第129話 おじさん、実技試験を受ける②
ファンの子たちと一緒に風船を追いかけて遊んでいると、急に大声がした。
『情報のテスト用紙の裏に実技試験のヒントが乗ってる――――!』
「うわ大声」
おそらくいちごちゃんの声だ。
どうやら教室から出たとたんに叫んだらしい。
かなり焦った。
「い、言って良かったんでしょうか?」
「言葉のとらえ方は人によって違うモル」
「とは?」
「先生は退室した人だけ言っていいと言ったモル。それが他人に対してか、自分自身のことかは聞いた本人が決めることだモル」
「つまり?」
「退室したんだから実技試験のことは自由にネタバレしていいって意味モル」
「日本語は奥が深いなあ……」
試験監督をしている屋形先輩も何も言わない辺り、想定されていたようだ。
佐飛さんからも耳を上手く使えと言われていたというのに。
私はどうにも目で見えたものに流されやすい。反省だ。
同時にいちごちゃんの言葉に即発されて、Z組や、その他のクラスからも生徒がワラワラと出てくる。
『わ、プリティコスモスだ!』
『もう実技試験やってるんだ! お手本にしなきゃ!』
風船を追いかけている私たちにも気づいたのか、中庭に集まり始めた。
中等部一年組――叫んだばかりのいちごちゃんや、ミロちゃんやサンデーちゃんも顔を見せ始め、私に声援を送ってくれる。
あ、いちごちゃんに先を越されて不機嫌そうなおさげちゃん、可愛いなあ。
観客も増えたしやる気マックスだ。
「はあはあ、ぷりてぃこすもすー!」
「いつまで走ればいいのーっ?」
「ああごめんなさい。そろそろ本気出しますね。ダントさん?」
「オッケーモル! ゴー!」
「行きます!」
よし、みんなにお手本をみせる時間だ。
と、その前にまずは第一試験『的あて』で提示されている条件のおさらい。
試験会場は三階建ての校舎に挟まれた中庭。
風船は合計で二十個。ひとつにつき5pt。最高点の100ptを取れば第一試験クリア。
というのが表向きの条件。
説明でも開示されているが、シークレットな風船がいくつか存在している。
青や緑の色違いだったり、激アツ、高得点、ハイパーボーナス、と書かれた赤い風船類。そして消えたり現れたりする「風船追加」と書かれた黒い風船。
おそらくだが、風船は無限に増える仕組みだ。
この第一試験だけでptをカンストさせることも可能なのだろう。
そして、それとは別の回答法。
ヒントは魔法少女試験を特例合格した「私」の存在。
試験の流れ的に「風船を割る」「第一試験から順番に攻略していく」のが正しいとミスリードされがちだが、ここに屋形先輩がいるとなると真の答えが見えてくる。
実技試験の真の解答とは「屋形先輩の認識阻害魔法を突破する」こと。
そうですよね、と走りながら屋形先輩を見る。
彼女は楽しそうににやりと笑った。
「夜見ライナ! 同じ手は通用しないぞ!」
「手はありますよ! 偶然じゃないと証明してみせます!」
私は両手にピンクのエモ―ショナルエネルギーをまとわせる。
魔法少女なら誰でも出来る催眠魔法の解き方、すでに編み出してきた。
「感応!」
パンッ――!
魔法「緑」を使いながら思いっきり手を叩く。
同時に両手のエモ力が弾けてピンク色の音波となり、反響を起こして不可視だった風船が見えるようになる。
効果はそれだけじゃない。
使用者、音波を受けた者の五感を拡張するうえ、私の思念もぶつけられるのだ。
普段は聞こえない超音波や低周波、紫外線の色やら、空気が肌に触れる微細でくすぐったい感覚が拡張され、私の脳にドッと流れ込んでくる。
「ん……っ♡」
「ごはぁ!?」
今回はその全てを思念として乗せた。
屋形先輩は情報の暴力を脳に喰らい、がくりと膝をつく。
私は少しだけクラクラしながら勝利宣言した。
「んっ、これが、魔法「緑」を使用した催眠破り、です」
「あ、相変わらず自爆技じゃないか……!」
「スゥー……ふう。命名するならエモーショナル・エコーローケーション。まだまだ魔法技術が未熟な中等部一年生ですからね。多少は身を切らないと勝てませんよ」
「あのねえ君……ううっ、結構ダメージ入るねえ、これ、ぐっ……」
「私も、んっ、ちょっとタイムです」
お互いにハアハアと息を切らし、エモ力で体調を整えてから会話を再開した。
「こ、こんな自爆技を他の子にもやらせるつもりとか正気かい?」
「いえ。ダメージを負ったのは先輩と私だけです。本来の目的はあちらですよ」
「何……?」
私は周囲の観客や、私のファンの子たちに視線を向ける。
全員が驚いた顔でマジカルステッキを取り出していた。
先輩は即座に私の意図に気づいてハッとする。
「まさか、思念を直接ぶつけることで無意識レベルの危機感を共有し、一年生たちの未熟なエモーションセンスを強制的に成長させたのか……!?」
「そういうことです。これで彼女たちは屋形先輩の魔法に騙されないし、なにより私のようにシュミレーションコフィンに入れられずに済みます」
「な、なんて凄い発想だ……!」
彼女たちも私たちも魔法少女。
ならエモーショナルセンスがあるのは当然だ。
直感や感情に従って動けば自然と強くなるのが私たち魔法少女なのだが、それでも成長速度の差を感じるのは「エモーショナルセンスが未熟、もしくは自覚できていない状態」だから。
それを正しく、私に近いレベルにまで強制励起させた。
ダント氏がぶつぶつ言っていたスケジュールの第一歩はこれでクリアだろう。
だから私は腕を組んでドヤ顔する。