第137話 おじさん、魔法少女試験を制覇する③
中等部校舎の三階に到着すると、廊下中にびっしりと書かれた白い魔法陣に圧倒される。それもそのはず、第四試験は「魔法陣パズル」だから。
まどかさん曰く、筆記試験「情報」のテスト用紙の裏で見た魔法陣、あれは第四試験の会場を教えるヒントでもあったらしい。
裏の裏まで意図を汲み取るべきだったか。
「――しかしこれは、圧巻の光景ですね」
「頑張ろうモル」
足を踏み入れると、急にクイクイと袖を引っ張られる。
おさげちゃんといちごちゃんだった。
真顔で私の袖を引っ張っているのがいちごちゃんで、そんな彼女の口を全力で押さえているのがおさげちゃんだ。
「ああ、夜見はん。丁度ええとこで出会ったなあ」
「わ、わあ。おさげちゃん。いちごちゃんも。ここにいたんですねー」
「いちごがどうしても手伝ってほしい言うし、うちも先にパズル解いた方が早いおもうてな。ついてきてあげたんよ。今ちょうど終わったとこや」
おさげちゃんが第四と書かれた木片を見せてくれる。
これで分かるやろ、という感じの顔にニッコリと笑みを返した。
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「ほんま疲れたわぁ。それでそっちの手ぇ繋いでる子はどなたどす?」
「はああ……ッ」
油断していたまどかさんは戦慄する。
おさげちゃんが擬態を解き、一瞬で私の隣にいるまどかさんに肉薄したのだ。
拘束を解かれたいちごちゃんも相手に身体を寄せてガンを飛ばす。
「思い出した。七光華族会議で会った顔ね」
「ひいい」
「夜見はん、説明してぇな。この泥棒猫はどなたどす?」
「遠井上家の本家の方です。体育館前で強力な悪霊に取り憑かれていたところを助けました。それ以外の関係はありません」
「つまり夜見はんの本家が唾付けに来たってことなんやな?」
「あッ……ち、ちが、ちがひ」
全力で否定しようとするも、しどろもどろで上手く話せないまどかさん。
まあ、この二人の圧はただの偽装陰キャには耐えられまい。誤解を解こう。
「違いますよ二人とも。彼女と私は恋愛関係にはなれません。名字が同じですから」
「じゃあなんでまだ手を繋いでるのよ」
「? 家族なんですから、手を繋ぐのは普通じゃないんですか?」
「うちらはなんでその手を離さへんのか聞いてるんやで?」
「案内は終わったんだから離すべきでしょ? そうよね?」
「あー」
ダメだ、逃げられそうにないな。
諦めて圧を受けてもらおう。
「言われてみればそうですね。まどかさん、どうしてでしょうか?」
「そ、それはぁっ!」
「はい」
「……て、手を繋いだら絶対に離すなってお父様が言っていましたぁ! だからプリティコスモスはもう私の恋人ですぅぅ!」
「「ライン越えたな女狐えええええ!」」
どこからともなく大量の形代が出現し、まどかさんに張り付く。
同時にいちごちゃんが黒い棺桶を用意した。
「いちご! 封印準備!」
「すでに完了! 特級恋愛呪霊まどか! 貴様を略奪愛の罪で封印する!」
「ど、どうしてそこまで!?」
「「個人的な恨み!」」
「ひいい~!」
「ああ! ちょ、二人ともちょっと待って――」
しかし私が止める間もなく、まどかさんは形代に包まれて棺桶に封印される。
棺桶には何やら強そうな漢字がたくさん書かれた御札を何枚も貼られ、いちごちゃんは腕を組み、おさげちゃんは棺桶の上にあぐらを組んだ。
「夜見、試験頑張ってね」
「この女狐に邪魔はさせへんから」
「そ、そういう話だったかなぁ」
『しくしく……』
棺桶の中からまどかさんの泣き声がする。
助けてあげるべきか迷い、ダント氏を見ると、彼は左右に首を振った。
「助けるべきだけど、まだ助けちゃダメモル。試験監督の彼女にパズルのネタバラシをされたら、制作チームが発狂するモル」
「で、でも、可哀想です」
『……プリティコスモス、私のことは気にしないで下さい。分かった上での犯行ですから。裁かれるべき罪は裁かれなきゃいけません』
「ならいいんですけど……出たくなったら言ってくださいね?」
『はい、お前さま!』
いまお前さまと呼んだかこの子。
するとおさげちゃんが一枚の形代を渡してくれる。
赤と黒の墨汁でいかつい漢字をたくさん書いた、とても怖そうな何かだ。
「これは?」
「呼び出し用の御札や。来いまどか、って念じれば出せるで」
「ありがとうございます。棺桶からは」
『あ、意外とふかふかしてて心地いいので出たくないです。用事があればそれで』
「ああ、なら」
じゃあ、仕方ないなと諦める。
脱出はまどかさん個人の意思に任せよう。
ここからは個人的な申し出だ。
「それと、いちごちゃん。おさげちゃん」
「どうしたの?」
「なんかあったん?」
