第138話 おじさん、魔法少女試験を制覇する④
そこでふと気がつけば、どこか知らない昭和風味の事務員室に足を踏み入れていて、私や書紀の先輩、ヒトミちゃんは事務服を着ていた。
「これは……」
「君は廊下の魔法陣パズルが発動している結界の中に入ったんだ。外の世界にはこういう、一定の条件下で発動し、相手を閉じ込めて殺す、必中必殺の結界術を利用する敵が数多くいる。君に抜け出せるかい?」
「こういうのは大抵、どうすればいいかは決まってますけど」
書紀の先輩を見ると、困った顔を浮かべる。
「あはは、そうそう。術者を殺す。それが最適解だよ。本当は聖ソレイユ女学生みんなのトラウマ、試験勉強に向き合うための試験なんだけど、屋形会長のミラーリングに耐えられる君は引っかからないみたいだね。じゃ、これを」
「どうもです」
第四と書かれた木片を渡してくれた。
ダント氏に渡すと、今度は書紀の先輩にお願いされる。
「次はよければ別解を考えて欲しい。悪人の邪悪さは底知れなくてね。こちらを閉じ込めるくせに、解除条件を何ひとつ付けず、結界の外でのうのうと生きている場合が多々ある。そういうヤツにはどうすればいいと思う?」
「んー……」
腕を組んで考える。
解除条件のない結界の解除方法と、術者への対応か。
するとヒトミちゃんが声を上げた。
「わ、私がお姉さまにお教えします!」
「ヒトミちゃん?」
「そのためにこの中に残ったんです! ハァッ!」
ゴッ!
ヒトミちゃんは急に床を殴りつける。
すると八咫烏の赤い刻印がその場に焼き付いた。
書紀の先輩の頬にも同じ模様が浮かぶ。
「どちらにしても大事なのは、結界は術者が維持しているということ! まずはそこで因果を結びます! 具体的に言うと、こちらのエモ力を与えて結界の維持に参加するんです!」
「なるほど。結界そのものを利用した呪い返しですか」
「そういうことです! さらにもう一発!」
ゴッ!
「痛いっ!」
床を殴ると書紀の先輩の頬がぶたれたように動いた。
あははやられた、と頬をさすりながら先輩は言う。
「そうだね。共感だ。入った者を外に出さない結界なら、逆に維持する側に回ればいい。なぜなら絶対に破れない結界は同調されること――相互理解を想定していない。さらに言えば、そのまま結界を乗っ取ってしまうのが最適解だ。縁を結べば術者が分かるようになるし、相手の力で安全地帯を維持させられる。ついでに結界を殴れば相手にダメージを与えられるという点も強い」
「簡単にやってますけどかなり高度なテクニックですよね?」
「君が第一試験でやった手拍子のアレ。やってみなよ」
「わ、分かりました」
どっちかは分からないけど試しにやってみる。
手にエモ力をまとわせて。
「感応!」
思いっきり手をたたき合わせる。
ピンクの音波と私のエモ力が教室中に広がり……あれ、教室?
周囲を見渡すと、普通の教室に戻っていた。
巻き込まれていた中等部二年の先輩方はガッツポーズをする。
「も、戻った! 戻ったぞー!」
「サンキュー後輩! あとでジュース奢ってやるから!」
「あはは。ど、どもです」
「ほらほらハイタッチ! イエーイ!」
パンッ!
