第135話 おじさん、魔法少女試験を制覇する①
「ううう、キスしちゃったぁ、責任取らなきゃぁ……」
トントン――
「はう?」
そこで肩を叩かれる。ダント氏だ。
彼は文字の書かれたメモ用紙を取り出した。
こう書いてある。
『今は第六試験の「首輪千切り」。尊敬している人に化けた何者かがむりやり首輪を付けてくる。全力で引きちぎれ』
「く、首輪を?」
続いて裏を向けた。
『魔法少女試験はまだ続いている。夜見さんは「色ボケ」のデバフを受けて、僕は発言を禁止された。頑張れモル』
「ふうー……強化」
「ぎゃあああ―――っ!?」
両腕を魔法「赤」で強化し、自分で付けた首輪を自分で引きちぎった。
同時に、それが首輪に化けていたピンクの触手だと分かり、口内に入り始めていた触手ごとずるりと抜け落ちる。それは嬉しそうな笑い声を出した。
「へへ、ファーストキス、もーらい……」
「変態!」
「がああッ!」
思いっきり踏みつけるとぐしゃりと潰れ、黒い灰になって消えていく。
「ひ、ひでえよぉ」
「せめて家に帰ってからにしてください!」
「え、帰ったらアリなの……?」
「丁度ムラムラしてたのでアリです!」
「あ、ごめんね……切れ端で良かったらどうぞ……」
途中でブチッ、と音を立てて自切し、ぐにぐに動く触手の先端だけを残して消滅した。なんなんだその紳士性は。でも使わせてもらおう。拾う。
「ダントさん、ポーチに入れといて下さい」
「……」
ダント氏はげんなりした顔で触手を持ち、ポーチに収納する。
すると性欲の高まりがフッと消え、黒い悪感情が空の向こうに飛んでいった。
『い、痛えよぉ――ッ! ママァ――ッ!』
「うわ!?」
あれはファンデットの根源的な何かだ。
周囲を見れば、私と同じ首輪を付けた一人の友人が。サンデーちゃんだ。
肩を叩くと彼女は目を覚ます。
「あなたは……」
喋ろうとすると、言葉が出なかった。
なるほど、発言の禁止は起こそうとする者に掛かるのか。
ダント氏が代わりにピラッ、とメモを見せる。表裏しっかり。
「――そういうことだったんですのね。フンッ!」
「ぐぎゃあああッ!?」
すべてを理解した彼女は、素の腕力で首輪に化けた触手を引きちぎった。
彼女はびちびちと逃げようとする触手を捕まえると、私の悪魔祓いで黒くなったアイアンナックルを拳につけ、全力で押し付ける。
瞬きもしないうちに、タコの焼けるような香ばしい香りと煙が発生した。
「ちょ、まだ何もしてないのに! まだ何もしてないのに!」
「お黙り。わたくしの純情を弄んだ罪をあの世で後悔しなさい」
「ぎゃああ熱熱アツイ――ぐぺっ」
ジュウウウウ――パァン!
触手が爆発し、燃えカスがシャインジュエルに変わる。
ふうと一息ついたサンデーちゃんは、懐から純銀製のアイアンナックルを取り出した。黒と白銀の両手装備だ。
「よく分かりませんけど、いくつかはっきりしたことがありますの。この第六試験と触手型ファンデットはクソということですわ」
「たしかにそうですね。許せませ……あれ? 喋れるんだ」
「おそらく聖獣の「魔法少女のサポート役」という立ち位置を利用した沈黙の呪いですわね。ジャン、あれを」
サンデーちゃんの聖獣――ジャンガリアンハムスターのジャンさんはコクリと頷き、ポーチからトリガー付き消臭スプレーを取り出した。
「それは」
「世界最強の悪霊退散・消臭スプレー「デリート」ですの」
「なんだか効きそうな気がします」
「夜見さん、お使いなさい」
「どもです」
私は消臭スプレー「デリート」を持ってハンドガンのように構えた。
先端の安全装置は三種類の表示があり、霧状、液状、止の三つ。
試し撃ちすると、シュッという音とともに消臭液が噴霧され、ラベンダーのいい香りがした。
「はあ、いい香りモル」
「喋れるようになりましたね」
「ホントだモ……」
しかし香りが消えるとまた喋れなくなる。
ははーん、なるほど。さっきの触手野郎の仲間だな?
私は消臭剤を自分自身に向けて撃った。
『なんで分かッぐぎゃああ――あぺっ』
パァンと背後で何かが爆発し、シャインジュエルが散らばる。
同様のことをサンデーちゃんにも行うと、聖獣ジャンさんの背後で黒いうにょうにょした何かが爆発四散した。それが呪いの元凶か。
「ダントさん話せますか?」
「あー、あー。良かったモル。話せるモル」
「良かった。ジャンさんはどうですか?」
「あー、ああ行ける。感謝するジャン」
「わあ……」
ジャンさんってそういう語尾なんだ。
って感心している場合じゃない。
「ええとそれより、触手型ファンデットはどう対処しましょう?」
「ここはわたくしが対処しますわ。夜見さんは他の試験に向かって下さいまし」
「いいんですか?」
「ええ。他の試験で同様の子を見かけたら、そのスプレーで触手型ファンデットをデリートして差し上げて」
「なるほど、分かりました。分担しましょう」
「背後はお任せあれ」
片手でハイタッチしてサンデーちゃんと別れる。
とても頼りになる背中だ。
「ダントさん。次は」
「まずは第一体育館前モル。第二試験「岩割り」、第三試験「実戦芸子」が用意されているモル。他の子が危ないから急いで欲しいモル」
「分かりました」
ダント氏の言う通りだ。
第六試験はろくでもない触手型ファンデットが化けていることだし、情報共有を急がなくてはならない。私は走って第一体育館前に向かった。