「大事な話があります。第六試験のことです」
「「?」」
詳しい説明すると、二人は驚いた。
「おのれ触手型ファンデット殺す」
「夜見はんの初めてを奪った罪で処刑やなぁ」
「あはは、それで棺桶から」
「それはできひん。この遠井上本家のまどかって子、かなり強力な霊媒体質や。このまま封印しとかへんと安全地帯の裏チャンネルにまでファンデットを引き込みよる。かなりやばい悪霊に惚れられとる証拠やわ」
「分かるんですか?」
「当たり前やんか。うちを格下のザコやとでも思ってるん?」
おさげちゃんと聖獣の子狐さんが右手で狐の顔を作る。
すると、巫女服を着た何かしらの上位存在のようなものが、彼女の背後にうっすらと見えるようになった。
彼女は私よりも事情に詳しいようだ。対応を任せよう。
「失礼しました。無知なのでつい失言を」
「ええよ。いちごと一緒に表でファンデット退治してくるわ」
「行ってらっしゃい」
「夜見、この子は借りていくわよ。ファンデットを呼び寄せるの使うから」
『ひええ~お助けぇ~』
「もう、魔法少女は助けあいでしょ? しばらく魔物寄せになってなさい」
いちごちゃんが棺桶に鎖を繋げると、あっという間に縮み、手で持ち運べるサイズになってしまった。そのまま鎖を首に巻いてネックレスにしてしまう。
「いちごちゃんも悪魔祓い系の家系なんですか?」
「ああ、宗教屋じゃなくて狩人の家系なの。怪物専門のね」
「わ、すごい」
「じゃ。また後でね夜見。試験頑張って」
「が、頑張ります」
そう言って二人は表に帰っていった。
おさげちゃんは巫女、いちごちゃんは狩人の家系と、カッコいい情報ばかりだ。
ともかく私は第四試験のパズルを頑張ろう。
「ダントさん、初級ってどこでしょう」
「無いモル」
「え?」
「魔法陣は見て分かる三項目しかないモル。書かれているという事実、円の内部に描かれた模様の角度、それが指し示している場所。この三つだけモル」
「ええと、もう一度聞かせて下さい。どうやって答えを導きだすんですかね?」
「真正面から魔法陣を見て、模様の角度から書かれた時刻を知り、長針になるであろう模様の方角に向かって進むだけモル。つまり壁のない迷路みたいなものモル」
「どこから始めてもいい迷路ってことですか……」
私は中等部三階の廊下にみっちり書かれた、魔法陣のひとつに目を向けた。
三重円の中には直角三角形が二つと、サークルを縦断する長い線が一本。
時刻……ということは、これは魔法陣という名の時計か。
縦の線はおそらく十二時と六時を繋いだもの。つまり方角。北と南だ。
長い方の直角三角形の先端の向きから、この魔法陣は正面から見て真後ろ――六時の方角を指している。
「ええとつまりは、この長い方の直角三角形の先に向かって進めばいいんですよね? 魔法陣は時計として見る感じで」
「そういうことモル。次にたどり着くべき魔法陣は一番時刻の近いものモル」
「分かりました。辿ってみます」
まずはお試しだ。時計の針を追って動いて見よう。
後ろを向いて足元から辿っていくと、新しい魔法陣に出会えた。
今度は、四時の方角か。意外と簡単そうかも。
「おい、なんで試験監督を差し置いて第四試験を始めている……」
「!」
声がしたので教室を覗くと、女学院が全寮制になったその日に、紺陣営の拠点で私と赤城先輩を出迎えてくれたお方がこちらを見ていた。
教室の中は死屍累々と言った感じで、大量の課題――魔法陣の書かれた紙を一枚一枚、賽の河原のように答えを書いては処理していく女学生ばかり。
すると別の先輩が席を立ち、美しい黒髪をなびかせながら私の近くに来た。
太陽の日差しを浴びた彼女の瞳はほんのりと赤く光っている。
「第四試験「魔法陣パズル」へようこそ。私は中等部三年、生徒会書紀。墨田栄子。第四試験の監督責任者だ。どこでもいいから席に座ってくれ。教えたいパターンが山ほどあるんだ」
「ハッ、ハッ、ハッ」
「だ、大丈夫か? ほらビニール袋だ。落ち着いて呼吸を浅くしろ」
「コフー、コフー」
私がトラウマ性の過呼吸を起こすと、先輩はビニール袋を取り出し、口に当ててくれる。そのおかげで発作はすぐに止まり、エモ力を消耗せずに済む。
同時に「落ち着いてよかった」と優しく頭を撫でてくれた。この人やさしい。
「と、トラウマと向き合う日が来たということですか」
「夜見さん頑張ろうモル。僕もしっかり応援するモルから」
「は、はい」
「緊張しているんだな。なら安心してくれ。私も付きっきりでサポートするよ」
「ありがとうございます書紀の先ぱ、あうっ」
教室に入ろうとすると、またクラクラしてその場に崩れ落ちそうになる。
そんな私を支えてくれたのは、命綱で繋がったダント氏、書紀の墨田先輩と、慌てて席を立った黒髪目隠れの女の子――妹のヒトミちゃんだった。