「い、イエーイ」
私とハイタッチしながら先輩方は出ていった。
書紀の先輩を見ると、優しく微笑んで説明してくれる。
「さらにまた別解。魔法「緑」による無差別な状況確認。結界術は表と裏のチャンネルを強制的に反転させているようなものだ。だから結界内に閉じ込めた者に「表の世界」の情報がバレると、結界の内側も「表の世界」で確定し上書きされてしまう。いわゆるシュレディンガーの猫ってやつ」
「いろんな解答方法があるんですね」
「だから魔法陣パズルなんだ。他にもエモ力の大量放出で結界の内圧を高めて爆破とか、物理的に殴り壊すとか、解法は無限大にある。説明は以上。お疲れさま」
そう言って書紀の先輩はニッコリと笑う。
第四試験は終わりらしい。
しかし少しだけ寂しそうだったので、聞いてあげた。
「あの、もしもですけど」
「ん。どうしたかな?」
「そういう力押しで解けない結界と出会った時はどうすればいいんでしょう?」
「簡単だよ。正攻法。解除条件をつき止めて達成すればいい」
ぽんぽん、と手を置くのは魔法陣が書かれたテストの山。
「この紙のテストには、ソレイユの賢人である先生方がその生涯をかけて調べ尽くした、考えうるかぎりですべてのパターンが乗っているよ」
「わあすごい」
「ただ、これらを覚えるのは一般的に苦行と呼ばれている」
「苦行」
「ああ、苦行だ。私は特殊な人間、いわゆる魔法陣オタクだから耐えられたけど、一般人は耐えられなくて死ぬ。具体的に言うとすべての風景が魔法陣に見えて頭がおかしくなるんだ」
「ひぃ」
なんて怖い試験なんだ……
怯えていると「しまった」と書紀の先輩はそろりそろりと私の後ろに回り込み。
その両手で私の目を隠し、温めてくれる。
「はあ、温かい」
「怯えなくていいよ。たしかに苦行だけど、これは終わりがある苦行だ。いつか暇になったら私のところに来て。一緒にぜんぶの魔法陣を覚えよう」
「ひゃい」
やばい。この先輩の囁き声、脳がとろけそう。
なんだか苦行が楽に感じてしまうような、そんな優しさを感じる。
「じゃ、第四試験は今度こそ終わりだ。君は私が一番言いたかった言葉を引き出してくれたから、お礼に魔眼をあげよう」
「魔眼?」
「魔法陣が見えるようになる魔眼。魔法陣眼だ」
書紀の先輩が手をどけると、ヒトミちゃんが化粧直し用のコンパクト手鏡を見せてくれる。
なんと私の瞳の色が、青色からピンク色に変わってしまった。
「目の色が変わっちゃいました」
「ひと目見た時から違和感があったんだ。髪がピンクなのに目が青なのは、ちょっと魔法学的に相性が悪すぎる。お互いの長所を打ち消し合ってしまうからね」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。だからピンクのカラーコンタクトレンズを入れさせてもらった」
「ああこれカラコン」
試しに動かすと、ピンクの瞳がズレて青色が顔を覗かせた。
もとに戻しておく。
「よし。今度の今度こそ終わり」
「わ」
そうしたら書紀の先輩は私の両肩を叩いた。
「そうそう。髪、コスチューム、瞳の色。すべてを同じ色に統一した魔法少女はとても強いよ。トライフォースに匹敵するほどに」
「そうなんですモル!?」
「ああ。魔法少女衣装が進化されると流石に劣勢にはなるけど、統一色補正で一矢報いることは出来る。格落ちをギリ免れる程度だけどね」
「……あの、思ったんですけど。魔法少女同士で戦うことを前提で話してません?」
「フフフ、魔法少女同士が争っちゃいけないのは表向きの発言だからね。裏チャンネルではバチバチにやり合って切磋琢磨してるんだ」
「それはまたどうして?」
「怪人と戦いは基本、ルール無用でやるしかない。でも魔法少女同士は違う。お互いに人の心が分かる仲間だからちゃんと試合形式で戦ってくれる。ようは戦いの中で自分だけの勝ち筋、戦術を組めるんだ。そういう対人バトルが好きで好きで仕方ない子が、今の中学二年、三年生に集まってるんだよ」
「世界は広いなあ」
今日はたくさんの学びがある日だ。
裏の対人バトルには絶対に混ざらないと。
表はまともな実戦や戦闘訓練が少ないから本当にいい情報だった。
絡め手いっぱい考えてるのに使えてないし。
「絶対に裏の対人バトルに参加しよう」
「ふふ、楽しみにしているよ」
「それで第五試験の場所は」
「ああそれは――」
第五試験の会場は隣校舎の食堂にあるとのことなので、優しい書紀の先輩とは残念ながらお別れだ。
「書紀の先輩! こんど一緒に遊んでくださいねー!」
「ああ! 一緒に魔法陣パズルの全パターンを覚える苦行をしよう!」
「はい!」
さよならまた今度。共に苦行を。
ヒトミちゃんと一緒に、何故か三階だけにある渡り廊下から隣の校舎に向かう。
ちなみに第五試験の名前は「心地よい寝床で温かい食事を食べてお昼寝」。
ようはご飯を食べてお昼寝すればいいのかな?