任せた。
◇
次に目が覚めると、瞑想を終えたライブリさんと元一位さんが席を立った。
「プリティコスモス。先に行く」
「行ってらっしゃい」
それ以上の言葉は要らない。
おそらく彼女たちも聞いたのだ。リズールさんの真意を。
彼女のプランはほぼ完璧に整えられた善意で舗装された地獄だった。
それを拒絶するのは人として当然だし、攻めることは出来ない。
だが、リズールさんはその「当然」を許さなかった。
彼女が先にその地獄を歩んで、人類を生かした証人だったからだ。
この価値観の相違は埋められない。
「ナターシャさん、あなたはどうして問題を先送りにしちゃったんですか?」
「僕もよく先送りするから攻められないモル」
「ね。誰も責められないし、誰も悪くないのが一番の問題です」
ともかく、置いていかれないよう走るしかない。
ヒトミちゃんを起こした私は、軽く手指を伸ばしながら食堂を出て、エチケットエリアという高性能アイロンやブラシなどが置いてある洗面所で口臭ケア。
そのあとで正門前に向かう。
「はあ、仕事の時間だー」
「頑張るぞーモル」




