第133話 アスモデウス、性癖に刺さる/聖獣ダント、夜見ライナのペットになる
同時刻、アスモデウスに電流走る。
「ヌッ!」
「何カメ?」
越前後矢がTSして美少女になったことを察知したのだ。
正確に言えば元の姿に戻れたと表現するべきか。
アリス・アージェントとして受肉させるには弱いが、このまま見捨てるには惜しい逸材だと思っていただけに僥幸だった。
「ふふ、しかしまさか、私が先を越されるなんて。人の世とは面白いものです」
「また何かが性癖に刺さったカメ?」
「そのようなものです。ゲンさま、どうしても愛でたい女の子が現れたとき、その相手が未亡人だったとき。私はどうすればいいと思いますか?」
「我慢するカメ」
「そんなひどい……」
よよよ、と泣き崩れるアスモデウス。
ゲンはため息をつく。
「そもそも、アリス先生の本命は別カメよね?」
「ええ、それはその通り。今はプリティコスモスをムラムラさせることで耐え凌ぎましょう……ほら、エッチな気分になる色欲ですよ。なるべく耐えて下さいね」
アスモデウスは魔法少女プリティコスモスそっくりのプチぬいぐるみを取り出し、その腹部に貼り付けた淫紋シールを指先でさわりさわりと撫で、心を慰める。
◇
さらに同時刻、夜見ライナの腹部に電流走る。
「んっ♡」
「何かあったモル?」
「謎に性欲が高まる原因が分かりました……アリス先生です」
「それはそうモル」
屋形光子先輩が土下座を終えた瞬間に急に見えたビジョンだったが、私の性欲がやけに高まる原因は色欲の悪魔アスモデウスだった。
やはりというか、いつかは克服しないといけない相手らしい。
するとダント氏が前に出る。
「えっと、それで話を戻すモルけど、夜見さんは中等部生徒会の副会長になるモル? 僕としては――」
「悪魔とは仲良く出来ないんですかね」
「よ、夜見さん、僕たちにはスケジュールがあるモル」
「なんとか悪魔と仲良く出来ないんですかね?」
「夜見さんちょっと待ってモル……」
「話を戻せなさそうだねえ。仕方ないから君を副会長にした前提で語ろう」
「お願いします」
「えええ、そんなぁ」
ダント氏を私の腕の中に収めると、屋形先輩が語ってくれた。
「悪魔の性格は基本的にかまってちゃんだ。いたずらされたら祓う。される前に祓う。それを何度か繰り返せばお互いの役割が決まるよ。彼らにとっての仲良しとは「ヒーローとヴィラン」の関係性そのものだ」
「なるほど」
「ただ、色魔への対処法としては間違い。こちらの正解は口説きに行くこと。サキュバスたちは特殊でね、普通の恋愛が致命傷になるんだ」
「やけに詳しいですね」
「まあ、先生たちが女学院を出れない理由の一つだからねえ」
「そうなんですか?」
「実は――」
と長谷川先生は語る。
曰く、悪魔はソレイユの賢人を好んで殺すらしい。
原因は主に既存の宗教。信心深い人間はとくに騙しやすく、いかに美しく大罪を侵させるかという思想を追求すると、だいたい先生のような異端の知識人を殺させる「魔女殺し」に行き着くようだ。
大事な知識がまた増えた。
「先生たちは不老不死だけど、自死は出来るから、悪魔の格好の餌食になっちゃうんです。全盛期は数万人もいた賢人が、今では百人まで数を減らしました」
「とても苦労されたんですね」
「うう、はい……破滅の因果を断って、先生たちや魔法少女を助けて下さい……」
「頑張ります」
国を背負って戦うとはこういうことか。
ダント氏を見ると涙目になっていた。私は慌てる。
「今の話、ほんとに必要だったモル?」
「わ、分かりません。でもどうしても気になっちゃいましたので……」
「僕には僕の仕事があるモル。今回はスケジュール通りにちゃんと動かないと詰むモル。それを尊重してくれないなら、もう一緒にやっていけないモル」
「あわわ、ご、ごめんなさい。で、でもですね」
「反論するならもう知らないモル。僕はもう疲れたモル」
ダント氏は私から離れて地面に丸まってしまった。
マズい、本気で怒っている。どうすればいいんだ。
「だ、ダントさん。私が間違ってました」
「……」
「うう……ごめんなさい。少しわがままになりすぎました」
彼は何も言わない。
困って周囲を見ても、屋形先輩や長谷川先生も同じように困っている。
だから私はこう言った。
「私はダントさんが居ないとダメなんです。助けて下さい」
「知ってるモル。でも夜見さんが中等部生徒会長になっちゃったから、配信スケジュールが崩壊して、僕は何も出来なくなっちゃったモル」
「そんな、じゃあ、もうどうしようもないってことじゃないですか」
「どうしようもないモル。詰んじゃったモル」
「なら私はどう動けば良かったんですかぁ」
私も疲れて放心してしまう。
同じようにぺたんと座り込んだ。
「――そりゃあ詰むだろうさ。このナターシャさんの側を離れたんだから」
「「!」」
ふと声がして振り向くと、十二歳ほどの銀髪蒼眼の美少女が立っていた。
白いブラウスの上から肩ベルトを巻き、黒ロングスカートを胸元まで上げた服装で、寒いからか、黒いマフラーを首に巻いている。
私にしては珍しく顔と名前を覚えていたので、口に出た。
「フェレルナーデさん!」
「いや、今はオフだから。ナターシャって呼んでよ」
「ああはい、ナターシャさ……あの貴婦人のナターシャさん!?」
「そうだけど。呼んだ?」
理解が追いつかず、フリーズする私とダント氏。
州柿先輩はナターシャさんは表の代表――大人だから裏には来れないって……ああいや、今は子供だから来れるってこと? 魔法少女だから? 無法すぎないか?
