第134話 おじさん、高等部生徒会の首輪付きになる
まあ、命綱だろうがなんだろうが、ダント氏が納得したならいいか。
鼻息荒いダント氏を肩に乗せ、ゲンさんを見る。
「あのゲンさん」
「何カメ?」
「ここまでしっかり繋がれると、逆にダントさんが危ないと思うんですが。その、魔法とかギフテッドアクセルとかで超加速しますよ?」
「カメ……?」
意味が分からないとばかりに首を傾げるゲンさん。
するとダント氏が答えた。
「夜見さん」
「はい」
「僕たち聖獣はこの世界の存在じゃないモルから、常識が通用しないモル」
「とは?」
「主に物理法則とかモル」
「わあ……」
急に強キャラみたいなことを言う……
「あと、最近なんだか論理的すぎるモルよ。直感的に動いた方がいいモル」
「そうですかね?」
「昼行灯モードを忘れずにモル」
「あー、ごめんなさい」
「ほらシャインジュエル食べるモル」
「もぐ」
気を張りすぎて疲れてたのかも、と甘いシャインジュエルを口で転がしながら反省した。ストレス値が下がるのも実感する。
自分一人で頑張るのは私の悪い癖だ。
それにダント氏の仕事を奪うのも良くない。ちゃんと彼に頼ろう。
大人スイッチをオフにして、頭をぽわぽわさせた。
「ひるあんどんー」
「よし、夜見ライナ」
「ひゃい!?」
ナターシャさんが顔を覗き込む。
銀髪のロリっ子でかわいい。
話を聞かなきゃ、とシャインジュエルを口の端に寄せた。
「はい。なんですか?」
「ナターシャさんからの貴重なアドバイスだ」
「はい」
「お前は一般人じゃなくオタク側の人間なんだから、もっと趣味に生きろ」
「はゥッ!?」
「これで要件は済んだ。私は帰る」
ナターシャさんはどこからともなく取り出した杖を振ると、元の老齢の貴婦人に戻った。やれやれ手がかかる、と銀縁メガネをかけて去っていく。
急に致命傷レベルのダメージを負った私は過呼吸になりながら眉間を抑えた。
「ハッ、ハッ、い、いつから、気づかれて?」
「少なくとも僕は最初からモルけど……なんでエモ力が急激に減るモル?」
「スクールカーストにおいてオタクとは常に虐げられる側の生き物なんですよ……はは、私はもうダメみたいです……」
「ええ……」
エモ力が抜け、全身が枯れていくような感覚に襲われる。
ダント氏はため息をついた。
「最高の魔法少女になるんじゃなかったモル?」
「なりたい」
魔法の言葉で急に元気が湧き出る。
応援とはまた別の根気というか、根源的な意欲。
義妹の遙華ちゃんのために、ずっと強くてカッコいい魔法少女プリティコスモスでありたいという意思が、私に存在価値を与えてくれる。
茶番を微笑ましく見ていた長谷川先生は、立ち直った私にピンクの腕章を差し出した。
「それは?」
「これが夜見さんの腕章。中等部副会長の証です」
「ピンクなんですね」
「中等部生徒会長、副会長にはモチーフカラーの腕章が渡される校則なんです。さ、袖を通してみてください」
「分かりました」
自分の道は自分で切り開け、という意味か。
腕章を付けると、少しだけ自尊心が満たされた気がした。
中庭の中等部一年生たちも気づいたのか、三名ほどが喜びながら駆け寄ってくる。
「ねえねえプリティコスモス! その腕章ってもしかして!?」
「ああ、はい。あなたは私のファンの――」
「「「やっぱりー!」」」
答える前に自己解決させてしまった。
まあ言われなくても分かるか。校則に書いてあるわけだし。
「私たちもプリティコスモス陣営に入りたい!」
「入れて欲しいー!」
「ええと」
肩のダント氏を見る。
代わりに答えてくれた。
