第131話 おじさん、実技試験をクリアする
そもそも、魔法「緑」とは。
エモーショナルセンス――いわゆる直感や虫の知らせと言われるものを魔法という概念に落とし込んだものだ。
分かりやすく言うなら「精神・思念を利用する魔法」と言うべきか。
だから他の魔法よりも習熟が早く、能力値も上げやすい。
さらに魔法少女の力の源はエモーショナルエネルギー、つまり「精神」の力でもあるので、この魔法だけは制限なしに能力を拡張することが可能だ。
ただし「固有魔法」の系統に依存するけれど。
私は強化魔法系の魔法少女なので、理論上は可能な精神の実体化――能力バトル漫画などで見る「精神の可視化」「具現化」はできないが、その前段階までは使える。
さきほど見せたエモーショナル・エコーロケーション。
エモ力そのものによる強力な思念攻撃だ。
これから行うのは、察知魔法としての正しい使い方。
「感応!」
パンッ!
また魔法「緑」を使いながら思いっきり手を叩く。
エモ力がはじけてピンク色の音波として広がり、反響を起こして魔法で作られた風船が消え、不可視だった風船が見えるようになるのは変わらない。
エコーロケーションと違うのは、攻撃目標そのものに私のエモ力を「強化付与」できるということ。あとは狙うだけだ。
「マーキング完了! 良いですよね!?」
「やっちゃえモルー!」
「変身!」
カチッ!
『魔法少女プリティコスモス! 正式礼装!』
ステッキの底を押し、ピンクのコスチュームに身を包む。
観客も待ってましたとばかりに大歓声を上げた。
さらにステッキの横――サイドボタンと、底のボタンを同時押しする。
『プリティコスモシューター!』
すると白い錫杖にピンク色の儀礼両手剣を直接くっつけたような超超長杖形態になった。
反動を抑えるため、両腕をぐんと伸ばして長めに持ち、マーキングされた風船に向け。
カチカチッ――
『エモーショナルタッチ! プリティコスモブレイカー! チャージ開始! 三!』
「強制供給!」
『――ゼロ! チャージ完了!』
「これが正攻法だぁぁ――――!」
自身の手から直にエモ力を流しこみ、待機時間を短縮。
あとは風船につけたマーキングと自身のエモーショナルセンスによる自動追尾補正に任せてサイドボタンを押した。
「平和的解決砲!」
ドッ――ギュオオオ――!
杖の先端からピンク色の極太ビームが発射される。
通過点にいた風船は蒸発し、色違いの風船も考察をする間もなく消え去った。
黒い風船による風船追加も行われているのか、パチン、パン、と何度か破裂音が鳴る。ビームが止まるとダント氏が叫んだ。
「675pt獲得モル! 合計700pt!」
「1000ptじゃない!?」
『残存勢力確認! ブレードシュート!』
「わ!?」
さらに杖本体から儀礼両手剣が発射され、校舎の屋上に向かって曲がる。
パパパパパァン、と大きな音を立てていくつもの風船が割れる音がした。
「300pt獲得! これで1000ptモル! 完全クリアだモル!」
「や、やった!」
どうやら物理的に見えない位置にも隠れていたらしい。
クルクルとブーメランのように回りながら満足そうに帰ってきた剣は、杖の先端にカチャンと合体したかと思うと、杖部分を縮めて「剣」として私の手に収まった。
まだまだ戦えるという私の戦意を汲み取ったのだろうか。
「ダントさん、マジカルステッキって魔法少女の意思に反応するんです?」
「夜見さんの感情の力で動くんだから当然モル」
「なるほど」
『さすがはプリティコスモスだぁ――っ!』
『カッコいい――――!』
「!」
ワアアアア――!