思考がぐるぐる。
すると長谷川先生が気を利かせて、ともかく表に戻りましょう、と言ってくれた。
指で輪を作るとナターシャさんが止める。
「ちょいまち。先に聞くぞ夜見ライナ。魔法少女試験には合格したよな?」
「は、はい!」
「よし、ならライブ配信を始める時間だ。ダント、行けるな?」
「――あっ、ありがとうございますモル! 行けますモル!」
「ダントさんが元気になった!?」
「ずっと言い出せなくて困ってたからモル!」
「ど、どうして!?」
「未成年略取になるから!」
「そういうことでしたか!」
私はすべてを理解した。
ダントさんの語るスケジュールは私の配信活動を盛り上げるための手順。
そして聖ソレイユ女学院の生徒会役員とは、おそらく警視庁公安部直属の正規特殊部隊、その中でもトップ層として採用されることを意味している。
「役職を取ったら法令違反にさらに厳しくなるから、その前にダントさんのスケジュールにそって始めるか、私からやりたい旨を伝えないとダメだったのか……!」
流されてばかりじゃダメと思っていたが、逆だ。
もっと積極的に話を合わせないと、ダント氏が何も出来なくて詰むのか。
くそう、気が利かなかった。反省しないと。
「もっとダントさんにおねだりするべきだった……!」
「気づくのが二ヶ月遅いねえ。それよりもう表に帰るのかい?」
「ああはい屋形先輩、あ」
「フン、中等部副会長の腕章はすでに手配してある。詳しくは先生に聞くことだ」
「どもです。それと」
「正式な謝罪も賠償金の支払いも終えた。これでもう私に用は無いんだろう? 勝手にどこへでも帰ればいいさ」
と屋形先輩はそっぽを向く。機嫌を損ねてしまった。
これ言わないとダメですよねとダント氏を見たら、コクコクと頷くので、賭け勝負の景品について要求しておく。
右手で作った輪を口元近くまで寄せ、呟いた。
「一日メイド権、忘れてませんからね」
「ふ、ふぅーん? そうかい」
「私は正直アリだと思ってますよ、先輩のこと」
「さ、三時間だ! ちゃんと着替えるまで時間がかかるから、ま、待ってて」
「表で待ってます」
すると口寄せも無しに表のチャンネル――中等部一年たちが風船割りをする中庭に戻ってきた。
チャンネルの行き来に慣れてきたからだろうか。
ともかく、何もない空間をぺろぺろ舐めずにすむのはありがたい。
「また先輩を口説き落としちゃいました」
「配信してないのに面白いことしないでモル」
「あはは、すみません。とりあえず首輪を用意しとかないといけませんね」
「首輪……?」
「ああ、ダントさんのじゃないですよ? 屋形先輩が好みそうなので」
ダント氏は目をぱちくりさせる。
しかしハッと気がついたようだ。
「そうか! 僕が首輪を巻けばいいモル!」
「ええ!?」
「ペット扱いになれば法律違反に問われない! なぜなら動物だから! 最初からそうするべきだったモル! 善は急げモル!」
「わ、わあ」
急に何を言い出したかと思えば。
ダント氏、みずから尊厳を失おうとしている。
マジタブでゲンさんに首輪を手配してほしいと依頼しだした。
とりあえず止めないと。
「ダントさん、落ち着いて深呼吸した方がいいです。ひとまず考え直したほうが」
「黙ってなきゃいけない方がストレスだと分かったモル! 僕を止めないで!」
「あ、はい」
じゃあ何も言えないや……
困ったので、遅れて表に戻ってきた長谷川先生、ナターシャさんを見る。
「成長しているんですよ」
「第一歩目だ。静かに見守ってやれ」
「わかり、ました」
ダント氏が成長するのはいいことだと思うので、何もせずに見守った。
「お待たせカメ~」
「ゲンさん! ありがとうモル!」
少し遅れてゲンさんが到着し、注文の品が届く。
ダント氏はリード付きの赤いハーネスを身に着けた。
そして飼い主の印として、私の襟首には赤いカラビナ――登山用具のひとつで、一部を開閉できる金属の輪っかだ――が付けられた。
私とダント氏は、頑丈なリードとカラビナでしっかり繋がれる。
……いや、これ、ただの命綱なのでは?