「もちろん大歓迎モル。長谷川先生、予備の腕章を貰えるモル?」
「ダンボール一箱分用意しておきました。どうぞ」
「助かるモル! 夜見さん!」
「あ、はい」
私は先生からガムテープで梱包されたダンボールを受け取る。
女子中学生でも苦労せずに抱えられる程度のサイズと重さだ。
ふたを開けるとピンクの腕章がたくさん入っている。
どうぞ、とファンの子たちに渡すと、彼女たちは袖を通してクリップで固定し、自信満々に胸を張った。
「ふふんっ」
「これで胸を張って学校を生き抜ける」
「モブ不遇の時代は終わった」
なんというか、彼女たちの学校生活に幸あらんことを。
ダンボールをダント氏のポーチに入れながら、私はそう思う。
ふたたび口を開いたと思ったら「この自信が消えないうちに次の試験に向かう」「中等部一年組への雪辱を果たす」と言い、彼女たちは去っていった。
その姿でエダマ演習場での出会いを思い出す。
「……あ。演習場で会った子たちだ」
「人との出会いは一期一会。一回一回大切にするべきモル」
「ね。ちゃんと名前を尋ねるべきでした」
「あの、夜見ライナさん?」
「どうしました先生?」
「先生はそろそろ教室に帰りますね。まだ試験中ですから」
「はーい。ありがとうございましたー」
長谷川先生ともお別れする。
どうやら私は暇になったらしい。
「あ、見つけた。おーい夜見ちゃーん」
「はい?」
聞き覚えのある声に振り向くと、制服姿の赤城先輩だった。
私の側まで来た先輩は、とてもにっこりとした顔でピンクの首輪を取り出す。
「中等部副会長に就任おめでとう。早速だけど首輪付けようね」
「どうして!?」
「正式採用の証。私と同じ部署になって活動するんだよ」
「うう……」
私は数歩ほど後ずさる。
逃さないと言わんばかりに赤城先輩は距離を詰めてきて、私の腰を抱いた。
「今回だけは絶対に譲らないからね。とにかく付けて。説明はそのあと」
「その、赤城先輩も」
「ん?」
「赤城先輩も付けてるものなんですか?」
「うん。ほら」
先輩が服の襟をめくると、引きちぎれた黒い首輪を、細いチェーンでむりやり繋いだようなものが巻かれていた。
何かしらの激戦をくぐり抜けた跡みたいでカッコいい。
「カッコいい……」
「でしょ? 惚れてもいいんだよー?」
「わ、わ」
先輩は私を校舎の壁まで追い寄せ、額をコツンと当ててくる。
さらに首元をスンスンと嗅いできた。耳元で囁く。
「情報を限定開示。この首輪にはサキュバスを退ける退魔の力がある。七つの大罪も例外ではない」
「つ、つけます!」
まさかのアスモデウス対策グッズだった。
慌てて受け取り、首に付けると、赤城先輩はとてもうれしそうに笑って、私の頭を優しく撫でてくれた。
「これで夜見ちゃんは高等部生徒会所属の魔法少女にもなれた。私のものだね」
「はは……え、どういう意味ですか?」
「部下ってこと。ダントくん、夜見ちゃん用のマジタブはあるよね?」
「はいモル! ありますモル!」
「それで私のマジタブにメッセージ送って。登録しとく」
「分かりましたモル!」
「よろしい。じゃ、夜見ちゃんこっち向いて」
「は、はい!」
ちゅっ、にゅるっ。
「また後でね」
先輩と私の唇が重なり、舌が絡む。
いちごミルクの味と香り。
どうやら私はファーストキスを奪われたらしい。
元男だから、おじさんだからと、深い理由や言い訳を考えるまでもなく、呆気なく奪われた。
スキップで帰っていく赤城先輩を見ながら、頬を紅潮させた私は、ああ、もう。
何も考えられなくて、その場にしゃがみ、頭を抱えて恥ずかしがるしかなかった。