驚いて振り向くと、観客の少女たちが大歓声を上げ、私の名前を叫ぶ。
とても嬉しいので笑顔で手を振り、「応援ありがとうございましたー!」と感謝を伝えた。
少しすると風船がまた出現し始めたので、私はファンの子たちにエモーショナル・エコーロケーションの使い方を教え、あとを任せて近くのベンチに座る。
あとは彼女たちの才能しだいだけど――
「わ、こんな感じなんだ」
「じゃあこんなことはできるかな?」
やはり百聞は一見にしかず。
お手本を「見て」知った彼女たちは、めざましい速度で魔法「緑」の応用性を知り、他の七彩魔法と組み合わせて成長していく。
長谷川先生の指示通りに魔法少女試験に参加して良かった。
「はあ、頑張ったかいがありました」
「夜見さんは流石モル」
「えへへ」
ダント氏からの評価も元通りになって嬉しい。
「これで魔法力もSランク確定モル。トライフォースまであと少しモル」
「トライフォース……?」
「ほら、コスチュームの進化に関係している要素モル。人気、知力、魔法能力の三つを高めて三位一体にしたとき、魔法少女が発揮する「聖なる力」のことモル」
「ああ、そんな説明を受けてましたね。そう言えば」
やっぱり忘れてたモル、とダント氏は呆れた。
最近はいろんなことを説明されたので、つい記憶からすっぽ抜けてしまうのは許して欲しいと伝えたところ、彼も「ならしょうがないモル」と言ってくれる。
忘れっぽいのは彼も同じだからだ。
「それはともかく、なんですが」
「なにモル?」
「屋形先輩はどこに行ったんでしょう?」
「そういえば居なくなっちゃったモルね。裏チャンネルにいるモル?」
「ああ、そういうこと」
指で輪っかを作って裏チャンネルを覗く。
すると屋形先輩が第一試験「的あて」を攻略し始めた紺陣営の中等部二年、三年の先輩方に向かって指導の声を張り上げているらしき様子が見えた。スパルタだなあ。
「一日メイドにする約束はどうするモル?」
「気が向いたときに言いますよ。今は貸しにしときます」
「僕としては今のうちに解決して欲しいモル」
「え? ダントさんがそういうなら……」
口寄せの技法で裏チャンネルに行き、先輩の肩を叩いた。
彼女はビクッと身体を震わせる。
仕方ないなあ、怖がらせないように甘い声で囁こう。
「せーんぱい?」
「な……なな、なんだい夜見くん?」
「賭け勝負の景品を取り立てに来ました。私が勝ったら一日小間使い、つまりメイドさんになってくれるんでしたよね?」
「ええと、そのぅ」
「なんですか?」
「エッチなことをするのはやめてくれたまえよ……?」
「ふふ」
先輩の顔は耳まで真っ赤に染まった。
私にあんなセクハラしておいて何をいまさら、と思う節はあるけれど。
「ダントさん。それでここからどうすれば?」
「ちょっと待つモル」
するとダント氏は目をつむる。
誰かにテレパシーを送っているようだ。
少しするとZ組の教室から長谷川先生が出てきて、私を見るなり安堵し、パチパチと拍手しながら中庭にやってきた。
「さすが夜見さん! 素晴らしい! 実技試験を突破出来たんですね!」
「突破……できたんですかね?」
屋形先輩を見ると、ハッとした彼女は頬の紅潮をおさえるように咳払いした。
「もちろんだとも! 満点合格だ! 魔法能力も1000ptでSランクだねえ!」
「第一試験「的あて」って言ってませんでした?」
「まあ実際に七つ用意しているけどね、全制覇なんて中学一年生に求めるレベルじゃないだろう? その学年でひとつの試験をクリアするだけでも優秀な後輩だよ」
「たしかに」
そういえば私、中学一年生だった。
屋形先輩みたく中等部生徒会長とか、高等部の役職持ちの方々など、学校内でも特に上澄みの方々によく絡まれるので忘れがちだが、私はまだまだ新入生。
他の子と同じ温情のある評価で良かった。
「そもそもの話だけどね、夜見くん」
「はい?」
「中等部一年の一学期なんて変身すらままならない子が多いのに、必殺技どころか必中必殺のビームまで撃てるんだよ君は。歴代でもトップクラスの才能の持ち主だよ」
「そうですか? えへへ」
「で、だ。その才能を見込んでお願いがあるんだが」
「はい」
「君を中等部生徒会の副会長に抜擢させて欲しい。だめかな?」
「副会長に……!?」
嬉しくて心臓がドキドキと高鳴る。
普通の生徒会役員――ただの管理職は心から嫌だが、その上の役職には興味があるのだ。自身の負う責任と貰いたい給与額が一致することが多いから。
このチャンスを逃す訳にはいかない。受けよう。
「や、やります!」
「ええっ? い、意外な反応だねえ。てっきり断られるものだとばかり……」
「断るわけにはいかない理由があるんです!」
「理由? その理由はなんだい?」
「それはっ」
ここだ。ひとつだけ気になったことを聞こう。
「副会長になったら時給が増えますよね!?」
「じ、時給!? 時給はちょっと分からないけど、まあ役員手当がついて、副会長だから月収は五百億くらいになるねえ」
「ぜひやらせてください!」
「本当にどういう風の吹き回しだい!?」
私が深く頭を下げたのを見て、屋形先輩は戸惑う。
そこで長谷川先生が先輩の肩を持った。
「屋形さん。実は深い理由があるんです」
「ああ、先生。よければくわしく教えて欲しいねえ」
「実は――」
長谷川先生は私の切実なお財布事情を語ってくれた。
すべてを知った屋形先輩は、ああそうだったか――と静かに両膝を付き、手足を整えた美しい土下座を決めた。「多大な迷惑をかけてすまない」と。